第2話 燻んだ鎧に蒼い宝石

 似非騎士隊を擦り潰し、鎧は今日も歩いている。煤けた鎧はそのままに、燃えかけの外套を風になびかせる。背中に背負った大剣は、あの蛮族共の血を洗い流さなかったためか、更に風化した様に錆が増えている。しかし、何故だろうか。今にも朽ちて砕けそうな見た目をした大剣は、何故か以前に増してその攻撃力を増した様に思える。胸の疼きは今日も取れず、鎧の足は止まらない。

 

 夜闇の月を鈍く反射し、鎧は一人考えていた。

 

___あの感覚は、なんだったのだろう?

 

 鎧を支配した灼熱の如き感覚。人で言うところの怒りな訳だが、如何にもコレは、それをまだ理解出来ていなかった。突然襲いかかってきた未知の感覚、あの少女には何の思い入れもないと言うのに、何故か沸いて出た不快な感覚。しかし、不快ながらも必要だと、自分の疼きの謎を解く何かであると言うことは理解できていた。しかし記憶の欠片も無い鎧は、それよりも深くを考えつくことが出来なかった。

 

 夜の草原を歩いて数刻ほど、丁度月が真上に来る頃だった。何か前方が騒がしい事に鎧は気付く。炎が揺らめき、人の騒ぎ声が聞こえる。成程、旅人の集団が宴会でも開いているのだろう。鎧は、関わらない様にスッとそばを通り抜けようとした。

 

「お、おい!離してくれよ!」

「だぁれが離すかよ!」

 

 どうやら、ただ楽しんでいる訳では無いらしい。鎧は、何故か立ち止まってしまい騒ぎの方向へ足を進める。自分には関係ない筈なのに、どうしてか胸の何かがそうさせてくる。しかし、後悔は無かった。

 

「妖精なんてレア種族、売って仕舞えば大儲けだ!」

「や、やめ...おい!そこの強そうな騎士様!助けておくれよ!」

 

 そこには、革の鎧に身を包んだ小柄な男達とその真ん中にいるでっぷりとした腹をしている大男。そして、縄で締め付けられている手のひら程の大きさの蒼い羽根の生えている一匹の妖精がいた。

 

 “妖精”御伽噺に出てくる魔法を使える人間とはまた別の種族。風魔法を操る“エルフ”、土魔法を操る“ドワーフ”などの様に彼ら妖精族も威力は低いが全ての属性の魔法を繰り出すことができる。基本は彼らの中で大昔に突然変異を起こし、強大な力を持った妖精王の統治する妖精郷という他種族の立ち入れない国にひっそりと住んでいるのだが、助けを求めている彼は都合が違う様だった。

 

 鎧に気づいた妖精は、大声で助けを求める。藁にもすがる思いで叫ぶ妖精を見て、その場にいた男達の視線が全て鎧に向く。いきなり現れた騎士甲冑の鎧を見て、彼らは眉間に皺を寄せる。

 

「テメェ...何もんだ...?」

「俺たちがカンチス盗賊団と知ってここにいるのか?」

 

 小柄な男達が雛鳥の様に喚き立てる。骨と皮しか残っていない様な連中が、鎧へと向かっていこうとする。しかし、腹の膨れた男がそれを制し、鎧へ言葉を投げかける。

 

「まちなてめぇら...お前、見たところ騎士らしいが...見た事ねぇ鎧だな。どっかの国の放浪騎士か?」

 

 油断もなく、品定めをする様に足元から頭の先まで舐る様に見渡す大男。大男は汚い口を醜く開き、嗤いながらまた話し出す。どうやら、彼にとって危険ではないと判断した様だ。油断をしていなかった雰囲気は何処へやら、彼の顔には慢心しか残っていない。

 

「まぁいい、こいつを助けてぇか?騎士様よぉ、えぇ?助けたいなら、俺たち全員殺してみろってんだ!」

 

