折れた牙と人望の差

「全く、よりにもよってこんな辺鄙なところまで逃げやがって」


 ルネア捕縛の依頼を受けたゴードンたちはルネアの消息を尋ねながら、現在ルネアが向かったと聞いたロンドの町までやってきた。

 ゴードンもエルダも地道な聞き込みには気乗りしなかったし、得意でもなかったので主にジルクが二人の代わりに奔走することになったが、ようやくロンドで農作業を教えているということを知った訳である。


「しかし困りましたね、こんな辺境では公爵家の命令と言っても通じませんよ」


 ジルクがすっかり弱った様子で言う。


「えー、一発なぐって連れ帰るだけでしょ。命令とか関係ないって」


 エルダは面倒くさそうに言う。


「そうだ。とりあえずルネアの居場所を突き留めて来い」

「はい……」


 ジルクは何度目かになる一人での情報収集を命じられ、町に向かう。

 ロンドはこの辺りの町の中でも特に荒廃した町だが、不思議と町の人々にも活気があった。しかも町の人々は近くで畑を耕している。


「こんなところで小麦なんてとれる訳ないのにご苦労なことだ」


 ジルクはぶつぶつとつぶやきながら、近くにいる狩人風の男に声をかける。


「すみません」

「誰だお前は」

「この町に農業に詳しいルネアさんという人がいると聞いたので、是非お会いしたいと思いまして」


 ジルクの言葉に男は一瞬首をかしげる。


「他の町からわざわざそんな理由でここに来るやつなんかいないがな」


 これまでもジルクはルネアの聞き込みをしていたから知っているが、ルネアは別にこの辺では有名な人物ではない。熱心に聴き込んでようやく「この辺りで農業をしようとしている変な奴がいる」という情報を手に入れたぐらいだ。だから怪しいと思われても仕方ない。

 が、男は少し考えた末、勝手に納得して頷く。


「まあさすがにそろそろルネアさんのことも噂になったか。あそこで話している女性だ」


 男が指さした方には確かに美貌の女性が町の人と熱心に何かを話している。


「ありがとう」


 が、ジルクはルネアには話しかけず、しばらく物陰に隠れて彼女を観察した。


 やがて日が暮れそうになると彼女も家に帰っていく。ジルクは姿を隠しながらその後を追いかけた。するとルネアは町の中央にある大きめの屋敷に入っていく。


 町に来たばかりなのにこんな大きい屋敷に入っていくなんて、とジルクは内心おもしろくなかった。言うまでもなく彼はこの屋敷がオーレンやシオンのものでルネアは一室に住んでいるに過ぎないということまでは知らなかったなかった。


 場所を突き止めたジルクは町の外にいるゴードンとエルダの元に戻る。

 二人は暇だったからか、昼間から退屈そうに酒を飲んでいた。


「やっと戻ったか」

「はい、奴は村の中央の大きな屋敷に住んでいました。どうしましょう?」

「夜のうちにさっさと行って捕まえるしかないだろ」

「でも大丈夫ですかね? この町には手練れの戦士が多いようですが」

「お前、Sランクじゃなくなったからって心まで落ちぶれたのか?」


 弱音を吐くジルクをゴードンが一喝する。


 そして日が暮れると、三人は町に忍び込む。町の周囲には魔物を警戒している男たちがちらほら立っていたが、一応熟練の冒険者である三人にとっては彼らの目を避けることなど造作もなかった。


 が、屋敷の前まで来たところで三人は顔を見合わせる。なぜなら屋敷の中には灯りがあり、人が騒ぐ声が聞こえてきたからである。


 三人は知る由もなかったが、この日オーレンとシオンは近くの町まで出払っており、屋敷は町の男たちの宴会所に使われていた。元々広い屋敷だったこともあり、居住に使う部屋以外にも広間や大きめのキッチンなどもあったためであうr。


「どうしましょう?」


 金色の牙は戦闘力こそ優れていたが、これまで人攫いのようなことをやってきたわけでもなかったので、ジルクは少し不安そうに尋ねる。


「こんな辺鄙なところにずっといるのは嫌だわ。さっさと踏み込もう」


 器用な作戦を立てる訳でもなく、エルダの一言で三人は屋敷への突入を決意する。

 が、ゴードンが屋敷の門を壊して中へ一歩足を踏み入れた瞬間だった。突然周囲の植物が急成長し、三人に襲い掛かる。


「ちっ、小癪な罠を」


 そう言ってゴードンは自分たちの方に伸びてきた植物の茎を一撃で切り捨てる。


「おいエルダ、早く何とかしろ」

「はいはい、マジックドレイン」


 エルダは周囲の植物から魔力を吸い取り、魔法の効果を途切れさせようとする。


 が、そんな騒ぎを起こすとさすがに中にいた町人たちも異変に気づき、武器を持って外に出てきた。


「おいお前たち何者だ!?」


 そう言って男たちはそれぞれ武器を構える。


「俺たちはモルドレッド公爵の使いで、ルネアという女を連れてくるよう命じられた!」


 そう言ってゴードンは公爵家の紋章をかざして見せる。

 が、男たちには何の効果もなかった。


「そんな貴族は知らない!」

「今ルネアさんを連れていかれるのは困る!」

「そうだ、よそ者は出ていけ!」


 そう言って男たちは逆に三人を取り囲もうとする。


「お前ら、俺に敵うとでもうとでも思うのか?」


 そう言ってゴードンは剣を男たちに向ける。

 が、気性が荒い男たちはそれを見て臆するどころか逆に激昂した。


「何だと!? 上等じゃねえか!」

「いきなりきて適当なこと言いやがって!」

「そうか。実力差を理解出来ない奴らはいっぺん痛い目に遭わないと分からないようだな」

「きゃあっ」


 が、そんなゴードンの後ろから悲鳴が上がる。男たちに注意が向いている間に足元の植物が蔦を伸ばしてエルダを捕えたのである。


「今すぐ帰るなら特別に逃がしてあげるけど」


 屋敷の奥から現れたルネアは冷たい目でゴードンを見つめる。

 目の前にいるのであればルネアを倒すことも出来るかもしれないが、こちらに武器を向ける男とルネアの全員を一人で相手にするのはさすがに分が悪い。


「くそっ、覚えとけよ」


 ゴードンはエルダを捕えている植物を切り裂くと、さっさと引き上げていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

Sランクパーティーを追放されたが”氷の聖女”にヤンデレられて困っている 今川幸乃 @y-imagawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