第48話 決着、そして――

 

 日の出と共に始まった戦いは、正午を過ぎた頃に決着を迎えた。


 山を消し飛ばし、大地の形を変えた魔術師ルナの猛攻。

 数多の魔物を産み出し、ハルたちを追い詰めた魔王の反撃。

 百キロ以上もの道を短時間で往復したハルの立ち回り。

 そして、二度に渡る魔砲グリグオリグの砲撃。


 その全てが噛みあい、破壊不可能であったはずの魔王の鎧を破壊した。


「よっこらせ、と」


 じじむさい声をあげ、魔術師ルナは立ち上がった。


「遺品なり遺体の破片なりを探さねばならんな」


 勇者ルナは、彼の長年の友は、寄生していた魔王の鎧とともにグリグオリグの弾丸によって死んだ。

 それは仕方ないことだが、せめて墓を作り弔ってやらねばならぬ。

 墓を作るならば、身体の一部なり身に着けたものなりの遺骸、遺品を一緒に埋めてやりたい。


 勇者ルナの魔力の残滓を探りながら、あたりを歩いた。

 大地は、戦闘前の風景が見る影もなくなっている。

 元は、魔の山という名が示す通り、山々が連なる山脈であった。

 それが、地中核爆発によって山は崩れ、次いで起こった激しい戦闘で傷跡が増えた。

 魔の山をかすかに彩っていた木々が吹き飛び、代わりに無骨な岩に地肌、それに大小さまざまなクレーターが凹凸を作っている。


「どういうことだ……?」


 魔術師ルナは、首を傾げた。


「なんだ、この数は……?」


 無数にあった。

 勇者ルナの、魔力の残滓がだ。

 破壊を尽くされ、建造物も自然も壊されて月面と見まがうような凹凸の大地のあちこちから、勇者ルナの魔力が何千も感じられる。

 鎧ごと、粉々に粉砕されているわけだから数が一つではないのはあり得ることなのだが、それにしても多い。

 重量五百キロの肉体を宙に浮かせ、魔術師ルナはとりあえず一番近くにある勇者ルナの反応へと向かってゆく。


「ぬ……?」

「ょぅ」


 小人がいた。

 裸だ。しかも、美しい。

 大きさは、一寸(三センチ)ほどか。

 金髪碧眼のその小人の容姿は、魔術師ルナがこれまで何度も鏡で見てきたものだった。


「ぃ……ぇ!」


 声が、蚊の鳴き声ほどに小さかった。


「ルナ!?」

「ぉぅょ」


 一寸の小人――親指の第一関節ほどの大きさしかない――がにやりと笑い、手をあげた。


「どういうことだ!?」


 地面にひざをつき、魔術師ルナは小さな小さな勇者ルナに顔を近づける。


「しゅーごー!」


 質問には答えず、勇者ルナが鬨の声をあげると――


「ぃぇーぃ」

「ぅぁーぃ」

「ぅぉぉぃ」


 荒廃した大地のあちこちから小人がか細い声を上げて現れた。

 壮観だった。

 疫病時に現れるネズミの大群のように、大きさ一寸ほどの小さな勇者ルナが無数に現れ、てってこてってことこちらへ近づいてくる。


「ぬ、ぬ、ぬ?」


 さすがの魔術師ルナも困惑し、大地を蹴って空へと飛んで、集まってくる勇者ルナから距離をとった。


「ぃぇい!」

「がったい!」

「じゃんじゃかじゃーん」


 一寸ほどの勇者ルナが一つのところへ集合し、かしましい声が響き渡る。 ぐむぐむと、数千もの小人が集まって、小さな身体を融合させてゆく。

 かしましい声はだんだんと大きくなっていき、そして一つの肉体へ統合されていった。

 魔術師ルナと同じ身長をし、同じ容姿を持った伝説の勇者へと……。


「つもる話もあるだろうが……」


 声の大きさが、普通の成人女性と同じものになっていた。

 裸である。

 艶やかな長い金髪が、風にたなびいていた。

 勇者ルナ・パーシヴァルは、手で胸と秘部を隠して立っていた。


「その前に、まともな服を調達してくれ。寒い」

「うむ!」



 ***



 赤々とした陽が、地平線を際立たせていた。

 たき火がある。

