灰色の日々
K.Higashi
灰色の日々
572年4月5日、王城の地下武器庫で私は生まれた。アンセム国王第一継承者として生を受けた私は、両親や家臣、地方伯爵並びに国民から熱烈な歓迎をされた。というのもここ数年、火山活動の影響で有毒なガス、火山灰によって起きた
572年4月6日、誕生祭を終えた私は、地下にもうけられた特別室で母と死別した。母は火山ガスによって汚染された作物を食べたことによる中毒症状に、出産による出血が重なって、出産後の懸命な救命治療にもかかわらず、命を落とした。国民の事を第一に考える、まさに「国民の母」という人物だった。
572年5月13日、父との謁見後、王城を離れ、灰の少ない
584年4月5日、私の誕生日、豪勢な夕食料理が振舞われる中、父が来た。明日が母の命日なので忙しいはずなのだが、食卓の上座に座る私を見て、
「息子の顔を見に来た」
そう言い、父の付き人や、別荘の使用人が大慌てで来賓用の椅子を探すなか、
「これでよい」
父は空いていた食卓の椅子に腰を掛けた。付き人達に下がるよう命じた父は、
「会わないうちに、もう12になったのか。大きくなったな」
「はい」
私は、反射的に答えてしまった。
「別荘での暮らしで不自由はないか?」
「ありません」
「そうか。皆とうまくやっておるんだな」
「はい」
「そうか。では、予は王城へ帰る。引き続き誕生会を楽しむがよい」
そう言い残し、付き人達と慌ただしく帰っていった。
587年3月20日、結婚が決まった。相手は隣国エノレア公国の第二公女。名はシンシア。13歳の彼女は、不安そうに王城へやってきた。というのも婚約後会うのは、これが初めてなのだ。長距離の移動が難しくなったため、結婚式が初顔合わせとなった。おごそかに行われた結婚式を終え、別荘への馬車でシンシアとの会話ができた。どうもエノレアはこちらよりも状況が悪いらしい。その後たわいもない会話、お互いの得意事や苦手事、好物などを話し打ち解けていった。なぜかパトリシアが泣いていたのだが、その時はなぜ泣いているのかが分からなかった。
587年8月23日、シンシアの誕生日に、私たちの誕生会が行われた。というのも、私の誕生日が母の命日と近いため、あまり祝えないから、パトリシアの提案でシンシアの誕生日に一緒に祝われることとなった。
その日の夕食、手の込んだ料理が振舞われる中、
「王様になったら何をするの?」
シンシアは、目を輝かせて訊いてきた。
「父の後を継いで、今はできないことをする」
私は、突然の質問に困惑しつつ答えた。
「そうなんだ、よく分からないけど、きっとできるよ」
首をかしげながら、言った。
「そうしたら、わたしは、王妃になるんだよね。王妃になったらね、たくさん交易して、国を豊かにするの」
「どんな交易するの?」
「エノレアのガラス細工と、アンセムの調度品を組み合わせて、いままでにないような交易品を作るの」
「それは名案だ」
「でしょう?お嫁に行く前に、姉上と考えたの」
誇らしげに言った。
「そのためにも、二人とも、お勉強を頑張りましょうね」
パトリシアが穏やかな表情でつぶやいた。
587年12月15日、このところ体調を崩しがちだった、パトリシアが肺炎で息を引き取った。逝く寸前にも「二人とも元気で、幸せに」と繰り返し、繰り返し言っていた。私とシンシアは、号泣しながら、大きくうなずいた。私にとって本当の母のような存在で、ほとんど外に出られない私たちのために使用人達と知恵を出し合って接してくれた、大好きな人だった。
590年1月5日、父が別荘へ来た。父と会うのは結婚式以来だが最初は父だと分からなかった。ひどくやつれ、目もうつろな父はかすれた声でこう言った。
「予の余命はもう少ない。息子よ、後を継ぐか?」
私は、迷いなく答えた。
「継がせていただきます。それが私の使命です」
すると、父は目を閉じて言った。
「承知した」
しばらくして父は、うわ言のように話し始めた。
「この国の終わりは近い。近隣の国々に使者を出してもどこも同じで、火山による毒、灰、そして飢饉だ。そして我が国も同じだ」
それから父と一時間程話した、父の病状、国の現状、そして、シンシアの事。
590年1月6日、シンシアとの昼食で父からの伝言を伝えた。
「昨日、父と色々話した。それでシンシアにも伝える事がある」
シンシアはうつむいて言った。
「エノレアの事?」
「エノレアの事、知ってるの?」
するとシンシアは顔を上げて言った。
「知ってるよ、エノレアの王族、私の家族が一揆で殺された事でしょう?」
私は、何も言えなかった。シンシアは昼食を中座して部屋に帰ってしまった。
その晩の夕食でシンシアは、
「昼食の時はごめんね、覚悟はしてたんだけど、逃げちゃった」
「誰だってそうなるよ」
慰めにもならないような事を言ってしまった。するとシンシアは、
「ありがとう、でも落ち込んではいられない。明後日は王城へ引っ越しだからね」
作り笑顔で言った。
590年1月8日、王城からの馬車が来た。この馬車に別荘の調度品などを積み王城へ引っ越しをする。私たちと使用人が去った後は別荘は無人となるので、灰の少ない時に少々乱暴な荷出しをして、使用人達と荷積めを終え出発した。馬車の中で王城の使者から即位式について聞いた。即位式は略式で行われるらしく、今日中に終わるらしい。やがて馬車が王城へ着き、慌ただしく準備が始まった。私は王子の衣装に初めて着替え即位式に臨んだが、そこに父の姿はなく天井の継ぎ目から灰が落ちる王城中央の間で侍従長による簡素な進行で、王位継承がなされた。
