高校時代5(十五年前、八雲直毅 高校1年生_船橋中央高校)

【十五年前、八雲直毅やくもなおき 高校1年生_船橋中央高校】




入学式の時は、もっと小奇麗な感じがしたのだが、改めて今日登校してみると、校舎の至る所が、くすんでいる。




中学の制服から、ブレザーに変わりネクタイが馴染めない八雲直毅は、首の周りの違和感を気にしながら、桜並木を歩いていた。「まあ、ボチボチいくかな」独り言を呟き、校門をくぐる。




まだ、朝早かったせいか、教室に入ると、生徒は、まばらだった。




昨日、振り分けられた自分の席の後ろに、眼鏡を掛けた女子が一人座っている。


前髪が顔を覆っていて、なんとなく陰気な感じがする。




八雲は、「おはよう」と席についたが、その女子は、狼狽えた様に、ビクッと驚き、そのまま突っ伏してしまった。


「なんだ、無視かよ。」と呟くと、更に委縮し、体をこわばらせた様子だった。





その女子が小住瑞穂こすみみずほであった。




彼女の陰気をもたらす正体は、その日の授業で判明した。




高校に入って初めての授業は総合と題された、学級活動で、自己紹介をするというものになった。


各自が、起立し、名前や出身中学校、自己アピールを言っていく。笑いをとる者、自分の特技を紹介する者、高校時代にやりたいこと等を述べていった。


八雲も、当たり障りのないアピールで自己紹介を終え、次は小住瑞穂が立ち上がる。






「わ、わ、わ、私の、な、な、な、名前は、こ、こ、コスミ、み、み、ミズホです。」





クラスが騒めきはじめ、笑い声も聞こえた。クラスの誰かが「なんだありゃ」と呟いた所で、瑞穂は着席した。肩が小刻みに揺れていた。


クラスの担任が、「緊張しすぎだぞ、小住!」と笑い、クラスの大半が、つられて笑う。



しかし、八雲は、瑞穂が重度の吃音症きつおんしょうだという事に気づいた。八雲の従兄弟が、吃音症で悩んでいたことを知っていたからだ。


朝に厳しい言葉を瑞穂に投げかけたことを、八雲は反省していた。




その日の、昼休みの事だった。高校初日から、同じクラスの同級生に威圧的に、喋りかけている朝山あさやまと言う生徒がいた。


男子高生の高校生初日から二週間くらいは、探り合いである。


この二週間で、ある程度のハッタリが効けば、三年間心地よく過ごせる。少なくても苛められる様な事はない、しかも、八雲の高校は進学校だった為に、そこまで、やさぐれている生徒もいない。


