異能力者の悩み事

風月 梅花

プロローグ

藤波七実は放課後の生徒会室にいた。春から夏に移り変わるこの時期らしく部屋の中も少し熱気が籠っている。そして一般生徒が気軽に立ち入ることのない場所らしい、厳格な雰囲気があった。

外からは部活動をしている生徒たちの声が聞こえてきている。夏の大会に向けて練習に励んでいるのだろう。

もっとも、部活に所属していない者には関係のないことだが。

とりあえず近くにあった椅子に座り荷物を置き、汗をかいて湿っているワイシャツに空気を送り込む。それでもワイシャツが肌に張り付いてきて少し気分が悪くなる。 何故生徒会室に来たのかは七実自身も解っていない。

昼休みに食事を終え惰眠を貪っていると、唐突に先生から放課後生徒会室に来てくれと言われたので授業と帰りのホームルームが終わったあと生徒会室に来た。

生徒会室に着いてから既に数分が経過しているが誰も来る気配がしない。数人の生徒が話ながら通りすぎていったが生徒会室に入ってくることは無かった。参考書を開きながらここに呼ばれた理由を考える。が、何も思い当たる節がない。

強いて言うならばこの間の授業で、実験道具を割ってしまったことだろうか。

その時は先生に怒られて次の日に幾らか払って済んだはずだ。次の月の小遣いが減ってしまったが……。もしかして気付いていないだけで他に何かやらかしていたのだろうか? だったら生徒会室ではなく、職員室に呼ばれるだろう。

そんな事を考えていると後ろから扉の開く音が聞こえた。

「待たせたね、藤波君」

扉の方を向くとそこには先生ではなく生徒会長が居た。

鍵守和葉。ストレートの黒髪に仮にも男子である七実よりも身長が高く、可愛い系ではなくかっこいい系の整った顔立ち。同じ制服を着ているはずなのに他の生徒よりも綺麗に着こなしている。

成績は高く、学年でかなり上位に入っているらしい。スポーツに関してはあまり話を聞かないから得意ではないのだろう。

男女ともに人気があり、噂によると女子に告白されたことが有るらしい。

そして鍵を媒体にしてある程度相手に約束を強制できる異能力の持ち主。そんな人が無能力者である七実に一体何の用があるのだろうか。

会長が向い側に来るのを待ってから口を開く

「先生に来るように言われたんですけど会長が僕になんの用でしょうか? 呼び出される様なことはしていないと思うんですけど……」

すると、会長は一枚の紙を机の引き出しから取りだし、渡してきた。紙を見てみるとそこには、『稲生葉高等学校における、異能力者生徒の悩み等について』と見出しがあり。その後に学校の生徒たちの様子について書かれている。

