勇者くんと従者さん
影夏
001. 従者と、お茶のお供
「ちょっ、おまっ、《従者》!? なんでおまえ、こんなところに!?」
「おや、勇者ではありませんか。あなたも買い出しですか?」
特に用事があったわけでもなく、ふらりと家を出た勇者は、ご近所では絶対にお目にかからないだろう知人を発見して声をかけた。
が、その返事にもまた目を剥くことになるとは、声をかける前には思いもしなかったに違いない。
「ちょい、待て。あなたも、て……
まさか、《魔王の従者》が
「ええ。さすがは王都。人間世界の中心だけあって、良い物がそろってますね」
「そうだろ、そうだろ! って、そうじゃねーよ!
なんで魔族であるおまえが! わざわざこんなとこに来てまで!
のんきに買い物してんだよ!? って聞いてんだよ!」
「おやおや、酷いですね。
しょせんは魔族。せいぜい寂れた僻地に閉じこもり、
娯楽も嗜好品もない状態で、囚人のようにわびしく慎ましく暮らせ、と?」
「そうは言ってねーよ。
つか、そもそも設備でいったらそっちの方が進んでんじゃん。
寂れてねーし、僻地でもねーし」
「まあ、技術の開発も、民の生活の向上をはかるのも、魔王様の趣味ですから」
「……しゅみ」
「ただ、マニアと言っていい域にある魔王様ですから、話についていける人材が国内にいないのが、目下の悩みの種なんですよねぇ」
「……てことは、あの街灯とかアスファルトとか、その他もろもろ全部あいつが作ってんのかよ?」
「さすがに全て、とは言いませんが……近いものはありますね」
「大丈夫か? あいつ、ちゃんと寝てる?
万全だったらオレと良い勝負だと思うけど、基本的にあいつって、オレがちょっと小突いたら死にそうな顔色してないか?」
以前、討伐に向かった際に会った顔を思い出し、勇者は心配もあらわに従者へと問いかけた。
魔王と呼ばれるだけあって、無尽蔵と言っても差し支えないほどの魔力があるため、確かに国中の設備を一人で整備もできなくはないのだろうが、かかる時間が百倍どころではなかったとしても、そんなものは他に任せるべき仕事である。
まあ、それが中々できないのが、今代の魔王なわけだが。
「――そんな魔王様に休息を取っていただくべく、本日手に入れたのがこちらです」
「そ、それは! 開店後30分で売り切れ確実な上に、いつ作るのかは店主の気分しだいという、手に入れるためには財力以上に運も必須という、幻のプリン!」
「ええ、そうです。お忙しい魔王様に最良の休息を取っていただくため、わざわざ《先見》と《千里眼》を使って店頭に並ぶ日を確認し、買いに飛んで来ました!」
そう、胸を張って言った従者に、勇者は肩を落として首を振った。
「いや、おまえ……それ、どっちも国の命運を左右するような戦局で使う、戦略級の魔法じゃん……」
しかも、飛んできた、とは文字通り魔法で距離を飛び越えてきたのだろう。
それはそれで、王族や貴族への暗殺を防ぐために張り巡らされた結界を無効化して侵入してきたということで――つまりは、けっこうな高位魔法である。
「そうですね。正直、残りの魔力は帰りの《転移》にギリギリ足りるかどうか、という感じです」
「……おまえ、それ、自衛の手段がないって言ってる?」
「ええ。ですが、魔王様に喜んでいただくためですから」
にこり、と微笑んだ従者のあまりの危機感のなさに、
「おまっ、こっちはまだ魔族は敵だと思ってる人も多いんだぞ!?
まして、おまえは《魔王の従者》だろう!
そんなヤツが人間世界に来てるってだけで、なにか企んでるんじゃないかって勝手に疑って攻撃してくるヤツだっているってのに――」
「ええ、ですから、護衛を雇おうと思っておりまして」
うっかり勢い余って詰め寄った勇者に、従者は先とは違う種類の笑みを浮かべ、対策は考えてある、という。
しかし、「
そんな勇者に、従者は自信たっぷりに告げる。
「いるでしょう?
人間世界で最強であり、なおかつ魔族に対しての偏見もないという、適任の方が」
「は? オレ?
……いや、別に、雇われなくても一緒に行くくらい良いけど?
つか、ここでおまえを一人にして、襲われたとか後で聞いたら寝覚め悪いし――」
「おや、報酬は《本日のお茶会へのご招待》のつもりだったのですが?」
「! ってことは、そのプリン、オレの分もあるのか!?」
「ええ、もちろんです。《先見》で、あなたに会えることはわかってましたから」
「わかった! 護衛だな! 任せろ!」
「――まあ、あなたには魔王様への癒し効果もありますしね」
「? なんか言ったか?」
「いえ。お気になさらず」
「? おう」
パタパタと、ない尻尾を振る勢いで喜ぶ勇者に、「今日も平和ですねぇ」と。
従者の口からは、自然とそんな感想がこぼれたのだった。
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