第4話 アジア諸国の思惑

ー2025年 4月16日 午前9時50分頃 中華人民共和国 海南島 文昌衛星発射場にてー


中華人民共和国の南部に位置している別名東洋のハワイとも称されている広い面積を持つ海南島。


この島の主な特徴はワイキキビーチで有名なハワイ島と緯度がほぼ同じで一年中常夏な事からリゾート地としても有名で、数多くの観光客が海水浴と海南島にある綺麗な砂浜や広大な海を目的に訪れている。


その海南島の北東に位置する文昌市は農林水産業と観光業を主な産業とする都市だが、その郊外にはおよそ10年前に完成したばかりの文昌衛星発射場が所在しており、中国の宇宙開発の更なる活発化の影響でここ最近宇宙産業も発展してきている。


文昌衛星発射場そのものは元々弾道ミサイルの試験場として使われてきたが、内陸にある3つのロケット発射場が事故を起こした場合のリスクや、鉄道輸送の都合上運送できるロケットのサイズに制限が掛かったのと、中国の宇宙開発が本格化した事によって2000年代後半頃に海南島の海岸部に発射場を作ることが決まり、2014年にこの発射場が完成して以降様々な地球外惑星への探査ミッションの打ち上げを担ってきた。


そんな文昌衛星発射場にある衛星組み立て棟の入口前では、多くの中国国家航天局の職員らとアサルトライフルを構えた兵士数名が硬い表情をしながら誰かが来るのを待機していた。周辺の空気が強ばっている状況で誰が来るのかというのは言うまでもなく中国の国家主席である。


なぜ文昌衛星発射場にわざわざ中国の国家主席が訪れることになったのかについてだが、実は中国はアメリカ政府がアルヴァルディに向けての新しい惑星探査機を開発してるのを現地にいるスパイから情報を入手した事によって、アメリカがNASAの提案した計画の実行を許可した4月2日に中国政府はアルヴァルディへの具体的な探査計画を考案、そして早々と計画実行に移していたのだ。国家主席が文昌衛星発射場に訪れるのは、その計画で運用される探査機などの開発状況の進展を確認するための視察なのである。


しばらく待っていると、衛星組み立て棟に繋がる道路の奥から3台の黒色の塗装をしたリムジンとそれらを守るように囲う複数台のセダンがゆっくりと入口付近に近づいてきた。航天局の職員や兵士らの表情はより一層引き締まっていく。


入口付近に国家主席率いる視察団一行が衛星組み立て棟に到着してからおよそ数秒後、SPが国家主席の乗っているリムジンのドアを開ける。そして国家主席の姿が見えた瞬間職員らは国家主席がいる方向に体を向け、待機していた兵士らは敬礼しながら顔を国家主席に向けていった。


(ふむ…実に素晴らしい歓迎だな。それはさておき、我々中国がアメリカよりも少し早めに探査機の開発に着手することが出来たとはいえ、相手の計画の詳しい進展状況は現地にいる工作員からの報告が来ない限りは闇の中だ。油断は出来ない。我々が持つ最先端技術の全てを結集させて作られる探査機の開発を始動させた以上、例の新惑星での探査主導権はアメリカやロシアよりも先に我々が掌握しなければならない…。)


そして数十秒後、国家主席率いる視察団は衛星組み立て棟の内部へと入って行った。


彼の名は周 梓豪チョウ ズーハオ。2012年から国家主席の座を維持してきた習近平が急逝した事によって新しく着任した人物である。



ーー衛星組み立て棟内


白い防護服を着用しながら組み立て部分に入る周梓豪率いる視察団一行。人工衛星という繊細で高価な最新技術の集合体を直接目にしたりする以上傷や汚れがついたりして運用時に動作に不具合を生じさせてはならない。視察団や職員が防護服を着用しているのはその為である。


とても広々としていて床も壁もほとんど白色を基調としている衛星組み立て棟の内部では、政府が提案した探査機などの設計図をもとに二つの部門に別れながら担当の職員らは組み立て作業を進めていた。一つ目はアルヴァルディを周回しながら探査活動をする周回衛星、二つ目は惑星の地表に送り込ませる着陸機とその上部に載せる探査車が組み立てられていた。


「ほほう、これが例の新惑星に向けての探査機と着陸機か…。」


「これが数十ヶ月後には打ち上げられるとなると期待で胸が膨らみますなぁ…。」


「是非ともあのアメリカとロシアよりも先に功績を遺してもらいたいところだな。そうすれば宇宙開発競争の頂点に我々は君臨することにだろう。」


視察団一行は職員らは指示を出しながら慎重に作業を進めているのを見てとても歓心しており、政府の計画通りに物事が順調に進んでいたため期待を寄せていた。


すると周梓豪が視察団一行の近くにいる探査計画の開発の代表と思われる男に質問をする。


「ちょっといいか?」


「はい!…な、なんでしょうか?」


「我々が立案した探査機と着陸機、そして探査車の開発状況は今のところどうなんだ?見た感じだと開発は順調なように思えるが…?」


「ええ、確かに開発状況は見た感じですと順調に見えるかもしれません。ですが搭載予定の観測機器がまだ完全に揃った状態ではありませんので、最低でも数ヵ月はかかると思われます。以前火星に飛ばした探査機の設計を基に新しい探査機の開発を開始させたとはいえ、今年中の完成は難しいと思います…。」


