第6話 未解決事件の始まり

「三葉、そろそろ自力で歩け。お前の足は飾りか? あんま歩かねーと退化して縮むぞ」


「ええ! それほんと!? めっちゃヤダ!」


 引きずられるようにして歩いていた三葉は、やっとちゃんと立った。


 郁斗が三葉のカバンを投げ渡すと、それを受け取って「あり、がとう」と口を尖らす。不満げに三葉が郁斗を見上げてきた。


「ねぇ、さっきのって告白だよね?」


「さあな」


「郁斗、もしかして最初から私が告白されるってわかってた……とか?」


「っていうか、それ以外どう考えてもありえないだろ。なにが死体役の自己推薦だ。お前の脳みそはカニ味噌か。いつか頭かっぽじって食ってやろうか」


「カニ味噌じゃないよっ!」


「カブトムシの脳みそでも入れといたほうがまだマシだろ」


「なっ! ひっどーい! 郁斗のバカバカ!」


 三葉は郁斗をばかすかと叩いたが、空手部だった郁斗に攻撃は効かない。逆に高い位置からデコピンをすると、三葉は「きゃ!」と悲鳴を上げた。


 郁斗は額を押さえつけている三葉を放って、帰り道を歩き出す。しばらくすると、三葉が駈けだしてくる足音が聞こえてきた。


「ねーえ郁斗ってば、なんで告白だってわかったの?」


「告白以外で、よく知りもしない女を呼び出さねーだろ、普通」


「そお?」


「あのな、渡り廊下は有名な告白スポットだろーが」


「そうだけど、だから、言いにくい死体役を告白しに」


「お前さ、一回母ちゃんの腹の中からやり直してこい」


 それに三葉が膨れる。ひどい、と口をとがらせて。


「てっきり探偵ごっこ仲間になりたいんだとばかり……」


「お前、ほんと頭の中花畑だよな」


「……ねぇ郁斗。なんであの時、永山君の告白を止めたの?」


 デコピンで黙るかと思いきや、ちっとも黙らない三葉に郁斗のイライラが募った。


「お前、告白されたら永山とつき合ってたか?」


「うーん……どうかな」


「ならいいだろ、止めたって」


「よくない! なんで止めたの? あたし、ちゃんとどうするか考えられたと思うんだけど」


「帰りたかったんだよ」


「だったら、普通に登場してくれても良かったのに」


「……うるせーな、なんでだろうな」


「おーしーえーてーよーぉ!」


 数メートル後ろを歩いていた三葉が、郁斗の背中に向かって走ってくる。ぶつかる直前で避けると、勢い余った三葉は腕の下をくぐっていった。


 そのまま前のめりにつんのめった三葉の腕を引っ張る。振り向かせて壁に押し付けた。


「……三葉。なんでだと思う?」


 壁と郁斗に挟まれた三葉は、目を白黒させた。自分の情況がわかっていないようで、まな板に乗せられた魚のようにアホ面をさらけ出している。


「い、郁斗……?」


 さらに郁斗は距離を詰めた。


「ほら、得意の推理してみろよ……俺がなんであいつの告白を止めたのか」


 上から覗き込むと、三葉は顔を真っ赤にして開いた口を塞げないでいる。


「お前、名探偵なのに、わかんねーの?」


 煽り文句を、三葉の耳の近くで呟いた。郁斗は手を伸ばして、三葉の頬を掴んで固定した。


「うっ……痛いよ、近いし。ねぇ。郁斗ってば!」


「わかるだろ、名探偵?」


 郁斗が顔を近づけると、三葉は目をぎゅっとつぶる。


「わっかんないってば、ねえ!」


 唇が触れる直前――。


「……きゃあ! 痛っ! な、なにすんの!?」


「うっせぇ、ばーか」


「いま、あたしの鼻を噛んだでしょ……!? 獣人探偵都会の夜編にも、そんな演出なかったよ! どのドラマのシーンを再現したの!? なんの事件!?」


 郁斗はぱっと三葉を開放する。


「正解を言い当てられたら、プリンおごってやるよ」


 三葉は郁斗に噛まれた鼻を押さえてぎゃんぎゃん抗議したのだが、「プリン」の一言に途端に目をキラキラさせた。


「え、あのどけちで有名な郁斗が、プリンをおごってくれるの? なにそれ、事件!」


「どけちってなんだ、どけちって! つべこべ言ってると買ってやらねーからな!」


「待って、今考えるから!」


「なんで俺があいつの告白止めたか、早く答えを推察してみやがれカニ味噌」


「んもー! カニ味噌じゃないっ!」


 郁斗の考えも想いも、三葉には伝わっていないようだ。まあいい。それでいい。


 告白に来る男子を、死体役の自己推薦と勘違いするくらいなのだから。


「ねえ郁斗、ヒントは?」


「お前ほんとアホ具現化したような奴だよな」


「うーん、名探偵三葉ちゃんの推理だと……死体役を自分がやりたかったから?」


 郁斗は半眼で三葉をにらんでから、あきらめて歩き出した。


「え!? もしかして正解!? プリンゲット!?」


「血糊の代わりに全身ケチャップまみれにすんぞこのバカっ!」


 三葉は膨れながら、小走りでついてくる。


 郁斗の出したこの謎を、三葉が解けるのはまだまだ先のようだ。




 おわり

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三葉の事件は未解決 神原オホカミ @ohkami0601

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