「アンセム国王位継承者として、王位を望むか?」
侍従長の、声はかすかに震えていた、私は迷わず、
「王位を賜ります」
と、答えアンセム国14代王となったのだ。王妃の義は、降灰量の急な増加による王城地上部の環境の悪化のため見送られた。息苦しいほどの灰が舞うする中、即位式を終えた。その晩、前王となった父と、地下特別室で話をした。父は涙ながら途切れるような声で、
「こうならないために手を尽くした。だが、全てが手遅れだった」
「そんな事はない」
と言いつつ、父から現状について詳しく聞いた。
「ガスによる雨の汚染、灰による水源の汚染、視界不良による漁業の深刻な状況、それにともなう飢饉、病気、状況は絶望的だ」
とせき込みながら、詫びるように言った。私はなぐさめる言葉もなく、
「一揆や謀反の可能性は?」
「王城は、最低限の食料備蓄以外は開放したので安全だ。それに今更、謀反を起こす者などいない」
消えそうな声で言った。そしてしばらくしたのち、息を引き取った。未曾有の危機に対して、国民を第一に考え宝物庫を開放し、隣国との交易で食料と交換し、困窮者に無償で配給し、王城、役所の使用人を動員して、地方で井戸を掘り、隣国から薬草を買い病気の治療法を探し、最後には王城の食料も開放した。立派な王であり、父だった。
590年1月9日、父の葬儀、と言っても使用人達がもう外には出られないというので、地下武器庫での簡素な葬儀の後、空の宝物庫の床を掘り、葬った。その後王妃となったシンシア、王城家臣達との会議を行った。会議の結果、現状、灰のせいで外には出られないので、天候が回復するのを待つほかない、となった。その後、夫婦の部屋となった地下特別室でシンシアとの夕食。
「お父さんの事、大丈夫?」
シンシアが、心配そうに尋ねてきた。私は、
「大丈夫、三日前に別荘で会った時から、こうなる予感がしてた」
と、返した。シンシアは淡い笑顔で、
「そっか」
「それじゃあ、これからの事考えないとね」
シンシアが、切り出した。私はうなずいて、
「まずは灰がやむまでの水と食料だけど、水は王城内に深い井戸があるので当分は大丈夫、食料は大半を配給に回してしまったので残り一週間分程しかない」
現状について言うと、シンシアは、
「食料の自給を始めないとね、地下の汚染されてない土を地上に上げて、作物を育てるとかどう?」
私は、もう作物が育つまで待てないと分かりつつ、
「そうだね」
と、答えた。シンシアが満面の笑みで、
「灰が止むまでに畑に必要な材料を集めないとね」
「地下にそんなに材料はないし、灰や汚染された雨で、畑はすぐだめになる」
私がそう言うと、シンシアは、私を見て、
「それなら、王城の図面から使えそうな窓ガラスを見つけて、ガラス屋根の畑を設計をする」
私は、しばらく考えたのち答えた。
「明日にでも王城の図面を持ってくる」
「待ってるね」
とシンシアは心底嬉しそうに言った。
590年1月15日、王城へ来て1週間が立った。シンシアは図面を貰って以来、明るく、
「屋根の形なんだけど、このステンドグラスを組み合わせて、山型にすれば、灰が積もっても屋根が崩れないけど、こういう道具ってある?」
ガラス屋根の畑について相談をしてきたり、食糧庫を見て、
「のろしを上げたら、誰か気が付いてくれないかな?」
色々と提案してくれる、外の様子は使用人によると、冬のように寒く、昼が短くなったそうだ。そして、年長の家臣達は未来のためにと、断食を始めた。私とシンシアで説得をしても頑として受け入れないどころか、使用人達もあまり食べていないようなので食べるように、王として命じても一様に「空腹ではない」「ちゃんと食べてます」と答えるばかりである。
590年1月18日、家臣や、使用人達が倒れ始めた、葬儀をしようにも、年長の司祭や侍従長も倒れてしまったので、私やシンシア、若い使用人達でぎこちない葬儀を行い、使用人達の猛反対を押し切って、宝物庫に埋葬した。
590年1月19日、王城地下の人数が減ったので、私や、シンシアも家事に参加し始めた、当然、使用人達も反対したが以前ほどではなかった。今までは、私は統治について家臣から学んだり、本で勉強をし、シンシアは経済の勉強や、ガラス屋根の畑の設計をしていてお互い書斎や家臣のいる武器庫にこもり気味だったので、一緒にやる家事はとても新鮮で、楽しかった。外の様子は、明るい時間はほぼなく、どんな冬よりも寒いらしい。
590年1月23日、いよいよ食料が底をつくので、シンシアと話し合って、残った食料を使用人の分も含めて、等分で分けて、使用人としての任を解くこととした。使用人達はさほど反対することもなく、了承した。
590年1月24日、シンシアが突然血を吐いて倒れた。王城総出の看病にもかかわらず、
「短い結婚生活でしたが、かけがえのない日々でわたしにはもったないくらい、とても幸せでした」
穏やかな表情で言い残し、地下特別室でこの世を去った。おそらく汚染された食事による中毒症状だろう。どうして気づいてやれなかったのかと悔やみ、最期まで明るかったシンシアに対して、
「私にとってもかけがえのない家族であり、時間だった」
と安らかに宝物庫で眠るシンシアを涙をこらえて見送った。
590年1月28日、一人になり、静かになった特別室で、物思いに羽ペンを取り、この手記を書き始めた。生まれてから表舞台に出ることなく終わるであろう、私たちの生きた証を残すために。
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