愛の人さらい

ロッキン神経痛

愛の人さらい

 小学2年生のとき、ジャスコのゲームセンターでラブアンドベリーをやってるときに達彦おじさんに誘拐された私は、それから18才になるときまで自由に外に出ることはなかった。理由は、達彦おじさんが警察に見つかることをいやがったからだ。

 達彦おじさんは、私がダメなことを言わなければいつもニコニコしていて優しい人だった。初めは体中をべたべた触られることがとってもいやだったけど、それもだんだんなれてしまった。むしろ達彦おじさんもだんだん私の体をべたべたさわることにあきたみたいだった。

 ちゅーをしてみたけど、何だか思ったのと違った、と言っていた。私は、何だか心が傷ついた気がした。


 誘拐されてすぐの頃は、庭の納屋で生活していたけれど、達彦おじさんが私を触るのにあきて、私の元の家に帰る気持ちがすっかりおとなしくなってからは、いっしょの母屋に住めるようになった。その頃には、私は小学6年生くらいの年れいになっていたと思う。

 達彦おじさんは、年をとったお母さんと2人で暮らしていて、お母さんの年金で生活していると言っていた。お母さんは白髪で腰が曲がっていて、私のことを親せきの子か何かだと思っているみたいだった。納屋に毎日ご飯を届けたり、達彦おじさんが居ないときには話し相手になってくれたりもしたやさしい人だ。

「あの痴呆ババア」

 そう言って達彦おじさんはいつも怒っていたけど、私は私に優しくしてくれる新しいお母さんのことが好きだった。元の家のお母さんは、あんな風に優しくはなかった。きっと私がいなくなったことも忘れてるだろう。

 だから、お母さんが死んでしまったときは本当に悲しかった。

 あれは、3年前の夏だった。

 初めに、お母さんが部屋から出て来なくなって、何日もご飯がカップラーメンばっかりになった。達彦おじさんが、ずっと1階の台所のテーブルで頭をかかえていたから、私が「どうしたの、お母さんは?」と聞くと、「死んじゃった」とだけ言って達彦おじさんはわんわん泣きだした。

 私はびっくりするのといっしょに、達彦おじさんがかわいそうで可愛く見えてしまった。今までずっと、お母さんと達彦おじさんは私の世話をしてくれたんだから、今度は私がしっかりしなくちゃ、とも思った。

 私は、いつまでも泣いてばかりいる達彦おじさんを叩いた。おじさんはびっくりした顔をしたけれど、ちゃんと気持ちはおとなしくなったみたいだった。

 2人でいっしょにお母さんの部屋に行くと、お母さんはベッドから半分落ちる形で死んでいた。肌がお皿みたいな色になっていて、少しいやなにおいもした。

 達彦おじさんはそれを見て、「お母さん、お母さん」とずっと泣きやむことがなかった。

 家は山の中にあったので、周りには土が沢山ある。私がお母さんが大事にしていた畑に埋めてあげようと言うと、達彦おじさんは初めすごくいやがった。本当は警察に言って、おそう式をしないといけないそうだ。でも、そうすると私を誘拐したことがばれてしまうと言ってまた泣くのだ。だから私は、何度も叩いて言うことをきかせた。

 すなおに私の言うことを聞いた達彦おじさんが汗をだらだら流しながら穴を掘って、毛布にくるんだお母さんをその穴の中に入れた。私はテレビで見るみたいに、じゅうじかのお墓を立ててあげようと言ったけれど、達彦おじさんが警察に見つかるのがいやだと言ってまためそめそ泣くので、しかたないからやめてあげた。


 お母さんをお墓に埋めてからは、私はお母さんの代わりに家のことをするようになった。前より自由になったので、NHKでやってたりょう理を作ったり、そう除をしたり洗たくをしたり、見よう見まねで家事をしたのが、結こう楽しかった。

 達彦おじさんは、最初は泣いているばっかりだったけど、すぐに元のように部屋でずっとテレビを見たりゲームをするようになった。

 泣かなくなった達彦おじさんは、元どおりいつもはずっとニコニコしていて、たまに突ぜん怒るようになったので私は怖くなった。一度は叩いて言うことをきかせたなんてウソみたいだと思った。


 いつの間にか、私が誘拐されてから10年がたっていた。私は18才で、手足もすらっと伸びて、背の低い達彦おじさんと同じくらいの高さになっていた。私は相変わらず、ずっと母屋の中で家事をしたり、たまに畑で野菜を育てたりしていた。

