第23話
どちらの車内も雰囲気と音量の違いはあるが、それぞれ盛り上がっていた。
2台の車はすでに高速に乗り、目的地へと格段に速度を増していく。ゴールデンウィークということで、高速道路の渋滞が懸念されたが、今のところかなりスムーズに車は流れている。ストレスなく進めるのは、いいことだ。長時間運転している天音や真姫奈の疲労も少なくて済む。
「天音ちゃん、大丈夫?疲れたら運転代わるからね」
出発して1時間程経っただろうか。休むことなく運転を続ける天音を気遣う菫。距離的にだいたい半分といった所まで来ていた。運転に慣れていても一般道に比べて高速道路は神経を使う。菫はそんな目に見えない疲労の蓄積を気にしていた。
「ありがとう、大丈夫だよ」
真姫奈の車とは距離が空いてしまったのか、前後にはいない。天音は前を注視しながら運転を続けていた。その運転はとても滑らかだ。車間距離も適切でブレーキでがたつくこともほとんどない。天音をドライバーに選んだのは正解だった。
「みんなもお手洗いに行きたくなったり、何かあったら遠慮なく言ってね」
天音が運転に集中できるのは菫がこうした細やかな気配りを欠かさないおかげだ。笑顔を向ける菫に感謝しながら、後ろに座る面々は頷いた。
その後、サービスエリアで一度休憩を取りつつ目的地へと車を走らせていた。休憩時に真姫奈たちと菫が連絡を取ったようで向こうも順調らしい。どうやら、真姫奈たちの方が先に着きそうとのことだ。
「優亜先輩たちはそろそろ着くって。私たちもあとちょっとだから」
車は高速を降りて、一般道を進む。長かったが到着が近づくにつれ自然とテンションが上がり、徐々に口数も増えていく。
「菫先輩、楽しみでね!」
「だよねー!出雲ちゃんたちは初めてだもんね。きっといい思い出になるよ」
「凛君と奏鳳ちゃんは?」
「うちは合宿とか向こうではなかったんで結構ドキドキしてます」
「俺も初めてだから楽しみ半分、緊張半分って感じだなー」
「ふふ、凛。菫先輩にタメ口になってる」
おっといけない。つい普段の感覚で答えてしまった。幼なじみでも菫は大学では、先輩だ。出雲に指摘され、改める。浮かれていた分、いつもより気が緩んでいたようだ。
「すみません。ついいつもの調子で話してました」
「いいよ〜、そんなこと。むしろ壁作られてるみたいでやだな」
「まぁ、一応。時と場合によるということで」
菫の言葉は嬉しいが、やはりちょっと恥ずかしいのだ。凛と菫の関係を皆が知っているので、今更かもしれないが。周囲の生暖かい視線を振り払うかのように凛は強引に話題を変えた。
「この話は終わり!終わり!あっ、スパリゾートパラダイスの看板がありますよ」
「あっ、逃げた」
「逃げたね」
「うん、逃げたね」
奏鳳を筆頭に口々にそんなことを言い出した。それについて凛は無視を決め込み、聞こえなかったことにした。クスクスと、車内に笑い声が響く。
菫もさっきので納得してくれたのかは分からないが表面上は笑って許してくれている。
貧乏くじを引いた気分ではあるが、皆が楽しそうならそれでいいかと、車窓を流れていくコンクリートとアスファルトに覆われた街並みを眺め始めた。賢人会のメンバーに弄られても嫌な気持ちになることはなく、改めて気持ちよく付き合える人たちなのを実感する。
そして、ついに本日の目的地『スパリゾート・パラダイス』に到着したのだ。
◇◇◇
駐車場に車を止めると、天音は車を降り、大きく伸びをした。
「んんー、やっと着いた〜」
伸びをすると白いブラウンが持ち上がり、裾の隙間から天音の形の良いお臍が見え隠れする。程よく引き締まった腹筋はスポーツをしていた名残だろう。大学を出発してから約2時間、天音は運転しっぱなしだった。その解放感もひとしおだ。
「先にホテルにチェックインしちゃおうか。優亜先輩たちはもうロビーで待ってるって」
解放感に浸る天音に菫が声をかけ、一旦優亜たちの待つホテルへと向かう流れとなる。それぞれ車から荷物をおろし、ぞろぞろと菫のあとにつづく。もちろん凛は自分の物以外にも色々と運んでいる。男の見せ場というやつだ。ちょっと多めに荷物を持つだけで女の子にお礼を言ってもらえるお得なお仕事だ。
「おっ、きたきたー」
菫たちの姿を見つけた優亜が嬉しそうに手を振っている。そんなに待たせたつもりはないが、だいぶ待ちわびていたといった様子である。
「お待たせしましたー」
「無事、全員揃ったね。それじゃ、フロントでチェックインの手続きして来ようか。わたしとすみれちゃんで行ってくるから、みんなは少し休憩しててよ」
