【短編】俺がバイトを始めたら ~年下の美少女バイトリーダーがやたら偉そうに命令してくるけど「私の買い物に付き合って」ってデートかよ?

波瀾 紡

【1話完結短編】俺がバイトを始めたら

「なあ純基じゅんき。俺の代わりにバイト入ってくんないか?」


 高3になってしばらく経った頃。そんなことを、幼馴染みで同じ高校の同級生、白羽しろばね 悠平ゆうへいから頼まれた。


 彼は父親が経営するカフェでバイトをしているのだが、来週から予備校通いをすることになったせいで、ほとんどバイトに入れなくなるらしい。


 それで代わりのバイト要員を探してるとのこと。

 俺、工藤くどう 純基じゅんきは予備校通いの予定もないし部活もしていない。


 俺は今までいくつものバイトをしてきたし、すべてしっかりと仕事をこなしてきた。しかしたまたま今は何もしていない。


 何より小学生の頃からの付き合いである悠平からの頼みである。


 俺は、

「他ならぬお前の頼みだ。いいよ」

 と二つ返事で引き受けた。


 まさかそれが──

 俺の平穏な日々が脅かされる原因になろうとは、その時は思いもしなかった。


◆◇◆◇◆


 バイトは週に5日、平日の授業が終わった後、夕方から18時までということになった。

 そして初めてバイトに入る日を迎えた。




 学校が終わり、そのまま悠平と共にバイト先に向かう。駅前にあるカフェ『White Wing』。

 スタバのような洒落た外観デザインだが、悠平のお父さんの個人経営店だ。

 その店舗看板を見ながら、名字の白羽しらばねを英語にしたのかと、今さらながらに気づいた。


 悠平の後について中に入り、店内をぐるっと見回す。内装もスタバのような雰囲気だが、セルフじゃなくて店員が配膳するスタイル。


 そのお洒落なデザインの店内に、少し違和感を感じた。何故ならお洒落な内装に似合わず、オタクっぽい男性客が大勢居るからだ。


 まあ何はともあれ繁盛してるようである。


 悠平が店長であるお父さんを紹介してくれて、俺は挨拶をした。バイト慣れしてる俺にとっては、挨拶をキチンとするくらいは朝飯前だ。


 続いて悠平は、俺に紹介するためにバイトリーダーの女の子を呼んだ。


 そこに現れたのは──


 フリルが付いた白いブラウスに、裾に白いレースが付いた黒いエプロンスカート。つまりいわゆるメイドスタイルの可愛い女の子だ。


 俺よりも頭一つ小さく小柄な身体つき。

 短めのスカートから覗くすらっとした足は、適度な肉付きで、眩しいくらい白い。

 ツインテールの黒髪には、メイド定番の白い髪飾りが装備されている。

 そして端正な小顔には、まつ毛が長く黒目がちな瞳がキラキラと輝いていた。


 まさにアニメから飛び出してきたような、美少女メイド。


 なるほど。店内にたくさんいるオタク男子客は、この子目当てなのかと妙に納得した。実際に彼らはこの子にチラチラと視線を向けてる。


 そんな彼女が俺を見て、驚くべき言葉を吐いた。


「じゅん……君!?」


 はっ?

 こんな美少女メイドの知り合いいたっけ?


