美しい風景が広がっていました。
言葉、それも肉声ではなく文字の羅列だけでこうも美しい風景を想起させる描写の数々に、私の方が言葉を飲みました。
気温や湿度さえも感じ取ることの出来そうな、そして不思議な空間。
主人公が東所沢駅の改札を抜けたその瞬間に迷い込んだそこは、まさに不思議じゃないものの無い空間でした。
空に翳して覆うように広がる天蓋は、「庇護の天井」という名がついているのですから、きっと何かを護っているのでしょう。しかしそれは樹木に侵食されて穴だらけになっています。
護っているのでしょうか。それとも、本当は捕らえているのでは無いでしょうか。
主人公がそこで出会う少女もまた、愛らしくもあり、しかしやはり不思議な存在です。
彼女はおそらく、主人公とは違い、その場所で生まれ育ったのでしょう。
裏を読むなら、本当は主人公同様にそこに迷い込み、帰れなくなってしまった、もしくはずっとそこに居続けるためにそこで生まれ育った振りをしている、はたまた自分が迷い込んでしまったことすらも忘れてしまった、元居た世界のことも忘れてしまった……など、いくらでも訝しむことが出来るのですが、その答えは当然わかりません。
ただ確かなのは、少女は確かに、主人公の背中を押したのです。
それは、主人公が改札を出る際の背中の押され方とは違います。
その空間が、誰しもの無意識の奥底に広がる、知覚できない共通の心象風景なのか、それとも未来の行き着く先なのか。
トリップなのかタイムトラベルなのか。
あの空間が暗示しているのは朽ちた果てか、それとも再生か。
不思議なことだらけですが、その空間に迷い込み、そして帰って来たことで主人公は立ち向かうのです。
何に? それは、みなさん自身の目で確かめてほしいと思います。
その美しく不思議な風景を、心に映してほしいと思います。