優亜と菫はフロントへ。他のメンバーはロビーにある備え付けの椅子に座り、暫し談笑を楽しむこととなった。
「おっす、おつかれー」
「おつかれ」
早々と椅子に腰掛けた時雨の横に移動すると定型のやり取りを交わして凛も腰を下ろした。天音の運転は快適だったが、ずっと動かずにいたのでやはり身体が強ばっていた。ゆっくり肩を回してほぐしてやるとゴリゴリと音がする。
「そっちはどうだった?」
「特に何もないが?みんな大人しいもんよ。お前の方は騒がしかっただろうけど」
「あー、まぁ。でも楽しかったぞ」
「お前と優亜先輩が騒いで、真姫奈先輩をブチ切れさせる未来を見た」
「真姫奈先輩は最早、悟りの境地よ」
「そっちのパターンね。結局は騒いだんだな」
「それは仕方ないだろー。優亜先輩はあの調子だし、チェルシーもいるだろ?真姫奈先輩は放置だし、ツッコミ役がいねぇんだわ」
「ただの無法地帯だったと」
「俺は頑張ったぜ!」
「まぁ、楽しかったならいいんじゃね?」
何を頑張ったのかは知らないが道中、それなりに楽しめたようで何よりだ。そして、真姫奈が我慢できたのは意外だった。
だが話を聞く限り、時雨と逆の立場だったら体力が持つ自信は凛にはなかった。天音の運転する車に乗れて心底よかったと思えてならない。
時雨と凛が道中の様子について、だべっている間、他のメンバーもおしゃべりに夢中になっていた。
チェルシーと奏鳳のコンビはいつも通り。それぞれの車中であったことを報告し合っている。
天音と出雲は真姫奈の愚痴に付き合っていた。我慢はできても、溜まるものはあるということなのだろう。愚痴といっても時折、笑顔が垣間見えているので問題ない。
そうして時間を潰していると、10分程度で二人が戻ってきた。思っていたよりもスムーズに手続きが済んだようだ。
「おまたせ。部屋割りどうしようか。二人部屋が3つと三人部屋が1つなんだけど」
「学年毎でいいんじゃない?」
真姫奈の提案だ。
優亜と真姫奈の3年組。
菫と天音の2年組。
出雲、チェルシー、奏鳳の1年女子。
凛と時雨の1年男子。
この部屋割りが一番シンプルだ。
「それが無難かな〜。でもせっかくの合宿だからいつもと違う人同士にしたい気持ちもあるんだよねー」
「それなら、明日はくじ引きで部屋を決めるのはどうですか?」
手を挙げたのは天音だった。確かにくじ引きなら平等だ。新鮮な組み合わせが生まれるかもしれない。
「そうね。それも面白そう」
真姫奈はくじ引きでの部屋決めに乗り気らしい。
「他のみんなはどうかなぁ?」
優亜がぐるっとメンバーの顔を見回したが、反対意見は出てこない。
「部屋割りをくじ引きで決めるのはいいとして、綾峰君と加藤君はどうしますか?」
男女混合の部屋割りにするのは普通に考えれば難しい。だが凛と時雨だけが2日間、同じ組合せになってしまうのは不公平だと菫は感じたのだ。優亜もそのことに思い至ったのだろう。二人に向かって手を合わせた。
「ふたりのこと考えてなかったよ。ごめんね」
「あー、大丈夫ですよ。男女差があるから仕方ないですし。気にしてないですよ」
「俺もです。むしろ気ぃ使ってもらってすみません」
その気遣いはありがたいが、凛も時雨も本当に何も気にしていなかったし、部屋割りをくじ引きにして楽しむのはいい案だと思っていたので謝られてたことに驚いた。
2人とも付き合いは短いが出会ったときから無性に馬が合った。自然と連むようになり、今では互いに親友と呼べる関係だ。合宿の間、同室でいることになんの不満もなかった。
「私もごめんなさい。無意識にふたりを排除してしまっていたかもしれないから」
「そうね。綾峰君と加藤君が気にしていなくても配慮に欠けた。ごめんなさい」
優亜に続いて最初にくじ引きの提案をした天音と、さらに真姫奈にまでも次々と頭を下げられ、逆にどうしたら良いかわからなくなる。
「いや、マジでやめてくださいって!ほんと、気にしてませんから。なぁ、時雨」
「そうっすよ。寝る時だけで、あとはほとんどみんな一緒なんすから」
「わかった。二人がそう言うならこの話は終わり!しぐれくんの言う通り、どうせ寝るだけだもんね。じゃあ、明日はくじ引きで部屋割りを決めるけどできるだけ部屋にこもらないでみんなで楽しもう!」
パンパンと、優亜が手を叩いて話をまとめてくれたおかげで丸く収まった。みんなが納得するかたちで決着が付き、一安心だ。
みんなが楽しめるように男女両方に配慮をみせてくれる賢人会はやっぱりいいサークルだなと、凛は改めて思えた。
