第3話 かつてのライバルの野望

ー2025年 4月4日 午後7時30分頃 ロシア連邦 サンクトペテルブルク とあるレストランにてー


ロシア連邦の首都モスクワの次いで人口の多い都市、サンクトペテルブルク。


ここサンクトペテルブルクはかつてのロシア帝国の首都としておよそ200年間機能してきたものの、ロシア革命によってソビエト連邦が誕生したことにより首都はモスクワに移され、名称も革命の主導者レーニンの名にちなんでレニングラードへと改名されたが、ソビエト連邦が崩壊したことにより名称もサンクトペテルブルクへと戻され、今ではモスクワよりも現代的な建物が出来つつある。


市街地にはロシア帝国時代に建造された豪華絢爛な宮殿や大聖堂などが点在しており、市街地から離れた郊外では多くの現代的な高層ビル群の建設が始まっていた。市街地ではなく郊外に高層ビルが建てられる理由としては、主に歴史的な景観を損なわないようにするためである。


そんな華やかな近世と革新的な現代が入り交じっている都市サンクトペテルブルク内の市街地にあるレストランでは、店内全てが貸し切り状態の中、ある一人の男が窓際の席で悠々と夕食を口にしながら誰かが来るのを待っていた。近くには彼を護衛する為のボディーガードが2名付き添っている。


「うむ…久々にサンクトペテルブルクの景色を見ながら食べる夕食はとても美味いものだな。君らも食べてみてはどうだ?ここの料理は美味しいぞ?」


「いえ、別にお腹は減ってはいませんし、私は大統領を護衛するために来たわけですのでお気になさらず。大統領はお食事を楽しみになさってください。」


「そうですよ大統領。私は大統領の護衛として付き添っているだけですから、心配ご無用です。」


「そうか…まあ、あまり無理はし過ぎるなよ?」


護衛の口々から大統領と呼ばれているこの男は、第5代目ロシア連邦大統領のアレクセイ・スネシュコフである。


彼はソ連崩壊して以降衰退気味だったロシアの宇宙開発レベルを再びソ連時代に近い水準にまで引き上げさせることに成功しており、更に今まで予算の都合上等で中断されていた探査計画も余裕が出来て少しずつ再開させたりもしている。現時点で宇宙開発に関してはアメリカや中国には未だに及んでいないものの、衰退からの脱出に成功したことでロシア国内ではおおむね高い評価を受けている人物なのである。


スネシュコフが並べられている豪華な料理の内の一つを食べ終えようとすると、レストランの入り口のドアがゆっくりと開いた。ドアからは清潔感のある正装をした二人の男が現れた。


この二人は副首相のアンドレーエフと、ロシアの国営宇宙開発企業ロスコスモス社社長のヤンコフスキーであり、二人は大統領が座っている窓際の席を見つけ次第その席へとすぐに向かった。


「お仕事ご苦労さまですスネシュコフ大統領。」


「ああ、お疲れ。まあ今日はゆっくりと夕食を楽しもうじゃないか。例の件も相まって君らも忙しいだろうからな。好きなだけ飲んでくれて構わない。」


「私共の健康に配慮してくださりありがとうございます。ではお言葉に甘えて…。」


そう言うと二人はスネシュコフ大統領と対面するような形で席に座った。そして二人はテーブルに置いてあったフォークやナイフを手に取り、二人に用意されている料理を食べ始めると、スネシュコフ大統領が話の種を持ち出す。


「…そういえば地球が謎の大転移に見舞われてからもうすぐで5日が経過しようとしているが、現時点で何かしら判明した事はあるのかね?ヤンコフスキー殿。」


「そうですね…。まずは謎の大転移の件についてですが、我々がいる地球と月は正体不明の現象によって未だに観測されたことのない星に飛ばされたのではないかという説が一番有力視されています。実際に我々が打ち上げた宇宙望遠鏡による観測でも、望遠鏡をどの方向に向けても我々の知らない星ばかりでしたし、それどころか太陽系では馴染みのある火星や木星ですら見当たりませんでしたから…。」


「なるほど…そうなると今まであった金星や火星などの太陽系の惑星が4月1日を境に突如として消えたという事になるが…まあいいだろう。どのみち今後始まるはずだった地球外惑星への有人探査計画はどのみち破棄されることに──」


「いえ、実は例の件が起きた日から今日までの間に、アメリカの宇宙望遠鏡が偶然にも地球より少し遠いであろう位置に惑星らしき姿が捉えられたんです。その惑星に名前が付けられて『アルヴァルディ』と名付けられたそうです。ちなみに宇宙望遠鏡が撮影した画像の中から数枚をタブレットに保存してありますが…ご覧になられますか?」


ヤンコフスキーがそう提案すると、スネシュコフ大統領はいきなり手を止めて、テーブルナプキンを手に取ると口周りを拭きながら呟いた。


「ふむ、どこよりも早く惑星を見つけ出そうとするのは流石はアメリカといったところだな。今まで宇宙開発に関する主導権を長きに渡って握ってきただけある。数年前から中国の宇宙開発も勢いが増してきてはいるが、それでもアメリカにはまだ及ばないだろうな…」


