2 放課後デート ~ふたつめの嘘~
そして放課後。
俺と茉莉花は共に教室を出た。
クラスメイトの視線を背中で感じる。
今日一日で俺と茉莉花が付き合ったことは知れ渡っているようだ。
今まで誰に告白しても付き合わなかった茉莉花が、初めて付き合った男。
それが何故こんな冴えない男なのか、好奇の目で見られているのだろう。
何故って、だから俺だって教えて欲しい。
茉莉花はそんな視線を物ともせず、平気な顔をして廊下を歩いている。
そんな背中に呼びかける。
「ねぇ、どこに行くの?」
茉莉花はくるりと振り返った。
ふわりと甘い香りがする。
「ジェラート、食べに行こう!」
そういった茉莉花は俺を駅前に連れて行った。
最近、駅前にジェラート屋が出来たらしい。
よくわからない横文字の店名が書いたオシャレな看板。
その下に行列ができていた。
その手の話に疎い俺は知らなかったが、有名な店らしい。
しばらく並んで俺はバニラ、茉莉花はストロベリーのジェラートを買った。
初夏の暑い日にひんやりとしたジェラート。
暑い身体に染み渡る。
「はい!あげる!」
茉莉花はピンク色したストロベリーのジェラートをスプーンですくって俺に差し出す。
少し照れながらそのスプーンを受け取ろうとした。
伸ばした手から茉莉花はひょいと逃げる。
そして、スプーンを俺の顔の前に差し出した。
つまりはそういうことか。
おそるおそる口を開いた。
ひんやりとしたジェラートが染み渡る、はずなのに顔が熱い。
冷たさと熱さがごちゃまぜだ。
茉莉花は期待に満ちた目で俺と俺のジェラートを交互に見た。
「……どうぞ」
俺はジェラートをスプーンですくって差し出す。
茉莉花は嬉しそうにジェラートを口に含んだ。
そのスプーンを俺は見つめた。
茉莉花が使ったスプーン。
俺がこの後使ったら……。
「間接キス、だね」
茉莉花がにやりと笑って言った。
俺が考えてることを読まれていたようだ。
いたたまれなくなった俺はジェラートをそのまま食べることにした。
恥ずかしくてスプーンはもう使えない。
茉莉花はそんな俺を少し残念そうに見ていた。
ジェラートを食べた後、俺たちは海沿いの道を歩いていた。
堤防が伸び、その下は砂浜になっている。
もう少し暑くなったら地元の人たちの海水浴場として賑わう海岸。
陽が落ちてきて、空は茜色。
会話もなくなった俺たちは無言で歩いていた。
波の音だけが響く。
夕陽に照らされた茉莉花は、とても美しく見えた。
「昼間の正解、教えてあげようか?」
俺の視線に気づいたのだろう、茉莉花が俺を見た。
茜色に照らされた表情は笑ってはいない。
「尚也くんは私のこと好きじゃないから、だよ」
真剣な表情で茉莉花は言った。
冗談じゃなさそうだ。
だけど、告白されてOKした理由としてはおかしい。
「告白したのは罰ゲームか何かだったんでしょ?」
「そこまでわかってて、何でOKしたんだよ。それに、好きじゃないからOKしたって意味わかんないし」
その静かな瞳は今にも泣き出しそうに見えた。
深い深い悲しみの色。
それは絶望にも似ている。
「わかんなくて、いいの」
ポツリと言って、茉莉花は歩き出した。
俺は何も言えず、ただ黙って後ろを歩く。
その背中はもしかしたら泣いているのかもしれない。
そんな風に見えた。
でも、俺はその理由を知らない。
「……藤咲さん」
俺は茉莉花の名を呼んだ。
聞こえているはずなのに茉莉花は振り向かない。
「藤咲さんってば!」
さっきより大きな声で呼ぶ。
なのに茉莉花は背中を向けたまま。
先程、茉莉花は何と言っただろうか。
『尚也くん』そう言ったのではなかったか。
つまりそういうことか。
名前で呼べ、と。
確かに一応付き合っているのにいつまでも名字で呼ぶのも変なのかもしれない。
しかし、女性を名前で呼ぶなんて照れくさくて仕方がない。
「あーっ!もう!……茉莉花!」
叫ぶように呼ぶ。
俺の顔が赤いのはきっと夕陽のせいだ。
「やっと呼んでくれたね。名前」
振り向いた茉莉花は泣いてはいなかった。
でもなんだか泣きそうな笑顔で。
俺は今日一日で女子の笑顔にはこんなにたくさんのバリエーションがあることを知った。
「初デート……だね」
「……うん」
何となく茉莉花の言葉に含みを感じて身構えた。
今度は何言われるんだ。
「尚也くん。いっぱいデートしようね」
「……うん」
真っ直ぐな言葉になんだか照れる。
本当にこれで終わりじゃないんだ。
「遊園地にー、水族館にー、海水浴にー、花火もしたいなー。紅葉も見たいし、冬のイルミネーションもいいな。……春になったらお花見も」
「そんなに?」
「うん!」
――初めて名前を呼んだあの日、茉莉花はどんな気持ちでいたのだろう。
茉莉花のふたつめの嘘。
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