第3話 生命息吹く、神秘の集落。
清潔感のある白い外壁に囲まれ、絢爛と輝く城が其処にはあった。建設されて一度も傷の付けられていない壁は、他の国々に自国の誇り高さを知らしめる。付けられた正義の群青色の旗は、国民全員に自身達の気高さを意識させていた。この世界に於いて、ただの一度の敗北を喫していない最強の王国。弱気を助け、邪気を葬る。威風堂々たる騎士の国、“ピューリワイト王国”、その宮殿である。
宮殿内に一人の男がいた。名を“アルム・K・オウズマン”、光をそのまま反射させる騎士甲冑は、日光が彼の味方になったか如く彼を美しく際立たせる。鮮やかなこの国の国旗と同じ群青色の外套は、誇りの高さ、気高さ、そして彼の絶対の正義を示している。腰に携えられた一本の剣は使い込まれた様に磨き上げられ、彼以外の手には最早馴染まない。胸につけられる鳳凰の金勲章は、彼の国への絶対の忠義と騎士としての責任が光輝いていた。
アルムは、この王国にて騎士団の第一師団の団長を任されている。そんな彼の元へは様々な情報が送り込まれてくる。現在、彼が頭を悩ませている情報がこれだった。
___王国郊外の農村にて、非公認の騎士がコウンラタシ皇国の騎士隊を単独撃破。
___グラスプレイ草原にて、非公認騎士がカンチス盗賊団をまたも単独撃破。
唯の非公認騎士が、勝手に行動しているのならさして考える程でも無かった。しかし、アルムが頭を抱えているのはその騎士の鎧の形の情報にある。
___なお、非公認騎士の着ける甲冑は、我らが王国の旧型騎士甲冑である。
“ピューリワイト王国騎士団旧型騎士甲冑”五年前に起こった、大戦争の末期から使われなくなった旧式の鎧である。
その鎧は、現在使われている騎士甲冑よりも重く、関節の可動域が狭い。ただし、重い分防御力が秀でており、並大抵の武器では傷がつかない。それ単体での破壊力も凄まじく、その重さと硬さを活かして籠手などで殴りつけ、相手を殺す。甲冑格闘術が主な戦闘法に組み込まれていたほどだった。
だが、戦争末期。夏場の鎧内での熱中症が多発し、王国は鎧の再開発を開始。結果、可動域が拡張され、通気性も良くなる。だが、そのかわり防御力が低下した、今の甲冑の姿となった。
ただの騎士甲冑なら、然程気にはならなかった。しかし、“今はもう存在しない”旧型なら話は別だ。彼らの旧型は全て溶鉱炉にて溶かし尽くし、今は大砲などの材料になっている。所持している人間は皆無の筈だ。それこそ、死人が蘇らない限りはあり得ない話だった。
アルムは頭を抱える。存在しない筈の騎士甲冑を着けた謎の騎士、薄気味悪いものを彼は感じる。幽霊などあり得る話ではない。だがもしも、戦争で死した同胞が無念の意を唱えながら蘇ったのならば。
「眠らせてやらねばいけない。」
強い正義感のもとに、彼はそう呟いた。死してなお現世を彷徨う同胞を、彼はそのままには出来ないのだ。彼の心はは憐憫の正義に揺らめいていた。
場所は変わって、森林地帯。鎧は、今日も歩いていた。しかし、その周りには何やら青い光が飛び回っている。宝石の様に輝くそれは、鎧の顔にあたる部分の前、肩、そして腰回りをくるりと回っている。
「おい〜、そろそろ休もうぜ〜...俺もうくたくただヨゥ...」
妖精、レイパスだった。レイパスはその整った顔を萎びさせ、鎧に懇願する様に話しかける。それもそうだろう、鎧が盗賊を倒して早数日。彼らは殆ど休みなしに進み続けている。妖精が疲れたと話しても、鎧にはその感覚の記憶がない。記憶が無い上に、肉体も無いので疲れもしない。時々無理やり立ち止まらせても、鎧は一時間もすれば動き出す。小さな同行人は、身心ともに疲れ果てていた。