その朝山という生徒は、すでに二人ほど舎弟の様な生徒を連れて歩いていた。




瑞穂の前に陣取った朝山達は、早速苛めの対象者を見つけたとばかりに、馬鹿にし始めた。




「わ、わ、わ、私の、な、な、な、名前はって、お前は外国人かよ。それとも宇宙人?まともに日本語を喋れよな」


その苛めは必要以上で数分間に及んだ。「おい、なんとか言えよ。その宇宙言葉でよ!」



「やめろよ!」八雲は、思わず立ち上がって朝山と対峙していた。




しかし、相手の方が一回り大きい。「あ!なんだ。てめえ」その瞬間、八雲は左頬に熱いものを感じて、床に倒れていた。生まれて初めて人から殴られたのだと分かった。


起き上がろうとするが、なぜか全身が震えて立てない。興奮した朝山は、叫びながら八雲に近づく。




その時、まるで熊の様な男が、蹲うずくまっている八雲の前に現れた。


「おまえ、面白い奴だな」と八雲に言い、立ち上がるのを手助けする。




その後ろには、制服のブレザーを着崩して、腕を組んだ男子生徒がいた。




「なんだ、おまえ達は」と朝山は怯みながら叫んだ。


「俺は、正義のミカタだ。ばかやろう」と言うか言わないかの時には、朝山は吹っ飛んでいた。



男は、朝山を掴んで投げたが、その身体は一瞬、空中に浮いていた。


机と椅子が散乱した間に、もんどり打って朝山は倒れる。


再び近寄ってくる熊の様な男子生徒を前に、朝山は震えて、失禁し、幼児の様に泣いていた。



朝山の高校生活はこれで、【終わって】しまった。


この事件以降、朝山が学校に現れることは無かった。




この熊の様な男が、濱野龍太郎で、その後ろでブレザーのネクタイを緩めて、斜に構えているのが松木英嗣であった。二人とも隣の、スポーツ推薦クラスの生徒だった。




この日から、なぜか、龍太郎と、英嗣は昼休みになると隣の教室からやって来て、八雲の机の近くで昼食を食べるようになった。


八雲自身は、あまり目立たずに高校生活を始めたかったのだが、二人の圧倒的な存在感に、否でも応でも目立つ事になる。


あるクラスメイトからは、八雲君も中学の時に不良だったの?と真剣な眼差しで質問され困惑してしまったこともあった。


ただ、二人とも邪気は無く、八雲も次第に打ち解けていった。




龍太郎と英嗣は、目の前に座っている瑞穂にも何か話が盛り上がる度に、話かけていた。


瑞穂は、やはりクラスから、あぶれていて、一人で昼食を食べている。


二人が話しかけると頷いたり、首を振ったり、時には一言二言、返事する場合もあった。




        ※




六月に入ると八雲のクラスに転入性が入ってきた。この時期に大変珍しいが、自分の父親が転勤族で、九州から来ましたとハキハキと自己紹介をした女子は、ショートカットで如何にも活発そうな感じは素直に好感が持てた。


その女子が、城石亜希子しろいしあきこであった。



昼休みに、多くの女子から囲まれた亜希は、質問攻めにあっている様だった。




いつもの様に、龍太郎と英嗣がやってきて、八雲と瑞穂の近くに座り、他愛もない話をして、龍太郎が、瑞穂に無神経な質問を投げかけている時だった。(その時は、大家が飼っている猫の尻の匂いを嗅いだら、失神しそうになった。瑞穂も今度やってみろとか、そんな事だったと思う)


瑞穂は、「そ、そ、そ、そんなことしないよ」とか、首を横に振ったりとかで、この無神経な嵐が過ぎるのを耐えていた。





「あんた達!男三人で、バカっ面ぶら下げて、女の子ば一人、いじめて面白かとね!このふうけが!」






いつの間にか、亜希が背後で仁王立ちしている。後半は良く分からなかったのだが、どうやら男三人で、瑞穂を苛めていた様に映ったらしい。



英嗣が「なんだ、この女は」と立ち上がったが、瑞穂が「ち、ち、ち、ちがうの。し、し、し、城石さん」と、亜希の手を引き、教室の後ろで話し始めた。



やがて、ばつの悪い顔で、瑞穂と共にやってきた亜希は、






「あ~なんか私の勘違いだったみたいで、何と言うか・・ごめん」と頭を下げた。





龍太郎は、いつもの様に豪快に笑いだして


「おまえ、面白いやつだな」と亜希を見つめる。



すると、亜希は思いついたかの様に



「そうだ。私も明日から、ここで昼食を食べる。いいだろ?私は城石亜希子。亜希って呼んで。よろしく。」



英嗣は明らかに不満そうだったが、龍太郎は、また笑い。




「亜希、お前は面白いな。よろしくな。」と握手をした。




相関図


八雲 直毅(船橋中央高校1年生)


濱野 龍太郎(船橋中央高校1年生)


松木 英嗣(船橋中央高校1年生)


小住 瑞穂(船橋中央高校1年生)


城石 亜希子(船橋中央高校1年生)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

四十過ぎのオッサンが処女作で、青春モノを書いたら怒られるだろうか。 いや、どうか勘弁してもらおう。 ナガフチ・ナイマン @zanbobo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