嘘つきな彼女
結羽
1 ふたりの始まり ~最初の嘘~
「俺と付き合ってください!」
放課後の体育館裏、高嶺の花の彼女と冴えない俺。
なんてベタなシチュエーション。
まるで青春ドラマみたいな。
ここから始まるリア充ラブストーリー!
なんてことはなく。
仲間内での賭けに負けた俺の罰ゲームは、うちのクラスの高嶺の花こと藤咲茉莉花に告白してフラレてくるというものだった。
彼女は誰とも付き合わない。
今まで何人の男が玉砕してきただろう。
彼氏がいるのか好きな人がいるのか、それは誰も知らない。
だから、フラレる覚悟はできている。
始まるのは俺の恥ストーリー。
さあ、笑うがいい。
「いいよ」
フラレたら謝ってダッシュで逃げる。
俺の計画通りだ。
「え!?今なんて?」
ダッシュしかけた俺は硬直して聞き返す。
何か言われたはずだが頭に入ってこない。
「だからいいよって」
「いいの?」
うん、と頷いた茉莉花はふわりと妖艶な笑みを浮かべていた。
俺は呆然としたまま仲間が待っているところに戻った。
なんだか夢見心地で頭がフワフワしている。
「どーだった?高嶺の花にフラレた気分は?」
ニヤニヤしながら仲間たちが聞いてくる。
当然、俺がフラレたと思っている。
「いや、OKもらった」
「え!?なんで?」
「どういうことだよ!おい!」
仲間たちの詰問に答えられる訳もなく、正直俺が教えてほしいぐらいだ。
いやもしかしたら、罰ゲームだったことに気づいて逆にハメようとしているのか?
明日になったら「付き合うわけないでしょ」と嘲笑われるのかもしれない。
そして次の日。
登校した俺は教室に入る。
彼女はすでに来ていた。
「おはよ」
彼女は俺と目が合うと少し笑って言った。
どうやら昨日のことは夢じゃないみたいだ。
疑っていた仲間たちも驚愕している。
現実感がなくて授業が耳に入らない。
ボーッとしていたせいか、当てられては叱られるのを繰り返すうちに午前中の授業が終わってしまった。
「お弁当、一緒に食べない?」
昼休みになり、いつも通り仲間たちと弁当を食べようとしていた。
そこに小さな包みを抱えた茉莉花が誘いに来た。
「どーぞどーぞ!」
俺の返事を待たず、仲間たちに背中を押された。
ふたりで校舎の外へ出た。
中庭のベンチが空いてたのでそこで弁当を食べることにする。
うまい具合に周りに人はいなかった。
ふたりきり、ということを意識してしまって挙動不審になる。
正直、女子は苦手だ。
どう接していいかわからない。
「そうだ。連絡先教えてよ。昨日、聞くの忘れてた」
そう言われて、俺たちは連絡先の交換をした。
LINEのアイコンはジャスミンの花だった。
「ジャスミン……」
ジャスミンは茉莉花とも言う。
自分の名前と掛けているのだろう。
「よくわかったね。気づかない人多いのに」
茉莉花が笑う。
可憐な花が咲いたような笑顔。
「何で俺と付き合ってもいいって思ったの?」
思わず聞いていた。
もしこれがドッキリか何かだとしたら、もう種明かししてほしい。
「そうだねぇ。当ててみて」
茉莉花がいたずらっぽく笑う。
「いち、ドッキリでした。に、とりあえず彼氏が欲しかった。さん、実は尚也くんのことずっと好きだった。よん、その他」
細い指を1本ずつ立てていく。
しかも、さり気なく名前で呼ばれている。
「ご、よん、さん、に、いち」
そして、一度開いた指を今度は1本ずつ折っていく。
カウントダウンとともに。
まあ、「さん」は確実にない。
「に」はありそうだけど、だとしたら俺じゃなくてもいいだろう。
なんせ、クラスの高嶺の花だ。
もっといい男だって選べるだろう。
じゃあやっぱり「いち」か。
ていうか、その他って何だよ。
「ぶー!残念でした。正解はよんのその他でしたー」
結局、俺は答えられなかった。
茉莉花はニヤニヤしている。
意外と表情豊かなんだな、と場違いなことを考えた。
クラスではいつも凛とした表情でいることが多い。
「……黙ってないで、何か言ってよ」
「ごめん。……ていうか、その他ってずるくない?選択肢に正解入ってないじゃん」
「あはは!さ、ご飯食べよ。昼休みなくなっちゃうよ!」
結局、茉莉花は本当のことを言うつもりはないらしい。
さっさとお弁当を広げはじめた。
ベンチに並んでお弁当を食べるのはちょっと緊張する。
茉莉花は俺の半分ぐらいのサイズの弁当箱だ。
箸の持ち方がとても綺麗で思わずジッと見つめた。
白くて細い指がしなやかに動く。
タコさんウインナーを摘んでゆっくりと口に運ぶ。
普通のことなのに何故か艶かしくて、つい見とれてしまった。
弁当を食べ終わってもまだ時間があったので、そのままふたりで話していた。
次の授業の課題をやったかなど、他愛もない内容。
そろそろ予鈴も鳴ろうかという頃、茉莉花が言った。
「今日、放課後デートしよ?」
やや上目遣いで見られたら、俺に断る術はない。
予定も別にないし、一つ返事でOKしたのだった。
――それが俺と茉莉花の始まり。
そして、茉莉花の最初の嘘だった。
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