ふと前方を見れば、森の中に小さな集落があった。木の幹の中に建てられた小さな小屋が数件ほど集まっている。森の奥地にしては珍しい、人の気配だった。
「へぇ...耳長族の集落かぁ...珍しいな。おい、鎧さんよ。頼むから彼処で休憩させてくれ!なぁ!」
耳長族、俗に言うエルフの集落がそこにはあった。エルフとは風の魔法を主に操り、弓の腕は他の追随を許さないほどに上手い。耳は長く、髪は金糸の様に美しい。基本的に他種族とは関わり合いを持たず、森の奥地にひっそりと暮している。全種族を通して平均寿命がずば抜けて高く、その年齢は五〇〇を優に超えると言う。
鎧は一度立ち止まり、何かを思案する様な仕草をとった後、集落に向けて足を運ぶ。レイパスは、その後ろを喜びながらついて行く。数日にも渡る疲れが、ようやく解消される。そう思ったのだ。
「止まれ!貴様達、何者だ!ここは我らがエルフ族の集落であるぞ!」
耳長の門番が大声を出して鎧達を立ち止まらせる。鉄の胸当てを身につけた耳長は、警戒を携えた眼を向ける。長い槍を短めに、矛先を鎧の首元へ一直線に突き刺そうが如く構えていた。明確な殺意こそ現れてはいないが、敵意自体はある様だった。レイパスは、焦った様に鎧と耳長の間に割り込む。
「ちょ、ちょっと待ってくれ?!俺たちは怪しい者じゃない!唯の旅人さ!」
「旅人が、何故この様な森の奥に入ってくる?」
耳長は毛を逆立てた猫を幻視させる態度で、鎧達に問いかける。レイパスは敵意が無いことを必死に伝えようと弁明する。
「迷い込んだのさ、森の出方が分からない所にあんたらの集落を見つけたもんで、休めせてもらおうと尋ねさせてもらったのさ。なぁ、一晩でいい、ここに泊まらせてはくれないか?」
レイパスの必死の懇願に勢い負けたのか、耳長は大きな溜息をついた後、鎧達を案内する。
「こっちに来い、長に挨拶させる。一晩くらいなら、お許しくださるだろうよ。」
集落に入る許可を得たレイパスは、拳を握り締め腕を大きく振り下ろす。見るからに嬉しそうなレイパスを見て、鎧も何処か愉快な気持ちとなった。忘れていた感情の断片を思い出し、鎧が不思議な感覚を胸に抱いていると、1戸の家に着いた。
そこには、巨大な樹木があった。樹齢五〇〇〇年は超えているであろう幹の太さは、この辺りの木々を代表するが如く猛々しく聳え立つ。唯其処にある圧倒的な威圧感、吹き飛ばされてしまいそうな、異彩を放つ存在感。しかし、鎧やレイパスに不快感を与える様なものではなかった。
樹木の洞には、何やら緑の生物がいた。鮮やかな緑の肌に、所々に生える健康的な枝草。手足と思われる部分は最早樹木と一体化していると言ってもいい。瞼の閉じられた美しい顔は、まさしく眠れる森の美女と言って差し支えない。
“ドライアド”、レイパス等妖精族とはまた別の進化を遂げた精霊達。妖精族と原点は同じだが、彼らは長く生きた樹木が意識を持ち始めた事によりこの世に産まれ落ちる。ドライアドとなった樹木は、“霊力”と言う特殊な力を生み出し始める。霊力は、悪しき生物に畏れを抱かせ、優しく弱い生物に安心感を抱かせる。やがて、ドライアドの周りには生物が集まりコミュニティができ始める。この集落も同じ事だった。
「旅の方、ようこそおいで下さいました。どうやら訳ありのご様子、此処では旅の疲れを癒して頂き、森の出口も、集落の者に案内させましょう。」
