002. 王子の心配


 勇者とは、国防を担う存在ではあるものの、軍に属してガチガチの指揮系統に組み込まれている、というわけではなく。

 かといって一般の冒険者のように完全に自由というわけでもなく、立場としては王家直属の部隊という扱いである。


 なので、街が魔物に襲われていると言われれば退治に行き、疫病に効く薬草が難所に生えていると言われれば取りに行き、人々が魔族に虐げられていると言われれば、魔王を討伐しに行ったりもする。

 困ったときの勇者頼み。

 従者辺りに言わせると、「王家の尻ぬぐい、大変ですね」という立場になる。

 とはいえ、内容が人助けである以上、勇者としては国難の解消を命じられることに不満はないのだが。


 そんな立場なため、勇者は貴族ではないにもかかわらず、王城内に友人と呼べる存在がいたりもする。

 そして、政治は兄二人に任せた、と。趣味の魔法研究に人生をかけている第三王子もその一人であった。


「よう、王子様」

「その呼び方はよせ。柄じゃない。

 それより、すまなかったな。呼び出したりして。

 俺がそっちへ行ければ良かったんだが――」

「いやいやいや、おまえが出かけるって行ったら、護衛の調整とか大変だろーが」

「? 俺より強い護衛といったら、お前くらいしか思いつかないんだが?」


 それで行き先がお前の家なら、護衛をつける意味なんてないだろう?

 と、素で首をかしげる第三王子に、勇者はビシッと裏拳つきで突っ込んだ。


「魔法を封じられたら瞬殺確実のもやしっ子が、なに言ってんだよ!」

「……むぅ」


 不満そうに唸りはするが、反論はしてこない。

 それというのも、この王子、食事や睡眠といった、生きることに必要なことすら、研究に費やす時間を極力削りたくない、という理由で最低限まで切り詰めているのだ。

 当然、鍛錬のために使う時間などはなく。

 そのため、勝負方法を物理に限られたら、身長が自分の半分もないような子供にも負ける実力の持ち主なのである。


「で? オレに聞きたいことがあるって話だったけど?」

「ああ、先日の魔族との講和は、お前が言い出したと聞いたからな」


 魔王の討伐を命じられて出立した勇者が、「魔族側に、人間が治めている国を侵略する意志はない」という情報を持って帰ってきた、というか――


「いきなり「魔王と茶飲み友達になった」と言われても、な……」

「いや、あいつ本当にいいヤツなんだって!」

「お前の言う《いいヤツ》、か」


 勇者の言葉に、王子はふっ、と儚く笑い、


「お前は人が良いというか、詐欺に遭遇したら、もれなく引っかかりそうというか、

 そういうところがあるだろう?

 だから、心配なんだ」


 さすがに講和条約を結ぶために話し合ったメンバーには、双方の国の腹黒代表のような、間違っても相手に丸め込まれる心配はないどころか、相手を丸め込むことを得意とするタイプが含まれていたのだろうから、王子もそこは心配していない。

 なので気になるのは、友人の友人が、友人を不当に扱っていないか、という一点だけである。

 そう言われた勇者は、渋面を作るも、


「おまえは、オレをどういう……と言いたいところだけど、

 そーいや、あっちでも言われたな。それ」

「……言われたのか」

「そんな、ため息つくなよ! 言われたっていうか、書いてあったっていうか……。

 魔王城を順路通りに進んでいたのに罠にかかった時、

『いくら正しい順路を進んでいるとはいえ、敵地で罠の一つも疑わないなんて、危機感大丈夫ですか?』って」

「辛辣だな。というか、待て。順路ってなんだ!?」

「順路は順路だよ。美術館とかによくあるヤツ」

「壁に、進む先を示す矢印でもついていたっていうのか?」

「そう、それ!」

「……で。まさか馬鹿正直にその指示通りに進んだわけじゃないよな……?」

「当たり前だろー。

 絶対、罠だと思ったから、最初はわざと違う道を進んだんだよ。

 そしたらさー」

「そうしたら?」

「落とし穴に落ちた」

「……そうか」


 王子は、過去の話だと分かっているため、勇者のケガの心配はしなかった。

 が、続く話の《罠にかかった侵入者》への扱いは、彼の予想から斜め上に外れていた。


「落とし穴は、それなりの高さだったんだけど、中に反重力の魔法がかかっててさ。

 しかも、底にはクッションが敷き詰められてたから、めちゃくちゃ安全だった」

「……手厚いな」

「ああ。なんか、今代の魔王は趣味の一つが育成なんだってさ」

「その割にコメントが辛辣じゃないか?」

「いや、メンテナンスしてんのは従者なんだよ。

 安全性を考慮するよう気にしてんのが魔王で、引っかかったヤツが読むコメント書いてんのは従者だから。

 このときも、『魔王様を討って名を上げようなどと、身の丈に合わない大望を抱くのは勝手ですが、せめて余計な手間は増やさないでくださいませんか?』ってな。

 侵入者がいるってだけでも面倒なんだから、せめて余計な寄り道はしないでくれって怒られた」

「……それは、申し訳ない、ような……?」


 魔王城と言えば、冒険者たちにとってはメインディッシュというか、デザートというか――要は最終目的地である。

 今までの魔王であれば、魔王に挑んでは志半ばに倒れる人間たちを酒の肴にでもして嗤っていたのだろうから問題はなかったが、魔王の感性が真っ当である現在は、冒険者たちは単なる不法侵入者扱いとなっているらしい。


「冒険者たちに、魔王城への侵入を禁止するべきか?」

「いや、魔王的には良い人材育成になるから、ってことで問題ないらしい」

「……問題ないのか。そうか……」

「落とし穴に落ちた後もさ、順路から外れたときは、近くの順路に戻されるだけですんだんだけど、そうじゃないときは『この程度の罠の探知もできずにこの先に進んだら死にますよ?』、ってことで。罠が多めのダンジョンに飛ばされたし。

 モンスターに負けた時は、適当なレベル帯のモンスターが出る地域に飛ばされたし」

「負けた時、ということは、負傷した状態で自分と同レベルのモンスターが出没する中に飛ばされたのか?」

「いや? 飛ばされたのは村の中だったぜ。

 そこで回復と装備品の補充もさせてくれて、

 手持ちがなかったときは、バイトもさせてくれたんだぜ!」

「…………そうか」


 魔王側の対応の、あまりの手厚さに、王子にはもう他に言葉が見つからなかった。

 しかし、魔王の手厚い対応は、もう少し続く。


「そうやって、外観から換算するに、最上階の、いかにもって感じの扉を開けて、

 魔王と対戦だ、って気合を入れてたオレに、あいつが言うんだよ。

「よくぞ私の育成プログラムを修了した。これでお前は一人前の勇者だな」って。

 玉座とかそういうのはなくて、なんか茶会が始まりそうな白いテーブルの前で、

 めっちゃ柔らかい笑顔で」

「………………」

「で、そのまま魔王と茶を飲んで、菓子を食って、いろいろ話してさ。

 こいつ、絶対に敵対する気ないなー、と思って帰ってきたんだ」


 そう締めくくった勇者に、ひとつ頷き。

「良い友人ができたようだな」

 話の始めに気になっていた心配事がなくなり、安堵した王子は、一連の話をそう結論付けたのだった。

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