 ──と、きょとんとしてたら、横から悠平が教えてくれた。


「純基。妹の萌香もえかだよ」

「も……萌香?」


 悠平には一個下の妹がいる。小学生の頃はよく三人で遊んでいたが、やんちゃでお転婆な女の子だった。


 そう言えば萌香も俺たちと同じ高校に進学してたんだよな? もう高2か。


 だけどほとんど接点がなかったから、しばらく会ってない。いつの間にやら、こんなに女の子っぽくなっていたなんて全然知らなかった。


 萌香は俺を見るなり、なぜかあわわと慌てた顔をした。


「わわわ、兄貴が言ってたバイトに来る友達って、じゅん君だったのですかーっ!?」

「ああ、そうだよ。萌香がバイトに居るとは聞いてなかったけど。それにしても、よく一目で俺がわかったな。久しぶりなのに」

「そりゃもう、いつも目で追って……あ、いやいやいや! 昔の面影がありますからー!」

「そっか? ところで萌香もここでバイトしてるんだな」


 悠平の実家であるこの店は、萌香にとっても実家なのだから、不思議でもなんでもないか。


「さささ最悪だぁー」

「悪かったな最悪なヤツで」


 なんだよ最悪って。

 俺、そんなに萌香に嫌われるようなことしたっけ? 覚えはないぞ。


「あっ、いや、そうじゃなくて!(……こんなカッコをいきなりじゅん君に見られるなんて……)」


 萌香は顔を真っ赤にしてモジモジしてる。

 そうじゃないってどういう意味だろ?

 なんかボソボソ言ってるから、よくわからん。


 ──まあ、それにしても……


「それにしても萌香、可愛くなったなぁ」

「ふぇっ……」

「どした?」

「じゅ、じゅん君! いきなり口説くのはやめてくださいっ!!」

「口説いてねぇし!」


 褒めてやろうと思っただけなのに、なんでいきなり口説いてることになるんだよ。

 俺ってそんなにスケベに見えるのか?


「そそそそれじゃあ、早速仕事をしてもらいますから、早く着替えて来てください! 私は厳しいから、ビシバシしごきますよっ!」


 萌香は腰に手を当てて、胸を張っている。彼女の形のいいバストに押し上げられて、白いブラウスが窮屈そうだ。


 昔はこんなモノ……付いてなかったな。

 ──当たり前か。


 でもこうやって少し話をすると、子供の頃の萌香と変わってないところも感じる。偉そうに言う割にはよく失敗をして、面倒を見てやってた。


「ああ、望むところだ。俺も仕事っぷりには自信があるぞ、フフフ」

「な、なんですかー、その不敵な笑いはっ!?」

「フフフ、なんだろね?」


 俺は今までやってきたバイトで、すべて社員さんから『仕事ができる』と評価をいただいてきた。

 だから俺には、バイトマンとしての誇りがあるのだよ、萌香君。


「むぅぅ、腹立つぅぅっ! その天狗の鼻をへし折ってやりますからねー!」


 萌香は頬を膨らませて、プンスカ怒ってる。こんな感じも昔のままだ。


「今までじゅん君がどんだけバイトをしてきたかは知りませんけど。ここでは私がバイトリーダーなんだから、なんでも私の指示に従ってもらいますからねっ!」


 どうやら兄の悠平が今までバイトリーダーで、長期間休むに当たって妹である萌香がリーダーに就任したらしい。


「純基、すまんな。コイツも初めてバイトリーダーになって、張り切ってるんだ。言うことを聞いてやってくれ」


 悠平が苦笑いで頼んでくる。そういうことなら仕方ない。


「ああ、わかったよ。俺も今までいくつもバイトをしてきた。こう見えて俺は、仕事ができる男なんだ。遠慮せずなんでも指示してくれ」

「言いましたね? 男に二言はないですね……ムフフ」


 な、なんだ? 今の笑いは……?