 ある日の夕方、達彦おじさんが、しょうもない理由でまた突ぜん怒った。

「お前みたいなババア、もう殺してやる!」

 そう言って、りょう理をしている私に後ろからつかみかかってきたけど、私もそのとき突ぜん怒りたくなった。多分ババアって言われたからだ。

「私がババアなら、お前はなんだ! お前は!」

 そしたら私が手に持っていた包丁が達彦おじさんの指に刺さって、結こうな血が出た。達彦おじさんは、さっきまで顔をまっ赤にして怒っていたのに、今度は真っ青な顔になって血が流れる指を押さえていた。涙がじんわり目元にたまっていて、私は久しぶりに達彦おじさんが可愛いと思った。

「ごめんね、痛かったね、ごめんね?」

「くそ、なんてことしやがる、ババア」

 ひっ死に強がりを言うから、ぶよぶよの太ももを包丁の先っちょでつんつんと刺したら、カラスみたいなおかしな声を出すのでおもしろかった。

「アア! アア!」

「痛いのいやだね、達彦さんは、もう●●のいうこときかないとダメだね?」

 そしたら達彦おじさんはズボンに赤い血の点々をつけながら、返事の代わりに何度も頭をたてに振っていた。なんて可愛い人だと思った。

「……こんなに年をとりやがるなんて、くそ・・・・・・」

 でも小声で達彦おじさんが反こうてきなことを言っていたのが聞こえたので、今度はちょっと深めに包丁を太ももに刺した。達彦おじさんはまたカラスみたいな声を出して、それから先は私に反こうすることはしなくなった。このとき私は、達彦おじさんの上になった。

 18才なら、もう1人で外に出ても警察に見つからないはずだ。そう思った私は、ある日お母さんのお財布を持って、家の外に出てみることにした。

 達彦おじさんは、包丁で刺されてからすっかり元気をなくしていて、ちゃんと夕方までに帰ってくるのなら、と私が自由に外へ出るのに文句は言わなかった。

 自分の意思で外に出るのは10年ぶりなので、私はいつも達彦おじさんか、お母さんが行っていた町のスーパーに行ってみることにした。山道を降りていくと、20分もしない内に緑色のスーパーの屋ねと、民家の屋ねが見えてきた。こんなに近い場所に町があったなんて知らなかった。私はとってもおどろいた。

 自分でもフシギだけど、家の外に出ても、元の家に帰りたいっていう気持ちは全ぜんおきなかった。もうあんまり元の家のことも思い出せなくなっていた。前のお父さんもお母さんも、声は思い出せるけど、顔はぼんやりとしか思い出せなくなっていた。

 スーパーでチョコレートをいっぱい買って帰ると、母屋の前にパトカーが止まっているのが見えた。

 ちょうどパトカーの中から警察が2人出てくるところだった。私が母屋の2階を見ると、達彦おじさんの部屋のカーテンが少しあいていて、すき間からこっちを見ているおじさんと目があった。

 この世のおわりみたいな顔をしていて、私は笑ってしまった。警察は、私が誘拐されたことに気づいたんだろうか。それともお母さんのおそう式をやっていないから怒られるんだろうか。

 とにかく、もっとおじさんが怖がって泣いちゃうといいな、と思った。

「実は最近、この辺りでゴミの放火が相次いでまして……」

 だから私は、警察が私に注意をするだけして帰ったことに不まんだった。これじゃあ、達彦おじさんは怖がってくれないだろう。

「ただいまー」

 がっかりしながら母屋に入ると、上の階からどたどたとうるさい音がしていた。私がなんだろうと思いながら階だんを登ると、達彦おじさんが自分の部屋で首を吊っているのが見えた。がっしりした柱に、プレステのコントローラを巻きつけて達彦おじさんは首を吊っていた。でもコロコロの付いたイスが、達彦おじさんの片足をぎりぎり支えていたから、まだ死んではいなくて、おじさんはその片足でイスを自分の下に持ってこようとひっ死になっていた。顔を真っ赤にして、フギーフゴーって面白い声を出しながら、両手でコントローラのひもを取ろうとしていた。

 どうやら死にたくないみたいだ。

 自分でやったのに変なの、と思っておかしかった。

 達彦おじさんが動くたび、コントローラが顔にカンカンぶつかっていて痛そうだった。

「ねえ、警察は帰っちゃった。達彦おじさんとは全然関係ないお話だったよ」

 達彦おじさんはびっくりしたのか、両目がまん丸になっていた。

「このイス戻してほしい? まだ生きていたい?」

 達彦おじさんは返事をしなかったけど、まだ片足のつま先を使って、ぐらぐらのイスに乗っかっている。何とか生きようとしているんだ。私はそれがとっても可愛くて、おかしくてしかたなかった。