 身体中の二酸化炭素を全て吐き出した様に嘲笑する男。それに釣られて、取り巻きの男達も嗤い始めた。全員が自分たちの勝利を確信している、よもや、鎧を売った時の値段すらも考えている始末だった。取らぬ狸の皮算用とはこの事だろう。

 

 致し方ないとばかりに、鎧は大剣を抜く。錆に塗れたそれを見て、男達はさらに嘲笑を大きくする。下卑た笑い声に包まれても、鎧は微塵も怒らなかった。妖精はそんな騎士を見て絶望の表情を見せた。頼りにしていた騎士の武器も、錆び付いたただの鉄塊。これでは勝てるものも勝てない、妖精が諦観に目を閉じたその時だった。

 

「そんな武器で何が___」

 

 言葉が繋がることはなかった。騎士を更に馬鹿にしようと口を開いた瞬間、盗賊団の名も無き下っ端は鎧の振り抜いた大剣によって肩から斜めに切り落とされ、醜い肉片と化した。何が起きたのかわからない。一瞬の間があく、それを見逃す鎧ではない。

 

 すぐさま鎧は近場にあった石を拾い、盗賊に投げつける。弾丸の様に勢いづいたそれは的確に頭蓋を打ち抜き、脳髄をぶちまけさせる。果実が潰れる様な音を響かせた後、ようやく気がついた大男が仲間に号令をかける。

 

「な、何をしてやがる!殺せ!殺せぇ!!」

 

 一歩遅れたが命令に気づいた下っ端は達は、鎧に同時に襲いかかる。仲間の仇など考えてはいないが、目の前の此奴を殺さねば拙いと言うことは薄々感づいてきていた。各々が武器を手に取り、襲いかかってくる。一対多、多勢に無勢、通常ならば勝てる事はない。

 

 しかし、この鎧には肉体がない。致命傷となる物理攻撃は皆無だ。いくら攻撃を受けた所で、コレに与えるダメージは無い。鎧は例の如く大剣を薙ぎ払い、盗賊達を着実に殺していく。見た目鉄屑に蹂躙されていく彼らを見て、大男は顔を赤くして憤慨する。自分の率いていた者たちが余りにも弱く感じて情けないのだろう。愚かな事だった。

 

「何をしているんだお前たちぃ!相手はたったの一人だぞ!何故殺せない!」

「で、でも団長...此奴...攻撃が効かな...ギャアアアッ?!」

 

 また一人部下が殺され、大男の眉間の血管が切れる。頭に血を昇らせた彼は、冷静な判断を下せず己の武器であるハルバードを手に取り、雄叫ぶ。熊の様な叫び声を上げ、武器を振り下ろす。質量を伴って襲いくるハルバードは、どんな岩をも打ち砕くほどの強大さだ。当たれば鎧はへこむどころの騒ぎではない。

 

 鎧は大剣を盾にして攻撃を受け止めた。鉄の弾ける音が響く、通常、朽ちかけの剣といえば脆く、強い衝撃が加われば敢なく砕け散るものだ。だが、鎧の大剣は砕けない。大男のハルバードを真正面から受け止め、拮抗させる。

 

「何故だっ?!何故そのオンボロで戦える?!」

 

 砕けない大剣に驚きを隠せずの叫ぶ大男。かつて、彼はこの辺り一帯で剛力無双として名を馳せた大盗賊だった。その名残で盗賊団を率い、その棟梁となって今は甘い蜜をすすっている。棟梁としてのプライドが彼なりにもあった。だが今はどうだろう、見知らぬ騎士に部下は殺され、自分の攻撃は通用しない。いくら身体が大きくとも、その力が通用しないのでは意味がない。彼は得体の知れない恐怖に襲われていた。

 

 鎧は、軽々とハルバードを押し返し、相手との距離を少しあげる。大男は大きくのけぞり、危うく転びそうになる。蹈鞴を踏んで後ろへ下がった事が屈辱的だったのか、男は唾を飛ばしながら叫び散らす。

