エピローグ:姫の出世払い
清涼な空気が、呼吸をするたびに気持ちよく肺を満たす。
朝。
まだ、外套をしていなければ肌寒い。
俺とカレナは、墓参りに来ていた。
魔の山一帯は荒野と化し、魔の山近くにあった俺の故郷も被害を受けたが、もともとが廃村だ。被害といっても放棄された建物が更地になった程度で、俺たちの子が眠る墓地はほとんどが無事だった。
「今度こそ仇は討ったぞ」
我が子の墓は、ひざくらいの大きさの石に名前を彫っただけのシンプルなものだ。
俺は手を合わせ、カレナも手を合わせ、祈った。
「さて……」
戦いが終わったら、一緒に墓参りをする――カレナとの約束は果たした。
魔王討伐の目的も果たし、即席で組んだパーティは解散となった。
師匠と勇者ルナさんは、これから“空の彼方にいる得体の知れない悪魔”の下で働かねばならないらしい。
肉体のサイボーグ化、メンテナンス費、科学知識の指導、機甲師団の調達……。
魔王ワルプルギスナハトを討伐する過程で、借りが積み重なっているらしい。
ただ、魔王ワルプルギスナハトの鎧の破片、完全剛体っていうらしいが、あれが結構な高値で売れるとのことで、拘束期間は予想よりかなり短く済むそうな。
「半年か」
「長くてね」
短い俺の言葉に、カレナがうなずく。
“得体の知れない悪魔”の診断を受けたところ、カレナの不妊は簡単な手術を施せば直せるそうで、予後の確認を含めて四か月から半年ほどの期間がかかるらしい。
手術費もろもろは、当然だが師匠持ち。
そういう契約だったからな。
「おめえを待つのが辛い」
「その言葉がうれしい」
唇にキスをされる。
新婚の時みたいだな。結婚したのは五年も前で、離婚したのはつい二年ほど前なんだが。
今回の旅を通して、カレナとは普通に笑い合うようになった。それが一番の報酬だと思う。クレアとの契約金も人生を変えるほどの額だが、カレナとの仲直りには及ばない。
「パパとママは仲直りしたから、安らかに眠ってね」
カレナが墓に手を当て、名前が彫られた部分を指先でなぞった。
『良かったのう……』
俺の脳内に、相棒の声が響く。祈りの最中は黙ってたあたり、こいつなりに空気を読んだのだろう。
あれからリィにはたらふく魔鉱石を食わせたが、今のところ拳銃サイズにまでしか戻っていない。短期間で大砲になった影響で、これ以上無茶な変態をさせようとしたら壊れる可能性があるという。勇者ルナがそう言っていた。
こっちもゆっくり時間をかけて元の姿に成長するのを待たないといけない。
それはさておき……。
「俺はもう一仕事ある」
より正確には仕事というよりも、義理か、しがらみとでもいうべきか。
煮え切らない言い方だが、アリシアに関わる話だ。
そもそもの始まりは、東方から侵攻してくる蛮族へ対抗するため、魔王との同盟を組むとフェルビナク王国の国王が決定したこと。そして同盟の条件として、アリシア姫と魔王と結婚させるという流れで、俺が道中の護衛を引き受けたのだ。
ところが魔王はアリシアと結婚するつもりは毛頭なく、しかも俺たちが討伐しちまったので同盟の話は白紙状態。
旅の過程で俺は何人も王宮の兵士を殺す羽目になったし、暗殺されかけたアリシアの身分も宙ぶらりんだ。普通に国に帰ろうとしたら、道中で暗殺をたくらんだ公爵の部下にまた狙われかねない。
そんな状況の中で変わりなく、東方の蛮族はアリシアの祖国を攻めてくる。
「もうよろしいのですか?」
墓地の入り口。
金髪碧眼の美女が立っていて、俺たちを待っていた。
アリシアだ。
夫婦水入らずを邪魔するのは……なんて気をまわして、ずっと離れて待っていた。
出会ってから二か月足らずだが、お姫様の顔つきは見違えるほどにたくましくなっている。
何度か修羅場をくぐって、肚が据わったためだろう。
まあ、実力で言っても俺やカレナをぶち抜いて、人間で勝てそうな奴は師匠や勇者ルナさんくらいしかいないわけだが。……いや、不意を突けば俺でもいけなくはないか。怖くて試す気にはなれんが。
「ああ。終わった」
「これからハルさんはどうされますか?」
「アリシア次第だな」
「わたくし、しだい……?」
「そう。なんつーか、一人前になるまではほっとけねえ。まだまだ金の使い方とか適正な相場とかよく分からんだろ? 詐欺師のカモになりそうなツラしてる」
「……否定できないところがくやしい」
「成長はしてるぜ」
「?」
「言いたいことを言えるようになった」
出会った頃は、負の感情を吐露せずにため込んでいた。
「いったん、国へ帰ろうと思います。魔王様との同盟は破談になりましたが、代わりにわたくしが戦力になれると思いますから。それに、ハルさんの濡れ衣も晴らさないといけませんし、バックス公爵には然るべき落とし前をつけていただかないと」
「濡れ衣……ああ、忘れてた」
王宮で暴れた件で、俺には指名手配がかかったままだ。懸賞金もかかってる。
俺を王宮に呼んだクレアばーさんは無事だろうか。失脚していたら報酬が予定通り口座に振り込まれているのか怪しくなるわけだが。
「付いていっていいか?」
「助かりますけど、よろしいのですか?」
「ほっとけねえのもあるが、俺の濡れ衣を晴らすためってなら俺も働くのが筋だろ。あと、バックスだったか。あの筋肉ダルマには借りもある」
「こちらが一方的にご迷惑をおかけした話ですから――でも、ハルさんの理屈ならそうなるんでしょうね」
「そういうこった」
「分かりました。……すみません、カレナさん。少しの間、旦那様をお借りします」
「いやいやいや……」
カレナがそばかすのついた頬をニヤケさせて照れる。
「今んとこ旦那じゃないし」
『あの嬢ちゃんが、可愛らしくなったもんじゃのう。新婚の時より初々しいぞ』
「リィ……」
同感だが、不意打ちで喋るな。反応に困る。
「あの。それはそうとして。ハルさんにお返ししたいものが」
「?」
返す、とは。
アリシアが、にこにこ顔で懐から財布を取りだした。
「正真正銘、わたくしの身体で稼いだお金です」
その手のひらには、銀貨三枚が乗っていた。
はした金とは言わぬまでも、大の大人なら数日あれば稼げる金高だ。
これを手に入れるために、アリシアは文字通り自分の命を張った。
それを、惜しげもなく俺に差し出している。
ぴかぴかの銀貨がまぶしくて、俺は少し顔をうつむかせ息をついた。
「負けたよ」
期待なんぞ、していなかった。
忘れてすらいた。
銅貨三枚で買ったガラス玉を、出世払いの約束で銀貨三枚で売りつけた。そんな、子供と交わした約束なんて。
「確かに受け取った」
「はい。ありがとうございます」
礼を言うアリシアの笑顔は、銀貨以上にまぶしかった。
火縄銃の傭兵と、出世払いをしたい姫 鶴屋 @tsuruya
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