「ほう、今年中の完成は難しいのかぁ…我々としてはアメリカやロシアよりも先に探査機を完成させて打ち上げさせたいところなのだが…何とかならないのかね?」


周梓豪国家主席が開発の代表にゆったりとした口調で要求を言うと代表の身体中に冷や汗が流れ出す。


「今年中に何とか探査機だけでも完成させる事が出来ないのか?」


「いや、ですから──」


「我々政府がこれほどまでお願いをしているというのにそれに抗うとは…いい度胸をするじゃないか。」


「す、すいません…!ですから解雇処分だけは勘弁を…」


「フン、まあいいだろう。私はソ連のスターリンみたいな冷酷な独裁者ではないからな。なら是非とも今年中に探査機を完成させれるようよろしく頼んだぞ。いいね?」


「は、はい…!承知しました…!」


周梓豪が代表と話した後、視察団一行は別の開発部門へと向かうべく別の施設へと向かった。視察団一行が内部から姿を消すのを確認すると代表は胸を撫で下ろした。


「はぁ…変な事態にならなくて良かった…。とはいえ今年中に完成出来なかったら何かしら処罰喰らいそうだから早く完成させないとな…。」



ー4月17日 午前9時10分頃 日本国 東京 首相官邸 総理執務室ー


世界的に知名度の高い日本の首都、東京。


東京都内の千代田区にある首相官邸の総理執務室では、総理大臣が座るデスクの前に官房長官が様々な資料を持ち出しながら報告をしていた。


官房長官の報告を黙々と聞いているこの男は総理大臣の堀内康久ほりうちやすひさで、報告をしている官房長官の名は宮本克彦みやもとかつひこである。


「…現時点で我が国の経済状況に関しては4月1日に発生した大転移が起きる前とあまり変わってはいませんが、防衛面に関して言うと大転移によって中華人民共和国やロシア連邦に微々たるものですが混乱が生じ、領空や領海への不法侵入が大転移前よりもやや減少した模様です。」


「不法侵入件数が大転移の影響によって減少か…本来であれば喜んでもいいような話のところだが、我が国も大転移によって多少の混乱が起きたからな。にしても、大転移直後の混乱がこれ以上長続きしなかったのは不幸中の幸いとでも言うべきなのだろうか…?」


「そうかもしれません…。他ではまだ大転移による影響がまだある国も中にはあるとの事です。ですが混乱が収まったとはいえ、我々としては何より4月に大阪で開催予定だった万国博覧会も今回の件によって延期になったのは痛手かもしれませんね。」


「あぁ…そういえば今年は万博があるんだったな。無論、今回の件によって延期になってしまったのは残念に思うが、きっと万博が開催される頃には新しく見つかった惑星に関する様々な情報が入ってくるんだろうな。そう考えると万博によって得られるものは多少なりとも多くなったのかもしれないな。」


「確かにそうですね…。まあ私としてはこのまま平和な状態がずっと続いてもらいたいところです。領空侵犯や尖閣諸島で中国船が入り込んだ際に度々会見をするのは本当疲れますよ…。」


「まあ、どうせこんな平和な状態も数ヵ月でもすればあの2ヶ国の調子も戻ってまた領空侵犯などの頻度が増えるんだろうよ。仕方のない事だな。」


「はぁ…勘弁してくださいよ。では、そろそろ時間ですので私はこれで…。」


「ああ、報告ご苦労様。」


そう言うと宮本官房長官は机に置いてある報告書を回収し、向きを揃えると出入口へと向かってそのまま去って行った。


すると堀内総理大臣はスマホを取り出し、何かが気になったのかネットでニュース記事を読み出した。内容としてはアメリカと中国、それにロシアが新たに発見された惑星に向けて探査機の開発を開始したという一見すると普通の内容なのだが、読んでいくにつれて段々と堀内総理の形相が変わっていった。


「まずいな、あの超大国の事だからすぐに手を出すのは何となく察してはいたが…ここまで来ると宇宙開発は確実にあの3ヶ国の威信を賭けた主導権争いになるだろう…。遅くてもその波に乗ってインドや欧州も開発に着手するであろう。我々もこの波に乗り遅れてこれ以上宇宙開発競争に遅れをとってしまってはならない…。アジアで初めて人工衛星の打ち上げに成功した国である以上は…。」


その後も堀内総理は様々な記事を読んではそれに関する思考を巡らせていくのであった。

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2025年地球大転移 グイジョウ @Tiger_131

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