003. 勇者と、子ドラゴン
かつては安全のために、と。強制的にレベル上げのための寄り道をさせられていた道のりを、今は軽々と踏破し、魔王城は最上階にある魔王の部屋の扉を、友人の家に遊びに来たかのごとく気軽さで元気よく開け放ち、
「従者ー! 魔王―! ドラゴンの子供、拾ったー!」
「元居たところへ返してらっしゃいっ!!」
告げた勇者のセリフに厄介ごとの気配を感じ、即座に叫び返した従者の隣で、「そんな、犬猫を拾った子供相手じゃないのだから」と零す魔王。
それら、自身が発端となった一連のやり取りを勇者の頭の上に張り付いたまま眺めた子ドラゴンは、興味無さそうに、くぁ、と欠伸をした。
「そもそも、どうして
落ち着くために自分で入れたお茶を飲みつつ、そう訪ねた従者に、従者が出してくれたお茶請けに視線を固定し、「どれから食おうかなっ」と手をさまよわせていた勇者は顔を上げた。
「え~と、なんだっけ、珍しい物を叩き売り? じゃなくて、金持ち連中が値段を吊り上げてく――」
「オークション、ですか?」
「そう、それ!
そこに出品されてる、って、情報屋から連絡が来たんだ。
ドラゴンは確かに珍しいっていうか、
狩ろうにも生息している山が高いわ絶壁だわで、人間がたどり着くのはまず無理ってとこに住んでるだろ?」
「そうですよね。
ですから、人間に捕獲されるという状態自体が起こりえないと思うのですが――」
「それがさ、こいつ、山から転がり落ちてきたらしいんだよ」
「……よく生きてましたね」
「だよなー。そこはさすがドラゴンっていう頑丈さだよな!
ただ、やっぱり無傷ってわけにはいかなかったらしくてさ、
そこを、弱ってるんならこれ幸い、と捕まえて、猛獣用のオリを強化したものに閉じ込めてたらしいんだけどなぁ」
「まあ、その程度の拘束でしたら、回復したドラゴンにとっては、紙細工と変わらないでしょうね」
「そうなんだよ。
情報屋もそこを危惧したらしくてさ、
しかも、ああいうところって、直前まで商品を覆いで隠したりするんだろ?
ドラゴンからすれば、静かで暗いところにいたと思ったら、一転、照明はまぶしいわ、見世物よろしく視線はうっとうしいわ騒がしいわの状態になるわけで――
それにびっくりした拍子にちょっと騒いだら街が壊滅した!
ってなっても困るからってことで、オレに回収依頼が来たんだよ」
「相変わらず、便利に使われてますねぇ」
「ま、それが仕事だからな!」
言われた皮肉に気づかなかったのか、気づいても気にならなかったのか、さらりと流した勇者に、従者はため息を吐き、
「それで? 私を足に使おうと、ここへ?」
「は!? いやいやいや、なんでそんな発想になるんだよ!?」
「おや、違うのですか?
さすがのあなたの身体能力でも、ドラゴンたちの住処まで登るのは無理でしょう?
だからといって、あなたの魔法は攻撃特化ですし」
「ああ、《転移》で連れてくって話か? いや、それだったらウチの王子様も使えるぜ?」
勇者の友人である第三王子は、魔法研究に人生をかけているというだけあって、人間でありながらも高位魔法をいくつか使用することができた。
とはいえ、自衛の手段のない彼を、猛獣がかわいらしく見えるレベルの、暴れだしたら天災級の生き物の住処へ連れて行くつもりはなかったが。
「って、そうじゃなくて! こっちから連れてってやる手段はないし、親も心配してるだろうから、魔王から連絡してもらえないかな、って」
「私、か?」
急に水を向けられて、それまで二人のやり取りを微笑ましく見るだけで口をはさんでこなかった魔王は戸惑う。
それと同時に、主の手を煩わせようとする勇者に、従者は視線を尖らせた。
「ちょっと、勇者? どうして魔王様を使おうだなんて思ったんです?」
「え? だって、ドラゴンって魔物だろ?