 まあいい。どうせ萌香のことだ。

 子供っぽいことを言って、俺を困らせる気だろ。だけどしっかり仕事をして、逆に参りましたと言わせてやる。


 しかし俺はまだ、萌香が考えていることなんて知る由もなかった。





 俺はお店に借りたウエイターの制服に着替えた後、他にもう一人バイトがいるのを紹介してもらった。

 萌香と同い年の高校2年生で、なかなかお洒落なイケメン男子だ。名を杉沢君という。


 杉沢君に挨拶をした後、俺は早速仕事を始めた。萌香の指示に従ってテーブルの掃除とセッティング、オーダー取り、配膳もテキパキこなす。


 萌香は「あれをしろ」「コレをしろ」「それには気をつけろ」「こんな失敗はするな」と口やかましい。

 しかし俺にはファミレスでのバイト経験があるからなんてことはない。


 注文の取り間違いも無いし、配膳で料理をこぼしたりもしない。


 それどころか、注文品が届くのを待って暇そうにしているお客様に、

「お待たせして申し訳ありません。もう少しお待ちくださいね」

 などと心配りの声かけをする。

 それを見て萌香は驚いた顔をした。


 萌香の指示をすべて忠実にこなし、それ以上の働きもして、バイト初日は無事に終わった。




 着替えを終えて帰ろうとしていたら、萌香が少し感心したような顔で話しかけてきた。



「お疲れ様です、じゅん君。確かに仕事ができますね。それは認めてやろうじゃありませんか」

「ところで萌香。なんでお前、俺にだけやたらと偉そうに命令するんだ?」

「たってバイトリーダーだもん。偉いんだもん」


 萌香は得意げに鼻をフンとならす。きゅっと胸を張った勢いで、ツインテールがゆらりと揺れた。


「だってお前、他のバイトにはもっと優しく接してるじゃないか……」


 イケメン男子の杉沢君には、ニコニコ顔でとても優しく接していた。

 彼がイケメンだから、俺と差別をしているのか?


 それとも──


「あ、わかった! 子供の頃の仕返しか? 俺はお前によく命令してたもんな」


 コイツはやんちゃで無鉄砲だったから、よく危なっかしいことをしていた。だから細々こまごまと注意してやらないと心配だったんだ。


「へぇー覚えてるんですね? そうですよ。じゅん君が私を子供扱いして、いつも命令されてたのが悔しかったのです」

「だって子供だったじゃんか」

「ぶぅーっ! たった一つしか違わないし!」

「いや、小学生で一個下って、めっちゃ下だろ!」

「子供の頃のことは、まあいいです。それより今ですよ。今は私がバイトリーダーなんだから。じゅん君には明日からも、なんでも言うことを聞いてもらいますからね! いいですよね?」