「今日は学年毎の部屋割りで。部屋に荷物を置いて準備したら、早速プールへ行こう!そうだな、今から20分後にまたここに集合で」
優亜と菫がそれぞれのグループに部屋のカードキーを手渡していく。カードキーに部屋番号が書いてある。凛と時雨の部屋は503号室だ。早速、荷物を担いでエレベーターに乗り込むと5階のボタンを押す。
1階から5階へと凛たちの入った箱を引き上げるモーターの機械音だけが響く。いつも賑やかな時雨が、やけに静かなのが気になる。エレベーターを待っているあたりから何やらソワソワしてはいたが、結局部屋に着くまで無言だった。
ふたりの泊まる部屋はすぐに見つかった。カードキーをかざすと解錠音が鳴る。ドアノブに手をかけ、扉を勢い良く開くと時雨は部屋に入るや否や、荷物を投げ捨ててベッドにダイブすると限界とばかりに雄叫びを上げた。
「よっしゃー、ついに来たぜ!この時がー!」
ずっと部屋に入るまではしゃぐのを我慢していたらしい。一応、迷惑などを考える理性は残っていたようだ。それも今し方捨てたようだが。
基本的にテンションが高い奴だが、今はギアの入り方がおかしい。
何が彼をこれ程までに滾らせるのか。
それは『欲』だ。
生物の根源たるリビドーに支配され、荒れ狂う獣の姿がそこにはあった。
「今、俺は猛烈に生を実感している!」
「お前が感じてるのは多分、“生”じゃなくて“性”だろ」
要するに
「逆に聞くがお前は何故、そんなに冷静なのだ!?」
「冷静というか、お前に引いてんだよ」
口調までおかしくなっている。最早、手の施しようがない。相手にするのが面倒になったので凛は時雨を無視して荷物の入ったバックを自分のベッドの上に開くと、新調した水着、菫に借りたラッシュガード、タオルを持ってきたトートバッグに詰め替えていく。お金は使う分だけ小銭入れに移し、スマホと一緒に防水ケースに仕舞う。残りは部屋に備え付けられている金庫に入れておけばいい。手早く必要な物をまとめ、出かける準備を済ませていく。
「お前も早く準備しろ。置いてくぞ」
「ちょ、まッ!」
「3分間待ってやる」
「それ待たないパターンのやつ。40秒で支度すっから」
持っていく物を慌てて袋に放り込んでいく。急ぎ黙々と準備する時雨。本当はまだゆっくりしていても問題はないが、時雨のことだ。すぐに脱線してしまい、他のことに気を散らし、準備が疎かになるに決まっている。だからあえて凛は急かしているのだ。それでも、手を動かしながら雑談を楽しむくらいはできる。
「水着、楽しみなのか?」
「プールとか温泉も楽しみだが?」
「一番楽しみなのは?」
「皆さんの水着姿デス!」
「まぁ、そうだよな。知ってた」
「お前はみんなの水着姿に興味ないわけ?」
「逆に聞くけど、興味ないと思う?」
「質問を質問で返すなッ!!」
「興味ないね」
「やっぱり、興味あるよな」
「カンのいいガキは嫌いだよ」
「巨乳派?微乳派?」
「どっちも悪くないが?」
「誰が好みって話だよ。優亜先輩のFか?出雲ちゃんのEか?しかも、限りなくF寄りの。真姫奈さんはD、菫先輩はたぶんCだな。天音さんはB。あって、B寄りのCってとこか。チェルシーは……。おそらく、CかD。老喰さんもCくらいか」
「チェルシー、アイツ確実にDはあるぞ」
「何故、それを!?」
「前に抱きつかれたときの感触で?」
「うわー、このムッツリさんめッ」
「うるさい、オープンがッ!仕方ないだろ。不可抗力だ!お前の装備してるキモいスカウター機能よりはマシだ」
「なぁ、凛よ。『どんぐりの背比べ』って言葉、知ってっか?」
「てめぇ、握り潰すぞ」
「おー、こわ。よし、準備できたから行こ〜ぜ〜
」
冷静に考えると酷い。女子には聞かせられない男部屋の会話だ。下世話な話、これが楽しいのだ。会話に
「お前こそ、誰なんだよ?」
「俺か?真姫奈さんとチェルシーは推せる。まぁ、俺は箱推しだから。お前は結構、揺れてるだろ?優亜さんと出雲、菫先輩ってとこか。まぁ、なんかあったら応援してやるよ」
こいつは馬鹿な癖に人を良く観ている。いや、いつもこんな感じでふざけているから分かりづらいが、超がつく根明なだけで頭は決して悪くない。このことを本人に伝えてやるつもりはない。ムカつくからだ。
凛はひねくれたことを考えながら悪友の背中を追いかけ、扉を出た。
これが僕らの青春です。 一二三楓 @Q0040
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