 

「俺はカンチス盗賊団の棟梁っ!イカ・メスルだぞっ?!お前みたいな三下に!負けるわけがないんだぁっ!」

 

 先程よりも大ぶりな攻撃、腕を大きく振り上げてそのまま鎧に向かって振り下ろす。そんな事は出来なかった。

 

 鎧は腕を振り上げてガラ空きな胴に向かって、大剣を突き刺す。鋭く、だが錆び付いた鉄塊は、イカの皮を、脂肪を、筋肉を、そして肋骨までも砕き、いとも容易く突き刺さった。豆腐を刺した感触に似た手応えを感じた鎧は、大剣を引き抜く。

 

「ガ...ゴッ...ゴホッ...」

 

 胴体に風穴の空いたイカは、胸を押さえ、口から大量の血を吐き出した後に前のめりに倒れる。得物であった筈のハルバードが虚しく地面に倒れ、持ち主を失う。筋肉が痙攣を起こし、尚のこと胸から血液を押し出す。そのまま動かなくなり、盗賊団は壊滅した。

 

「ス、スゲェ...」

 

 一部始終を見ていた妖精は思わず感嘆の声をあげる。絶望的な状況をあっという間に変えて見せた謎の騎士。御伽噺の一部の様な出来事が目の前で起き、彼は憧れの様な感情を抱く。鎧は、そんな惚けている妖精を縛っている縄をほどき、彼を解放した。

 

「あ、ありがとう!助かったよ!」

 

 特に何も反応しない鎧。そのまま何も言わずに立ち去ろうとすると、妖精が必死になって止めようとする。慌てた顔をして、鎧の外套を掴み、必死に引っ張る。

 

「お、おい!ちょっと待てよ!待てったら!待て!」

 

 いくら妖精が引っ張っても鎧はびくともしない。結果、鎧は約1里程歩いたのち、漸く立ち止まった。妖精は息を絶やし、肩の動きも激しい。止まった鎧に対して彼は怒った様に叫ぶ。

 

「ゼェ...お前っ?!ハァ...待てって!?ゴホッ...言ってるよな?!」

 

 妖精は咳き込みながらも鎧に怒鳴る。しかし、鎧はただ茫然と立ち惚けるのみ、妖精の方をじっと見て動かなかった。特に何も反応しない鎧に対し、妖精は疑問を抱く。妖精はそのままそれを問いかけた。

 

「お前...もしかして...人じゃ無い...?」

 

 鎧にもその質問は答えられなかった。自分が何か、この胸に疼く物は何か、それを知るためにコレは歩き続けているのだから。鎧はその事を伝えようとするが、生憎伝える口が無い。なんとか身振りで伝えようにも、そうするには鎧の事情は複雑すぎた。しかし、なんとか自分は今、自分でも何者かはわからないただの鎧だと言う事だけを伝える。

 

「ってーとつまり...お前さんは、つい最近意識が出来て...何故か鎧姿で平野に立っていた自分でもよくわからない何かだと...そういう事だな?」

 

 妖精は鎧に確認を取り、鎧もそれを肯定する様に肯く。妖精は、漸く納得できたとばかりに笑った後、自身も名乗り始める。

 

「そういや自己紹介がまだだったな。俺の名前は“レイパス・レイズリー”よろしくな!」

 

 レイパスは笑顔を見せながら、元気よく自己紹介をする。無邪気な笑顔を見せる彼を見た後、鎧はまた用は済んだとばかりに歩き出す。やはり何も反応を示さない鎧を見て、レイパスは少々がっかりした様子を見せつつも鎧の後を追う。

 

「待ってくれよ!あんたの散歩!俺もついて行くからさ!」

 

 レイパスは、その綺麗な蒼い羽根を羽ばたかせ、鎧について行く。小さな光が鎧の周りを飛び回る。それは、なにかの祝福を暗示しているかの様だった。

 

___鎧の疼きは、まだ治らない。

 

 

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