「ああ、わかってるよ。バイトリーダーはちゃんと尊重する」

「『遠慮せずになんでも指示してくれ』ってさっき言いましたよねっ?」


 萌香のヤツ、やたらしつこく言ってくる。俺は今まで、萌香に適当な嘘をつくとか、したことはないんだが……


「何度も言わせるな。男に二言はない。明日からも、なんでも言うこと聞くよ」

「それならいいです」


 萌香は可愛い顔でニカッと笑って、ムフフと笑い声を漏らした。


 しかし萌香のその言葉のホントの意味を俺が知るのは、翌日の学校でのことだった。



◆◇◆◇◆


 翌日。昼休みになった。

 教室で俺が弁当箱を出そうと、鞄を覗き込んでる時だった。急に教室内がざわざわし始める。


「おわっ!」

「誰?」

「めっちゃかわゆい!」


 男子達の声に顔を上げると、そこに立っていたのは萌香。もちろんメイドスタイルではなくて学校の制服姿だけど、ツインテールは昨日見たまんまだった。


「じゅん君。一緒にお弁当を食べましょう」

「へっ? なんで?」

「バイトリーダーの命令だから、黙って言うこと聞きなさい」


 弁当箱を手にした萌香は、なぜか満面の笑みをたたえている。しかし俺には何が何やらさっぱり訳がわからん。


 呆然としていたら、萌香に手首を捕まれて、無理矢理引っ張って行かれた。


 手首を萌香にぐいぐい引かれながら廊下を歩く。周りの生徒達が、何事かと目を丸くしてるのが結構恥ずかしいんだが……


「なんなんだよ? 弁当食うのに、バイトリーダーは関係ないだろ?」

「関係大ありです! お弁当を食べながら、仕事のレクチャーをしてあげるのです」

「レクチャー?」

「はい。私はバイトリーダーとして、寸暇を惜しんでじゅん君に仕事を教えるのですよ!」


 萌香のやつめ。しばらく見ないうちに大人になったな。

 そんなことを言えるなんて……


 俺は少し目がうるうるしてきた。


「感動してるんですか?」

「ああ、俺は今、モーレツに感動している。萌香が『寸暇を惜しんで』なんて、難しいことを言えるようになってるなんてっ!」

「はあっ!? バカにしてるんですかーっ!?」

「いや、バカになんてしてない。マジで感動してる」

「ぶぅーーーっ! それこそバカにしてるぅーっ!」


 萌香が泣きそうな顔になったので、俺は焦って言い訳した。


「じょ、じょ、冗談だよっ! 冗談に決まってるだろっ!」


 ホントは冗談じゃなかったけど。


「冗談ですかー? やっぱり私の優しさに感動したのですよねー?」

「あ、ああ! そうだよ。お前の優しさに感動したんだよ!」

「よかったですーっ!!」


 なんかよくわからんが、萌香は嬉しそうに首をコクコクして頷いている。

 ツインテールがゆらゆら揺れて、なんだか小動物的な可愛さだ。

 よくわからん展開だが、まあいっか。



 中庭に着いて、ベンチに並んで座り、二人で弁当を食べた。

 萌香は友達の話とか、最近あった出来事とか、取りとめのない話を嬉しそうな顔で語っている。


 そのうち仕事の話になるのかと思って聞いていたら、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


 ──仕事のレクチャーは、いったいどこへいった?


 とは思うけど。

 萌香は楽しそうだし、まあいっか。


 手を振って萌香と別れ、教室に戻った。


「おい工藤。あの超絶可愛い女の子は誰だよーっ? 2年だよな? お前の彼女か?」


 クラスの男子が羨ましそうに訊いてきた。

 ふと周りを見ると、他の多くの男子も興味深そうにこちらを見ている。


「えっと……C組の白羽しらばねの妹だよ。昔からの知り合いなんだ。彼女なんかじゃない」

「そっか……」

「なんだよ、そのホッとした顔は?」

「いや、工藤の彼女かと思った。あんな可愛い子がお前の彼女だったら、俺は落ち込んで立ち直れないわ」

「はっ? どゆこと?」

「いや、工藤! モテない同士仲良くしような! 抜け駆けナシな!」

「おいおいおい。握手を求めてくるな!」


 確かに俺は、彼女いない歴=年齢だけど。

 モテない同士仲良くとか言われても、わかりましたなんて言いたくない。


 でも学校で萌香と仲良さげにするのは、避けた方が良さそうだな。周りの男子達に変な恨みを買いそうだ。


 ──そう思っていたにも関わらず、その台風は放課後にもまた俺を襲ってきた。


「じゅんくーん! 帰りますよーっ!」


 萌香が教室の出入り口から、クイクイと手招きをして俺を呼んでいる。

 またクラス中がざわざわとして、俺に視線が集中する。


 俺は慌てて鞄を抱えて、教室から飛び出した。

 廊下を歩きながら萌香を睨む。


「おいおい。いったいなんなんだ? なんで教室まで迎えに来るんだよ?」

「じゅん君がバイトをばっくれないように」

「はぁっ? 俺がそんないい加減なヤツに見えるか?」

「冗談ですよー!」


 疑われてるのかと一瞬カチンときたが、萌香は楽しそうにニコニコしてる。ホントに冗談だったみたいだ。

 調子が狂うヤツ。


「バイト君が慣れないうちは、戸惑わないように迎えに行くのもバイトリーダーの立派な仕事です!」

「いや……そんな至れり尽くせりなバイトリーダーはいねぇだろ!」

「ここにいますよ」

「うぐっ……」

 

 親切なのはありがたいが。

 クラスの連中の目が気になるから、できれば迎えに来ないでほしい。それにわざわざ3年の教室まで来てもらうなんて萌香にも悪いし。


「バイトくらいちゃんと行けるから、わざわざ迎えに来てくれなくていいよ」

「いいじゃないですかぁー! たまたまおんなじ高校なんだし、一緒に行けば」

「まあ、それはそうだけど……」


 相変わらず萌香はニコニコしてる。


 きっとコイツは親切で言ってくれてるんだろう。ちょっとズレてる気もするが、厚意を無下にはできないな。


「わかったけど、教室に迎えに来るのはやめてくれ。クラスメイトの視線が痛すぎる」

「わかりました。じゃあ今後は校門で待ち合わせしましょう」


 この口ぶりだと、明日からも一緒にバイトに行くつもりか?