従者の詰問口調に首を傾げての勇者からの返しに、魔族二人は人間側の認識に誤解があることに気が付く。
「ドラゴンは魔物ではありませんよ?」
「彼らは物質世界に存在すれど、分類としては幻獣にあたる。
我々とは理を異にする者たちだ」
「え? そうなのか?」
「そうですよ。ですから、その子に親は存在しません。
幻獣とは、世界をめぐる意思や願いから生まれるものですから」
「へー」
勇者は興味深そうに、自分の頭の上に居座る子ドラゴンに視線を向ける。
と、それに気づいた子ドラゴンが勇者の顔を覗き込もうと前に乗り出し、バランスをくずして、ころり、と転がり落ちてきた。
それですめば、小動物との微笑ましいやり取りに過ぎなかったのだが。
とっさの反射神経で勇者が手のひらで受け止めたため、テーブルに強打することもなく子ドラゴンは無事だった。
が、子ドラゴンが悲鳴の代わりに吐いた息は、落下時の動揺もあってか、まったく制御されず、人間であれば消し炭間違いなしの灼熱の炎となってテーブルの上の何もない空間を焼いたのだ。
当然、この状態を見た魔族二人の心境は、「何も被害がなくて良かった」では収まらない。
それというのも、勇者がこの状況に対し、「おまえな、またオレのこと、黒コゲにするとこだったぞ?」という言葉で子ドラゴンをたしなめたからである。
「――また、とはどういうことですか?」
「え? なんだよ、従者? なんか、怒ってる?」
「当たり前でしょう! あなた、今、死ぬところだったんですよ!?」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟ではないぞ、勇者。人間の肉体は、我々と違って脆いのだからな。
それに、その子ドラゴンが炎を吐いた際、向いた先にお前がいなかったのは、単に運が良かっただけだろう?」
「そりゃ、そうだけど。でも、従者も《復活》、使えるんだよな?」
「治れば良いって問題じゃないんですよ!!」
「でも、こいつ、まだ子供だし。わかってても上手くいかないことってあるだろ?
前の時は、人間がそんなあっさり火傷するとは思わなかったからっていうし、
これからは気を付けるって、反省もしたし。
今回のは、まあ、不可抗力だし。仕方ないって!」
そういう勇者は、保護したばかりのころ、子ドラゴンがじゃれつくくらいの軽い気持ちで吐いた炎のブレスに大火傷を負わされている。
――まあ、確かに、強固なウロコに覆われたドラゴン同士のじゃれあいであれば、炎や氷のブレスくらいは大した問題にはならないのかもしれないが。
このときは幸いにも高位魔法が使える第三王子が傍にいたため、即座に《復活》の魔法で治してもらえたが、通常使われる治療魔法をかけられていたら、今頃は勇者を引退して車いす生活を余儀なくされていたかもしれないのである。
「……よくもまあ、その状態で頭の上になんて置けましたね……」
「なんか知らんが、ここが一番、落ち着くっていうんだよな」
な? と顔を覗き込む勇者へ、子ドラゴンは頷くが、従者にギロリ、と睨みつけられ、勇者の頭の上へ再びよじ登ろうとするのを止めた。
「怖くはなかったのか?」
と、心配しているのがありありとわかる声音と顔で魔王が声をかけるも、
「? そもそもオレの仕事で命の危機がない方が珍しくないか?」
と、あっけらかんと答えられ、「それもそうか」と。渋面になりつつ納得するしかなかった。
「それにしても、こいつ、どうしようか」
親ドラゴンに連絡がつきさえすれば解決すると思っていただけに、勇者には保護した子ドラゴンをこの後どうすればいいのか、展望がまったく思い浮かばない。
そんな勇者へ、従者があっさりと解決策を提示する。
「こちらで、預かりますよ」
「え!? いいのか!?」
「ええ。その子供には、少々、躾が必要なようですし。
このままあなたに預けて、うっかり人間に火傷などを負わせては魔王様の沽券にかかわりますからね」
そう言って、従者は寒々しい笑顔で子ドラゴンに微笑みかけた。
今代の魔王は冒険者を受け入れているフィールドやダンジョン以外では人間に危害を加えないと明言し、それは人間側との条約にも明記されている。
なので、いくら子供とはいえ、能力の制御もできていない魔物(だと人間側が思っている存在)を人間の傍に野放しにしては、魔王の責任問題に発展しかねないのだ。
――というのは建前で。
従者にとっては、《大事な主》が《友人だと認めている存在》を害されたのだから、報復するのは当たり前。
とはいえ、さすがに今回はそこまでするのは大人げないと思い、能力の制御の指導にとどめるのだろうが、その指導内容がえげつないほど厳しくなるだろうことは、涼しげな笑顔で怒り狂っている様子からも明らかだ。
そんな内情を察した子ドラゴンは、助けを求めるよう勇者に視線を向けたのだが、
「良かったな! 魔王の趣味は育成だし、ここにいれば世界一強いドラゴンになれるぞ!」
と。
にこにこと嬉しそうに、皮肉でも当てこすりでもなく純粋に子ドラゴンのことを思って喜ぶ勇者を前に、逃げたいとは言い出せず。
しかもその上、勇者のセリフにそわそわしだした魔王は、ドラゴンの育成計画をその優秀な頭脳で考え始めている様子であり、主の幸福を何よりも望む従者が、大事な主の娯楽の種を逃がすはずもなく。
「強くなったら、一緒に
にこやかに告げる勇者の言葉に、子ドラゴンは力なくうなずくしかないのだった。
勇者くんと従者さん 影夏 @eika-yaga
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