克服
「この花はうかつに土から抜いてしまうと魔力も失われてしまうかもしれない……フライング・プランター」
ルネアが呪文を唱えると、彼女の手元に宙に浮かぶ平べったい箱のようなものが出現する。大きさは一メートル四方ぐらいだろうか。
「それは何だ?」
「こういう植物をきちんと調べるなら周囲の土ごと持って帰った方がいいわ。だからこういう容器を用意しているの」
そう言いながらルネアは周辺の土を掘り、花を丁寧に根っこの周りの土ごと地面から抜いた。
そして周辺の土をフライング・プランターに入れるとその上に抜いた花を植える。先ほどはあれほど抵抗した花も今ではすっかり大人しくなっているようだった。
確かに植物を土ごと運ぶ時にこういう魔法があれば便利だろう。
「一応運んでいる最中に暴れる可能性もあるから気を付けて」
「分かった」
確かに今は魔力が尽きておとなしくしているだけの可能性もある。
こうして俺たちは巨大な花をぷかぷかと浮かせながら帰路についた。その様子が威圧的だったせいなのか、襲ってくる動物や植物はいなかった。もしかしたら俺たちがこの花を倒したことで恐れられているのかもしれない。
「あれ、何か元気なさそうですね」
森から出たところでシオンが花を指さす。確かに地面から抜いた時よりも少し張りのようなものが失われているように見えるし、心なしかしなびている。
「森の中は魔力が少し濃かったからそのせいかもしれないわ」
この花は森の中の魔力を活力にしていたのかもしれない。
おそらくその予想は正しかったのだろう、森を出ると花はすっかり大人しくなり、ぴくりとも動かなくなってしまった。
「な、何だあの花は」
「あんなの見たことねえぞ!?」
「あの女の人、すごい人だったんだな」
町に戻ってくる俺たちの傍らに浮かぶ巨大な花を見て人々は驚きの声を上げる。そもそも普通に暮らしていたら一メートルもの花びらを持つ花なんてそうそう見ることはない。
そんな中、一人の男がルネアの方へ歩いていく。確か彼は町の中でも農業を始めることに乗り気だった男だ。
「やっぱりすごい学者の方だったんだな! 実は俺、前に一度だけここで小麦を育てようとしたんだけどうまくいかなかったんだ。だから色々と教えて欲しい」
「おいおい、ルネアもまだ帰ってきたばかりで……」
やる気があるのはいいことだが、いきなりそんな風に詰め寄られてはルネアも怖いだろう、と俺は男を止めようとする。
「いや、大丈夫」
が、ルネアはそんな俺を手で制する。
昨日この町に来た時は男性と近づくのすら恐怖を感じていたようだが、今は彼と普通に会話する距離まで近づいている。
もっとも、ルネアは勇気を振り絞っているだけで手先は小刻みに震えていた。俺はそんな彼女の手をそっと握る。それに力を得たのか、彼女は勇気を振り絞って話し始める。
「その時は何を育てようとしたのかしら?」
「小麦だ」
「残念ながらこの辺りは小麦の栽培には向かないわ。ちゃんとした畑もないし、土も悪い。育てるならまずは貧しい土でも育つものがいいわ」
「そうだったのか……でもこの国は小麦以外の育て方を知ってる人があまりいなくてよ」
「大丈夫、芋類なら荒れた土地でも育つし小麦よりも育てるのは簡単だからすぐに慣れると思う。まずは芋を植えて、それである程度の余裕が出来て土地が豊かになれば小麦も栽培も出来るようになるかもしれない」
「なるほど、そういうものなのか」
ルネアは優しい口調で説明し、男は目を丸くして聴き入っている。そんな二人を見て他の町の人たちも次第に二人の周りに集まってくる。
「芋っていうのはすぐとれるものなのか!?」
「まずいって聞くけど本当にまずいのか?」
「俺は今まで全く畑なんて見たこともないが出来るだろうか?」
「美人だな。付き合っている相手とかいるのか?」
町の人たちはルネアにそれぞれ好きなことを訊き始めた。最初は戸惑っていたルネアだったが、次第にこのように他人に求められることが嬉しくなってきたのか、一つ一つ丁寧に質問に答え始めた(ちなみに最後の質問は無視された)。
「良かったですね、うまくいったようで」
俺とシオンは彼女のすぐ後ろでそんな光景を静かに眺めていた。最初は俺が助けに入った方かと思ったが、ルネアは自分の知識を誰かに伝えたいという気持ちが男性への恐怖に勝ったのだろう、すっかり普通にしゃべれるようになっていた。
「そうだな。裏目に出たらどうしようかと思っていたが、こんなにうまくいくとは思わなかった。一緒に考えてくれてありがとうな」
「いえ、それはいいのですが、ルネアさんの手だけ握っているのはずるくないですか」
「そうだな、確かにもう握る必要な……」
「そういうことが言いたいんじゃありません」
そう言ってシオンも右手を俺の方に差し出す。どうやら彼女の手も握れということらしい。何で子供でもないので両手を同時に繋がないといけないんだ、と思ったがこうなったシオンは絶対に諦めない。やむなく俺はシオンの手も握ったのだった。
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