晴天の手紙
佐武ろく
晴天の手紙
拝啓、本条様。
今の時代、メールで済むと思うかもしれませんがこの思いはちゃんと自分の字で伝えたくてこの手紙を書かせていただきました。あまり綺麗な字ではありませんが最後まで読んでいただけたら幸いです。
まず初めに今も私が生きてこの手紙を書けているのは本条様のおかげです。心から感謝します。ありがとうございます。この一言では感謝を伝えきれぬほど私の胸には本条様への感謝で一杯です。あの日、貴方と出会わなければ。あの日、貴方が私を止めてくれなければ。あの日、貴方が私を説得してくれなれば。あの日、貴方が力を貸してくれなければ。今の私はありません。貴方に会うまでの数か月間、私はずっと人生のどん底のような気分を味わっていました。それは今思い出しても変わりません。そんな数か月を過ごすうちにだんだんと生きる意味を見失い生きることに疲れていきました。流す涙もなく、人に相談することもできず全てを終わらせれば楽になれる本気でそう思っていましたしそれが正しくここから抜け出す唯一の道だと思っていました。そして蒸し暑いあの日、私は誘われるようにベランダに足をかけました。たまたまベランダに出ていた貴方の声を今でも鮮明に覚えています。
【ちょっ!何してるんですか!?】
今思えばあれは私にとって神の一声だったのかもしれません。ですがもう既に全てがどうでもよくなっていた私はそのまま乗り越えようとしました。それを貴方は防火壁を蹴破りそのまま飛び込むように私を壁から引き剥がしてくれました。
【何やってるんだ!危ないじゃないか!】
そして誰よりも真剣に誰よりも優しい怒鳴り声で怒ってくれたことは忘れません。その後、家に招いてくれた貴方は冷たい麦茶を入れてくれました。冷たいはずの麦茶でしたが飲むにつれ心が温かくなり自然と涙を流してしまいました。それから親身になって話を聞いてくれた貴方。貴方のおかげでもう少し頑張ってみようと思えました。ですが私を救ってくれた貴方の期待に応えようとし過ぎてしまい又もや精神的に自分を追い込んでしまったのです。貴方も隣から引っ越してしまいもう私はどうすることもできませんでした。一度救っていただいたにも関わらず私はまた同じ道を歩んでしまった。そんな自分が情けなく憤りを強く感じていました。しかしそんな時期にまた私に手を差し伸べてくれる人が現れたのです。その人は優しく素敵な方でその人に尽くすことが私の存在意義なのだと思うようになりました。その人の為に、その人の為に。ですが気が付けばその人は消え、私の手元に残ったのは大量の借金だけでした。その時、初めて私は騙されたのだと気が付きました。絶望を通り越しもはや何も感じませんでした。これ以上生きる意味も気力すらも。それから数週間は魂の抜けたようで作業のように生きていたせいかあまり覚えていません。そして私は人生で2度目の死を決意しました。いえ、決意というほどのものでもなくあれは上流から下流へ向け川が流れるように自然に決断していました。なるべく人の迷惑にならぬようという思考が働いたのは今思い出しても驚いています。そして近くにあった廃墟へと向かっていた途中、貴方は私の目の前に現れました。あの時私は貴方の質問に対して散歩していると答えましたが本当は違います。死のうとしていました。そして貴方は新しい家へ招いてくれ近況を気にしてくれましたね。その優しさに思わず泣きだしてしまった私を何も言わず抱きしめてくれたあの温もりを今でも覚えています。そして私は全てを貴方に話しました。騙されたことも借金のことももう生きていく気力も自信もないことも。私の話を真剣に聞いてくれた貴方は少し悩んだようにした後、こう言いました。
【逃げよう】
初めは訳分からず、恐らく口も半開きになっていたのではないかと思うと今となって恥ずかしいです。そんな私に説明するように貴方は続けました。
【僕は君のその借金を肩代わりするほどお金はないしそう言うのに詳しいわけじゃない。それにその借金だけが問題なら弁護士さんとかに相談すればいいのかもしれないけど君はそうじゃないらしい。君はこの世界に絶望してる。それに自分にも】
貴方の言葉はまるで私の心を読んだかのように的確だとその時は思いました。
【じゃあさ。とりあえず逃げよう。全部捨てて】
だけど私はまだ貴方の考えていることが分かりませんでした。
【だからさ、もうこの地域からこの県からこの国から逃げてしまおう。世界にはまだまだ国は沢山あるし沢山の人がいる。きっとどこかに君がここだって思える居場所があると思うんだ。だから死ぬなんて言わずにさまずは逃げようよ】
その時私は貴方の突拍子もない言葉に思わず笑ってしまいました。申し訳ありません。ですが、貴方の言う通り私はこの国以外のことを知りません。この国のことすら全部知っているわけではありません。そう思うともしかしたらこんな私を受け入れてくれるような場所があるのかも。そう思えたのも事実です。そして貴方は最後にこう続けました。
【だけど借金とかも全部捨てて国外に行くなら当然だけど中途半端な気持ちじゃ無理だと思う。もちろんだけど僕が一緒に行くこともできない。だからさ、こんな提案しといてあれだけどちゃんとじっくりと自分と向き合って考えた方がいいと思う。これは僕の意見だけど、君がもしもう死ぬ以外の選択肢がないと本当に思うのなら死ぬよりかは逃げた方が良いと思うよ。できるかどうかじゃなくてどうしたいかで考えてみて】
その日、貴方は家に泊めてくれて私は一晩、考えました。貴方も知っての通り、今ここから私が手紙を書けている。それが答えです。そして私は家も銀行も携帯も全て解約しました。それからすぐに貴方がくれたお金と日常会話などが載った数冊の本とリュック1つと共に私はこの国を旅立ちました。そして私は今、ペルーに居ます。まだまだ言葉は分からないけど意外と意思疎通はできるものです。生活は決していいとは言えず食べていくのがやっとです。ですが不思議と毎日が楽しく生き生きしているのを感じます。まだここが私の居場所とまではいきませんがあの頃より確実に楽しく過ごせているのは確かです。だからこんな私を手を差し伸べても何の良い事もないこんな私を2度も救ってくれた貴方には何度お礼を言っても足りません。本当にありがとうございます。まだまだ貴方から借りたお金は返せませんが必ず返しますのでもう少し待っていてください。長々とした手紙をここまで読んで下さりありがとうございます。これを書きながら何を言おうか考えていましたが、どうやら私が貴方に伝えたいことは、伝えなければいけないことはひとつです。
今、私はとても幸せです。
瀬川 夏美より
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僕は手紙を読み終えると自然と笑みが零れていた。彼女が青空の下で元気に笑顔でいれていると思うと嬉しさが込み上げてくる。正直、何も知らない僕があんなことを言ってしまって良かったのだろうかと不安だったがこの手紙がその不安を取っ払ってくれた。良かった。その一言に尽きる。そして僕は急いでパソコンではなく、何年振りか分からないほど久々に手紙を机に置きペンを握った。
晴天の手紙 佐武ろく @satake_roku
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