ゆっくりと、一言一言丁寧に優しく言葉を発するドライアド。聴くもの全てを安心させる声色に、レイパスは思わず返事をするのも忘れて聴いてしまう。どうやら、鎧の事情についても彼女は勘づいているようだった。レイパスは、我に帰ったのち、彼女に礼の言葉を述べる。
「あ、ありがとうございます!」
「うふふ、可愛らしい妖精の方。緊張なさらなくてもいいのですよ。」
その焦った様子を面白そうに彼女は笑う。柔らかい笑みを浮かべる彼女に、レイパスは更に顔を赤らめる。頭が沸騰する様に熱く、視界が何処か赤い。浮遊もままならなくなり、そのまま落ちてしまいそうになる。鎧は、焦りながらも落下しそうな彼を手のひらで受け止め、そのまま肩に乗せる。
レイパスを肩に乗せた鎧は、自然と彼女に一礼をする。右手を胸に当て、左手を左斜め下に真っ直ぐと下ろす。その状態で彼は軽く上半身を折り曲げ、左足を後ろに下げた。何処で覚えたかも分からない一礼を、鎧は自然と、存在しないはずの身体に染み付いたように行えた。鎧は、やはり疑問に思う。
「そう、畏まらないで結構ですよ。さぁ、お疲れでしょう。お泊まりのお部屋に案内させますので、どうぞごゆっくりなさってください。」
彼女は鎧の一礼を見た後に、側近の耳長に部屋を案内させる。鎧は、その跡をただ静かについて行った。肩のレイパスは未だに動けず、赤く熱を発している。復活まで、些か時間がかかるだろう。
彼らが去って行った後、ドライアドは神妙に呟いた。
「あの鎧姿の彼...人族、では無いのでしょうね...」
目を閉じた彼女の尊顔は、少々険しくなる。厄介ごとの空気を感じ取り、万が一の為、自分の集落だけでも守ろうと策を考えようと思考する。鎧は完全に危険だと判断されているのだろう。しかし、下手に刺激をして逆上されては溜まったものでは無い。彼女は仕方なく集落へと招き入れるしか出来なかった。なんとか穏便に、この集落を出て行って欲しい。そう願いながらも、彼女は思考の海へと潜航していくのだった。
場所は変わって、客室。鎧達は、大きな葉で出来た布団の上に座っていた。想定以上の柔らかさに、レイパスも戻った体調を更に良くして喜ぶ。
「おいおい!葉っぱの癖に凄い良い寝心地じゃねぇか!これならぐっすりと眠れそうだぜ!」
ここ数日間での疲れも癒す事が出来そうだと、彼は布団の上で跳ね跳びまわる。青い軌跡が浮かび上がり、まるで小さな花火が打ち上がっているようだった。鎧は、その様子をただ眺める。微動だにせず、ただひたすらに見据える。其処に感情は無いのだが、しかし、レイパスに興味が無い訳では無かった。
鎧自身、何故彼と共に旅をしているのかわからない。ただ、気づいたら側にいることになっていた小さな隣人だったのだ。感情という物を忘却している鎧は、彼と共にある時の、今現在も続いている謎の感覚をうまく表せないでいた。
その感覚は、人で言うところの感情に当たる“愉快”だった。彼と共にいると楽しい。彼の話は馬鹿らしいが、微笑ましい。友とある時に、我々が感じるただの普通の感情だった。鎧は“怒り”は明確に感じ取る事が出来る。それは己の疼きに最も近しいところにある感情だからだ。しかし、それ以外を忘却していた。ようやく、一つ取り戻す事が出来た。歓喜の感情は湧かないが、鎧は、久方ぶりの感覚を胸の奥で密かに楽しんでいた。
___胸の疼きは、片隅に置いた。
歩く鎧は伽藍堂 おもちゃ箱 @omocha_box_10185
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