 まあしばらくちゃんと出勤したら、そのうち萌香も面倒くさくなるだろうから、それまでの辛抱だな。



 校門を出て、最寄り駅まで二人で歩く。バイト先のカフェは、その駅前にある。


「ところでじゅん君。明日は土曜日で学校もバイトもお休みですね」

「そうだな」

「じゃあ明日、お買い物に付き合ってください」

「なんの?」

「私の私服です」

「へっ……なんで? やだよ」


 俺が断ると、萌香はキッと目つきを鋭くして、人差し指で俺を差した。


「バイトリーダーの命令です!」

「はぁっ? 萌香が私服買うのに、バイトは関係ねぇだろ!?」

「関係大ありです!」

「なんで?」


 まったく理解不能だ。


「私が可愛いファッションをすることで私の女子力が磨かれるワケです」

「ふむ。それで?」

「そうすると私のファンが増えて、カフェ・ホワイトウイングのお客様が増えるワケです。だからお仕事の一環なのです!」


 萌香は小鼻を膨らませて、びっくりするくらいのドヤ顔をしているが……


 なんという謎理論!

 論理的に合ってるのか、その話は?

 まあ、絶対的に間違ってるとも言えないが……


「それはわかったけど、女友達と行けばいいじゃんか?」

「じゅん君はわかってませんねぇ。カフェに来てくれる私のファンは男の子です。だから男子目線が必要なのですよ」


 なるほど。それは一理ある。


「だけど女の子の買い物に付き合うなんて、俺は恥ずかしいから嫌だなぁ。そんなのまるでデートみたいじゃないか」

「でででデート!? 私はそのつもり……いやいや違いますしっ!」

「えっ? なんだって?」

「いえいえいえ、なんでもありませぬ! じゅん君は考え過ぎですよー! もっと気楽に気楽に!」

「そっかぁ?」

「そうですよ」


 なんか納得いかない部分もあるが──


 仕事の一環だと言われれば、完全拒否するワケにもいかない。だから俺は、無言で小さくうなずいた。




 しかし……その日のバイト中も、俺は少し引っ掛かっていた。


 買い物に付き合って、萌香がもっと可愛く見える服を選ぶのを手伝う。それは確かにお店にとってプラスになるのだろう。

 謎理論ではあるけど、まあ正しいと仮定しよう。


 しかしそれならファッションに疎い俺なんかよりも、イケメンでお洒落な杉沢君の方が適任じゃないのか?


 そう思った俺は、バイトが終わった後に、萌香の前で杉沢君にこう言った。


「なあ杉沢君。リーダーの買い物に付き合ってやれよ」

「リーダーの買い物? なんですかそれ?」

「萌香が私服を買いたいんだって。仕事の一環だそうだ」

「へぇ。萌香ちゃんの私服かぁ。いいですよ」


 イケメン杉沢君は笑顔でうなずく。

 良かった。これで俺のお役は御免だ。


 萌香もお洒落でイケメンな男子に手伝って貰った方が嬉しいだろ。


 そう思って萌香を見たら、なぜかあわあわと焦った顔になってる。


「ちょ、ちょっとじゅん君! なんで他人ひとに仕事を振るのですかー!?」

「えっ? だってその仕事、杉沢君の方が適任じゃんか」

「いえ、杉沢君は色々忙しいだろうから、悪いですよぉ」


 ──はっ?

 俺の都合なんて無視するのに、なんで杉沢君にはそういう気を遣うんだ?


 俺相手なら悪くないってか?

 新人バイトだからか?

 それともやっぱり、子供の頃の仕返し?