 ぶよぶよの達彦おじさんの首に、コントローラはしっかり食い込んでいてとても痛そうだった。テレビには、付けっぱなしのゲームが映っていた。剣を持ったかっこいいキャラクターが、草原で立ち尽くしている。あわててプレステのコントローラで自殺しようとするなんて、なんて可愛い人なんだろう。

 私はぜったいに今からまばたきをしないぞ、と決心をした。

 ふり返ってから思いっきりイスをけとばすと、コロコロの付いたイスは向こうのタンスの前まですべっていった。支えを失しなった達彦おじさんは、空中で両足をバタバタ動かした。まるでアニメのキャラクターが走るみたいだった。じょじょに足の動きはおさまって、今度は右手をガッツポーズするみたいに曲げはじめた。顔はすっかり上を向いてムラサキ色に変わっている。私のかわいた目はチリチリした。それから達彦おじさんの両手はだらりと下がった。

 私はタンスの前からイスを持ってきて、達彦おじさんの足の下に置いてあげた。でも足首がぐんにゃり曲がるだけで、達彦おじさんが立つことはなかった。達彦おじさんは、プレステのコントローラでうっかり自殺してしまったのだ!

 私はそれをながめて初めは、まんぞくしていたけど、だんだんと冷めてしまった。

 それからが大変だった。本当に大変だった。

 まずハサミでコントローラを切って、自分で動かない達彦おじさんを窓から庭に落とした。私はだいぶ大人になったけれど、それでもブヨブヨのおじさんの体は本当に重たかった。それから2日間かけて、私は畑に穴をほることになった。家の前を車が通ることはほとんどないのだけれど、私は1日に何回も車の音とか、パトカーのサイレンの音の幻を聞いた。

 達彦おじさんはゲームが好きだったから、私は穴でうつぶせになったおじさんと一緒に、プレステとコードが切れたコントローラを入れてあげた。それから、いつも着ていた服とかも。また半日くらいかけて土をかぶせてあげて、今度は木の枝で作ったじゅうじかで、お墓を作ってあげた。もし警察に見つかっても、別にいいやと思った。私は達彦おじさんに誘拐されているし、ちょうど半分こずつ悪いので、ゆるしてもらえるだろう。

 それから数日たった頃、私は達彦おじさんが生き返らないかなあと思っていた。母屋に1人でくらすのは、とってもヒマでさみしかったのだ。

 数週間たってからは、私は気をまぎらわせるために家中の片付けを初めていた。私は母屋に自分の部屋がなかったから、達彦おじさんの部屋を自分の部屋にしようとした。それで、おじさんの部屋の物をほとんど全部、母屋の外に運んでいた。

 たいていはエロイマンガとか小説だったから、それもまとめてヒモでしばって、とりあえず玄関の前に置いておいた。ゴミの出し方がよく分からなかったのだ。

 その日の夜中、がらんとした新しい私の部屋で、布団もしかずに横になっていると、外に人の気配がした。私はすぐに達彦おじさんが生き返えったのかもしれないと思った。

 玄関からそっと出ると、私が置いたエロイマンガと小説が燃えていて、すぐ横に小学生くらいの男の子がしゃがみ込んでいた。私に気づくと男の子はすぐ自転車に乗って逃げ出そうとしたので、私は走って自転車をつかんで横にたおした。自転車のカゴからは、カチって火を付けるやつが落ちた。どうやら、この子が放火のはん人だったみたいだ。

 転んで足から血を流した男の子はめそめそ泣いているから、私は男の子を何度も叩いて言うことをきかせた。

「それで、名前は?」

「……りょう」

「りょう君、警察につかまりたくなかったら、●●の言うことをききなさい」

「うん」

「ウチの納屋をあげるから、まずはそこで暮らすの、いいね」

「ううう、やだ!」

 パンパンと、ほっぺたを叩く音が気持ち良かった。りょう君は更に大声で泣くので、私はしずかになるまで更にパンパンとほっぺたを叩いた。

「大丈夫、りょう君の帰りたい気持ちがおとなしくなったら母屋に住まわしてあげるから。それから……」

 私は新しいお母さんになるのだ。



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