「君を呼んだ理由はこれだ」

とりあえず全部読んで見たが、これが何故呼ばれた理由なのかいまいちわからない。読んでいる間、会長は何も言ってこなかったので聞いてみることにした。

「……つまりどういう事なんですか?」

「藤波君には、この学校の生徒たちの悩み等を解決してもらいたい」

訳のわからないことが聞こえた。聞き間違いじゃなければ、どうやら七実がこの学校の生徒の相談役になれ、と言われていることになってしまうが……。

「すいません、もう一回言ってもらっていいですか」

「藤波君には、この学校の生徒たちの悩み等を解決してもらいたい」

聞き間違いじゃなかったようだ。

「ち、ちょっと待ってください、なんで僕なんですか⁉ 会長がご存じかわかりませんが僕はそんな異能力持っていませんよ?」

会長は当然だとでも言いたいような感じで話し出した。どうでもいいかもしれないが夕日に照らされている会長はとても絵になってた。

「それが理由なんだが……異能力を持っていない藤波君だからこそ頼みたいんだ……」 会長は言葉を続ける。

「異能力者たちは異能力があることが前提で全てのことをしている。それから逃れることは出来ないに等しいし、考えを変えることも難しい……」

そこで言葉を区切ると

「そこに藤波君の感性を与えて欲しいんだ」

そんな事を言われた。なんとなく会長が何を言いたいのか、解ったがそれでもまだ疑問は残る。何故か? それは……

「この学校には僕以外に無能力者の生徒が居ますよね。そっちの人はどうなったんですか?」

会長は少し言いずらそうに目を逸らすと

「……実は既に全員を勧誘した後だったんだ……。不甲斐ないことに断られてしまってね。藤波君が最後だったんだ」

消去法だった。つまり誰でも良かったらしい。七実自身、貧乏くじを引かされるのはごめんなので断ることにした。

「申し訳ないんですけど、やっぱり僕には無理です……会長がやるか、もう一回他の人に頼んでください。僕は帰りますね」

側に置いておいた荷物を手にとり、会長に頭を下げて帰ろうとすると

「ちょっと待って!確認させてくれないかな?」

まだなにかあるのだろうか。とりあえず荷物を元に戻し椅子に座り直す。

「私が一度した約束を強制できる能力を持っていることを知っているね? この能力は相手が心の底から無理だと思う約束は出来なくなっているんだ」

「…だからなんですか?」

すると、会長はポケットから鍵を取り出した。簡単に壊れそうな玩具の鍵だ。窓から差し込む光があたり、キラキラと光っている。

「試しに私と約束をして欲しい」

「はい?」

「これから言うことに了承の意味を示す言葉をなんでも良いから言ってくれないかな」「これで完全にやらなくても良くなるならやります」

とりあえず椅子から立ち上がる。毛頭やるつもりが無いからこれで解放されるだろう。

「それで構わないよ」

少し間を置いて、こちらを見ながら

「……藤波君、君にはこの学校の異能力者の相談役に成って欲しい。成ってくれるかな?」

何と言うか少し迷ったが、普通にこう言った。

「成ります!」

会長はいつの間にか空中にできていた半透明の鍵穴に、持っていた鍵を差し込んで回した。

『カチャ』

小さな音がすると、鍵穴が消え玩具の鍵が淡く光っていた。鍵穴が消えるときは霧散という感じがして幻想的だった。

「この鍵は君が持っていてくれ」

そう言って会長に鍵を渡された。

「これ……どうすればいいんですか?」

なんとなく掲げて見てみると、まだ鍵は淡く光っている。この色は何色なんだろうか……。

「この鍵には先ほどの約束が込められている。……もし藤波君が心の底から嫌だと思えばその鍵は勝手に壊れ、約束は無かったことになる。……もし明日までに壊れることが無かったらもう一度生徒会室に来てくれないかな?」

さっきと変わらず、全くやる気は無いから多分壊れるだろう。厄介事はごめんだ。「壊れたらこれ、どうするんですか?」

ポケットに仕舞う前に訊ねておく。弁償とかに成らないと良いが。

「勝手に消えるから大丈夫。安物の鍵だから弁償とかもしなくて良いよ」

少し間が開いてから

「……それに」

「それに?なんですか?」

「私は藤波君が鍵を壊すことは無いと確信しているから」

自信ありげな表情で会長は、そう言いきった。ここまでほぼ無表情だったけどこの人はこんな顔も出来るのか。行事で前に立って話すときも無表情の人が。

「んっっっ⁉」

正直かなりドキッとしてしまった。美人の普段見慣れない表情を見れば誰だってそう思うだろう。しかも七実は女性経験が全く無い人間だ。

今まで気にならなかったが気になり始めると会長から心地よい香りがしている。

「どうかしたのかい?」

会長がそんな事を言いながら近づいてくる。

「な、なんでもないです……」

うっかりすると好きになってしまいそうだからちゃっちゃと生徒会室を出ることにした。このちょろさはなんだろうか。男としての自信が無くなる。

荷物を持ち生徒会室を後にする。部屋を出ようとするその時後ろから声をかけられた。

「藤波君、鍵が壊れなかったらちゃんと生徒会室に来てくれ。来る時間帯は今日と同じぐらいで良いから」

七実は振り返り、返事をする。

「わかりました」

しっかり扉を閉め、昇降口へ向かう。部活動をしていた生徒たちはほとんど残っていなかった。思っていた以上に時間が経っていたようだ。

七実は歩きながら、会長から受け取った鍵を取り出し、眺めてみた。受け取ったときと変わらずに淡い光を放っている。

「本当に壊れんのかな? ……これ……」

結論から言うと七実が家に帰って次の日学校に行くまでも、学校にいる間も鍵が壊れることは無かった。

それを確認すると。不思議なことにやる気が出てきた。会長の異能力の効果だろうか。言われた通りに放課後、生徒会室に行く。

一応ノックしてから扉を開ける。中を見ると会長が居た。

扉の音で振り向いた会長は七実の姿を認めると

「待っていたよ、藤波君。これから私たちと一緒に頑張ろう」

「……たち?」

七実が生徒会室に入ると扉の外から足音が聞こえてくる。

「会長!今日から始めるんですね!」

開けられた扉には一人の女子生徒が立っていた。

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