 たき火の上には底の深い鍋がかけられていた。

 鍋は、即席でできた木組みと鉄のワイヤーで吊るされている。

 鍋の中にはシチューが入っていた。

 シチューの具材と調味料は、にんじんとじゃがいもと酒と砂糖としょうゆ、それに安全に食える魔物の肉をぶつ切りにしたものだ。


 鍋を囲んで、一人の男と、四人の女がいた。



 男は、魔王に祝福されしハル――つまり俺。

 左手側に、俺の元妻カレナ。

 右手側に、魔王の後継たるアリシア。

 右の正面に、魔王の分身たるルナ。

 左の正面に、魔王に寄生されていた勇者、ルナ・パーシヴァル。


「こたびは、世話になった」


 勇者ルナが、頭を下げた。

 彼女が着けていた魔王の鎧は粉々になったため、代わりに師匠のローブを着ている。


「特にハル殿。そこにいるヌケサクのやらかしの尻ぬぐい、見事だった」

「どうも」


 応える俺の声は、自分でも呆れるほどに沈んでいた。

 長年の相棒を失った感傷が重りとなって、胸の中に重く深く沈降している。


「アリシア殿、カレナ殿。ついでにヌケサク。そなたらの協力にも感謝を」

「うむ。感謝するがいい」


 抜け作と罵られながら、師匠がふんぞり返る。

 アリシアは俺と同じくさえない顔、カレナは社交的な作り笑いを浮かべていた。


「こたびの借りへの返礼はおいおい考えてもらうとして。アリシア殿。ハル殿。それぞれ渡しておくものがある」


 勇者ルナの言葉に、俺とアリシアはそろって顔を見合わせた。


「まず、魔玉ニュークリアを」

「え」


 勇者ルナが差し出した右手の中には、丸いガラス玉のようなものが入っていた。

 アリシアはぽかんと口を開け、そして彼女にしては珍しく礼を述べるのも忘れてその玉を受け取った。


「次に、魔砲グリグオリグを」


 勇者ルナが差し出した左手には、手のひらの中に入るくらいの小さな銃があった。拳銃にしても小さすぎる。ミニチュアサイズだ。


「これ、が……?」

「主要部分だ。次の満月の夜まで、日に二度ずつ継続的に魔力を注げば元の火縄銃にまでは戻るだろう」


 戻る、って言われてもな……。


 兵器としての機能が戻るのならありがたいが、俺が取り戻したいのはそっちじゃない。

 ずっと連れ添ってきた性格がクソめんどうな相棒の存在であって――


『ハルぅ……。わらわは腹が減ったぞい』


 聞きなれた女の声が、頭の中に響いてきた。

 間違えるわけもない。俺の相棒の、魔砲グリグオリグの声だ。


「おめー、生きてたのか」


 声が震えていた。

 足も震えていた。

 震える身体で立ち上がって、震える手で手のひらサイズの拳銃になったリィを受け取った。


「ちいせえな」

『うるさいわ。腹が減って死にそうなんじゃ……。ハルぅ、食事をとらせてくれぃ』

「ちょうどシチューができるところだぜ。具材は魔物の肉」

『おおう、うまそうじゃ……って、わらわに食えるかこのくそたわけめ』

「あっはっはっは! ちょっと待ってろ」


 俺は馬鹿みたいに笑って、俺は手持ちの魔鉱石をありったけ鞄から取り出した。


「幾らでも食わせてやるぜ。一番働いてくれたのはお前だ、相棒」


 夕日が、地平線の中へと沈んでゆく。


『むふぅん。うまうま』


 一かけサイズ魔鉱石を小さな銃口へ差し込むと、リィがご満悦のていで食っていく。


「そろそろ温まるから、きりのいいところでハルも食べな」


 カレナの声だ。

 視線を向けると、煮立ってきたシチューを、カレナが木造りの器によそってみんなに配っていた。


「ああ。美味そうだな」


 仲間たちが、疲れと充実感の入り混じった顔をしている。

 陽が、完全に沈む。

 夜の帳が下りて、荒野を闇と星が包んだ。



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