「あの…例の惑星の画像については?」


「おっとすまない、少し話が逸れてしまったな。構わない、是非ともその…アルヴァルディって名前の惑星の画像を見せてくれ。何しろ太陽系以外にある惑星の全容が見れるのはとても興味深いからな。」


「わ、分かりました。では少々お待ちください…。」


ヤンコフスキーが急いで鞄からタブレットを出して画像を準備している最中、スネシュコフ大統領は表には見えていないが内心歴史上初めて太陽系外の惑星の全容を映した画像を見れることにとてもワクワクしていた。


(まさか惑星が早々と見つかるとはな…一体どんな環境をしているんだろうか…。もしその惑星が豊かな生命が生息しているファンタジーみたいな世界だったら是非とも探索してみたいものだが、そんな夢物語のような世界は流石にあるはずが…)


「お待たせしました。こちらが先日頃に発見された惑星『アルヴァルディ』が映されている画像の内の一つです。」


「どれどれ…って、嘘だろ?まさかとは思うがアメリカが編集で大袈裟に加工した画像ではないだろうな…?」


あまりにも予想外な惑星が映されている画像に大統領も思わず内心が口から漏れてしまった。それもそのはず、タブレットの画面に映っているのはまるで地球と区別が付かないような環境をしている惑星と、その周りを二個の衛星が周回している様子の画像だから信じられないのも無理はない。


実際太陽系以外の星にも地球と似たような環境の惑星が発見されたという観測結果は時たま発表される事はあるが、それはあくまで地球と似ているのかもしれないという可能性なのであって、実際は距離があまりにも遠すぎるので地球と環境が似てるのかどうかを直接確認するのはほぼ無理なのである。


「はい、確かに私もこの画像を最初に見た時は本当にそんな惑星が見つかったのかと正直疑いました。ですが再度確認してみたところ、どうやらこの惑星は実際に存在する可能性が非常に高いらしいです。それに…こんなにも地球と似た環境をしているのですから、何かしらの生物、いや、我々と似た容姿をしている知的生命体による文明が築かれていてもおかしくないはず…。」


「うむ…まさか本当にファンタジーのような惑星があったとは…とても信じられん。とはいえ、あのアメリカや中国はここまで地球の環境と似ている惑星を巡る競走に関しては絶対に黙ってはいられないはず…。」


するとさっきまでの惑星の画像による歓喜ムードは瞬く間に終わりを迎え、一気にアメリカや中国の宇宙開発に対する戦略会議へと状況が切り替わった。数分前までは惑星の画像によって笑みを浮かべていた大統領も、今では険しい目付きでヤンコフスキーやスネシュコフを見ている。


「ええ…まさに大統領の言う通りです。実際アメリカと中国はもう早々と探査計画を始動させています。ですが、この2ヵ国の計画に共通するのは探査機や探査車等を全て一から設計していく方針らしく、仮にそれが早々と完成出来たとしても数十ヶ月はかかります。」


「…なるほどな。で、あの2ヵ国に対抗できそうな手段を我々は持ってないのかね?」


スネシュコフがヤンコフスキーに対抗策は無いのかを投げ付ける。その質問に彼は答えるのに時間はかかったが、対抗策を練って冷静に答えた。


「…あることはあります。実は我々が住む地球や月が太陽系外の星に転移したことによって、本来であれば数十年ぶりとなる金星探査機を打ち上げる予定だった『ベネラD』が打ち上げられずに保管してあります。この『ベネラD』に搭載する着陸機と探査機のプログラム等を一部改装してから、探査機をそこに送り込むという手段です。これなら既存の人工衛星の一部を改装するだけなので準備に手間が省けますし、打ち上げまでの期間が一から設計した場合よりも短縮化されるので、アメリカや中国よりもいち早くアルヴァルディへの軌道に到達することが出来ます。ですがアルヴァルディへの軌道投入はもし計画通り進めば我々が一番最初になるので、アルヴァルディへの軌道投入は遠く離れた探査機にプログラムが成功するよう後は祈るしか方法はないでしょう。」


「一か八かの大勝負ってところか。でもまぁ…これまで火星とかの惑星探査にアメリカや中国から遅れを取ってしまった分、今回発見されたばかりのアルヴァルディという惑星で遅れを取っていた分を少しでも取り返さないとな。多分アルヴァルディへの周回軌道投入に成功するだけでもアメリカとのギャップを埋めれるかもしれん。まあ、成功したらの話だがな…。」


その後もスネシュコフ大統領と二人はアルヴァルディへの探査計画についてを食事を摂るのを忘れるぐらいにまで語り合い、ようやく食事が終わる頃には具体的な探査目的やロケットの発射予定日が決まるのであった。

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