「へぇ、イケメンにはいい顔したいんだ」

「違います」

「俺のことは新人バイトだからって、召使いみたいに思ってるんだろ?」

「違います」

ちがくないだろ」

「違います……じゅん君ならきっとセンスがいいだろなぁ……って思ってるのです」

「萌香……お前、そんなに俺のことを買ってくれてるのか……」


 いやいや、俺なんてファッションセンス皆無なのに。

 俺の髪型とか制服の着こなしを見れば、それは萌香もわかってるはずだよな……


「えへっ」


 なぜか急に萌香はテヘペロした。ただでさえ美少女なのに、そんな姿はかなり可愛い。

 だけど今の仕草はあざとさがモロバレだぞ。


「お前やっぱり、俺をいいように使おうとしてるだろー! 俺は騙されないぞ!」


 そう気づいたから、もう一度杉沢君に向かってお願いする。


「なあ杉沢君。やっぱり君が買い物に付き合ってやれよー」


 俺がそう言うと、なぜか萌香は慌てふためいた顔になって、両手をふるふると振っている。


「あわわ、ちょっと待って! そうだ、思い出したっ! 明日は用事があって、買い物には行けないのでしたー!」

「なんだよそれ。じゃあ結局は、俺は買い物に付き合わなくていいんだな?」

「は……はい……」

「そっか。わかったよ」


 俺がそう言うと、なぜか萌香は頬を膨らませて、不機嫌な顔になった。


「ぶぅー……今回は見逃してあげます」

「見逃すってなんだよ? お前が用事で行けないんだろ?」

「あっ、ああ、そうでしたー! でもじゅん君には、引き続き私の指示には従ってもらいますからね! 約束ですからっ!」

「えっ? お、おう。それはわかってる」

「ニヒヒ」


 なんだその笑いは?


「私はバイトリーダーですからねー! そしてじゅん君は新人バイトさんなのです」

「わかってるって!」

「私は、じゅん君のぎょぎょぎょ……」

「なんだよ、ぎょぎょぎょって?」


 ──さかなクンか?


「ぎょ、業務遂行能力を試してもいるのですよ。気を抜かないでくださいねぇ」


 なるほど。業務遂行能力って言いたかったのか。

 ちゃんと言えないなら、そんな難しい言葉を使おうとするなよ。

 ところで萌香は、俺の業務遂行能力を試しているとな?


 よし、それならコイツから何を言われても涼しい顔でこなしてやる。俺のバイトマンとしての誇りをかけてな!



◆◇◆◇◆


 その日以降も、萌香は俺になんだかんだと指示してくる。

 それはバイト以外のことも多く、なんのためなのかよくわからないものもあった。


 例えば──


『1日1回、「萌香ちゃん可愛いね」と面と向かって言う』

 だとか

『毎日、おはようとおやすみのメッセージを萌香に送る』

 だとか。


 そう言えば『萌香のウエイトレス姿の写真を、俺のスマホのホーム画面に設定する』なんてのもある。


 あまりに意味がわからなさ過ぎて、俺は思わずこう訊いた。

 

「コレは……何かの魔除けか!?」


 そしたら萌香は大きな口を開けて「はぁっー!?」と睨んだから、俺は黙って言う通りにした。


 しかし萌香に、俺の業務遂行能力を試すのだと言われた以上、俺はどんな無理難題でもこなしてやる。


 それとまあ、俺が思うに──


 これらの指示はきっと、萌香が子供の頃の仕返しで、俺に嫌がらせのような命令をしているという側面もあるのだろう。


 ──しかし!


 そんなことに屈する俺ではない!


 これからも、どんな指示でもして来い萌香よ。俺は平気な顔で、すべてこなしてみせてやるからっ!

 俺の仕事力をお前に見せつけてやる!


 ──俺は、そう闘志を燃やした。


◆◇◆◇◆


 そう──

 恋愛というものに疎い純基は、完全に勘違いをしているのであった。



== 完 ==

 

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