3 付き合う理由 ~嘘と絶望~
あれから俺たちは登下校を共にするようになった。
といっても、朝は学校近くで落ち合うだけ。
帰りはお互いに友だちと帰ることもあるし、一緒に帰っても真っ直ぐ帰る日もあれば、寄り道して帰ることもある。
茉莉花はいちいちデートというが、俺にとっては寄り道みたいなもんだ。
「尚也くん。今度の日曜日、遊園地行こう」
「え、遊園地?」
ある朝、一緒に登校していた茉莉花が唐突に言った。
朝の寝ぼけた頭で聞いていたから思わず聞き返した。
確かに俺らの住んでいるところから日帰りで行ける範囲に遊園地があったはずだ。
俺も家族や友だちとは何度か行ったことがある。
というか、この地域では割と定番のレジャースポットだ。
俺が戸惑っているうちに、茉莉花はさっさと教室に入ってしまう。
俺たちは教室ではあまり話さない。
そもそも属しているグループが違うし、スクールカーストの上位グループにいる茉莉花と下位グループにいる俺とはもともとあまり交流がなかった。
そして、今日の放課後は友だちと約束があると言っていた。
なので、俺も友だちと遊ぶことにした。
「で、藤咲さんとはどうなんだよ」
「どうって言われても」
放課後、俺たちはファーストフード店に集まっていた。
話題は当然、俺と茉莉花のこと。
仲間と3人、めいめいに注文した品を持ちテーブルについた。
「付き合って一週間ぐらい?俺、まだ信じられないんだけど」
「だって、あの藤咲さんだぞ?」
口々にそう言われるが、正直俺だって未だ半信半疑だ。
俺と付き合ったのは何か理由があるのだろうか。
結局、ハッキリした答えは貰っていない。
『尚也くんは私のこと好きじゃないから、だよ』
あの言葉の意味もよくわからない。
確かに茉莉花に恋愛感情を持っているか、と聞かれると答えは否だ。
高嶺の花に対しての憧れに近い気持ち。
自分とは違う世界に生きる人だと思っていた。
女性と付き合ったことのない俺は、茉莉花とふたりで過ごすのはもちろん緊張するし、照れもする。
だけど、付き合う理由としてはやっぱりよくわからない。
普通、お互いに好きだから付き合うわけで。
好きじゃないから付き合うってのは意味不明だ。
茉莉花のコロコロ良く変わる笑顔、しかし時折深い絶望の海に溺れているような瞳をしていることがある。
それが気になって仕方がない。
「ちゅーぐらいしたの?」
「しっ!してないよ!」
俺は焦って答えた。
キスどころか手も繋いでない、なんて言えたもんじゃない。
追求を逃れるため、コーラをひたすら飲む。
「でも、藤咲さんはどうしてOKしたんだ?」
「お前、藤咲さんと接点あったの?」
俺はコーラを飲んだまま、短く答えた。
「……ない」
そう、なかったはず。
同じクラスになったのも初めてだ。
学校では有名人な茉莉花のことは知っていたが、特に目立つモノのない俺のことを知っていたとも思えない。
なのに、どうして俺?
「で、尚也は藤咲さんのことどう思ってるんだ?」
「どうって言われても」
まんざらではないというのが正直なところ。
学年で一番可愛いと言われている茉莉花。
それだけあって客観的に見て、やっぱり可愛いと思う。
表情豊かに笑う姿をつい目で追ってしまう。
デートだなんだって連れ出されるのは嫌じゃない。
むしろ楽しんでいる。
「俺も……よくわかんないよ。でも、なんかほっとけない」
「藤咲さんって、なんか掴みどころないよな。どっか他の女の子とは違うっていうか、何考えてるかわかんないっていうか」
「あー、確かに。何か影がある感じ?」
「なんか、ミステリアスな感じでいいよなー」
ふたりが勝手なことを言っているのを横目に、俺はハンバーガーに食いついた。
そんなんじゃない。
その笑顔の下に張り詰めた風船のような危うさを抱えているように見える。
突いたら弾けて消えてしまいそうな。
だからほっとけないのだ。
「……俺さ、どうしたらいいんだろう」
小さく呟く。
茉莉花は俺に何を望んでる?
誰かに助けを求めてるように見える。
でも、何をしたらいいかわからない。
「ま、なるようにしかならんよ」
「そうそう。尚也なら大丈夫だよ」
仲間たちのよくわからない慰めを受け、俺は残っていたハンバーガーを一気に頬張って、さらに残っていたコーラを一気に飲み干した。
「やれること、やるしかないよな」
まずは遊園地か。
あとは水族館に海水浴に花火だっけ……?
一緒にいれば何かわかるかもしれない。
ここで考えても仕方ない。
こうなったらトコトン付き合うしかなさそうだ。
ここまで関わったらもうほっておくことはできない。
「ほほう、次こそはヤルのか?ちゅーもしてないのに?」
「うるせー!そういう意味じゃねーよ!」
「避妊はちゃんとしろよ?」
「だから、違うって!」
――この時の俺は、まだ何も知らなかったんだ。
茉莉花の嘘も絶望も。
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