東京/Reverse

秋月 凛

第1話 吟撰するのは人間じゃない

 これは…誰との記憶だったか…

暖かな光が視界を遮る、一人の少女が僕のもとに近づいてくる

その少女は手慣れた様子で、僕の頭に手をのせ撫でてくれた。

【どうか、今だけは…私の我がままを聞いてほしいの…】

【私が私じゃなくなっても…あなたがあなたでなくなったとしても】

【きっと、会える日が来るわ…】

【そしたら、またって呼んでもいいかしら…】

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 (逆説睡眠終了…起動シークエンスに移行…)

(移行完了………)

(おはようございます、篠崎 翼しのざき つばさ様…)

(今日の天気は、晴れ 午後から雨が降る模様です。)

(傘をお忘れなく)

(本日の運勢は、凶…怒と哀をメインに調合いたしました。)(配給が間もなく到着いたします。)

(3…2…1…)

ガコン…

(それでは、よい一日を…行ってらっしゃいませ…)

 毎日聞いているこの声は、未だに慣れない。

鼓膜に接するような距離で、話されている感覚を

誰がすき好むというのか。

昨日配給された【哀】の残りを消費し、ため息をつく。


日が差し込んでいるカーテンを開き、部屋に明かりを入れる。

鏡に反射した自分の顔が目に留まり、自分の髪が暴れていることに気付く。

暴れている原因を考えたかったが、メモリーがもったいないと判断しそのまま、フローリングの廊下をツタツタと歩いていく。


 今日は蒼を捻った、特に理由はない。

ジャボジャボと流れ落ちる液体を手で掬い、自分の顔に押し付ける。

2度目は、髪に液体を染み込ませる。

栄養を得た植物のように姿を変え元に戻る、いつ見ても不明点が多い現象だ。


 そんなことを思いながら、歯ブラシを咥え【配給ダクト】を開ける。

生暖かい風を浴びながら小さなプラケースを手に取ると、日付が刻まれているのを確認した。

【2208/7/25配給】

プラケースの蓋をあけて、中に入っていたものを取り出す

何重にも色が交わった液体を含む注射器に針を付け、【感受プラグ】へと射し込み打ち込む。

Eエモーション-key】

全ての国民に配給され 一日に消費できる人間感情を含んだ注射器。

これを毎日使用することは法律で義務付けられており

使用確認が取れなかった場合、【】が課せられ回数別に、【外出禁止レベル1】・【強制逆説睡眠レベル2】・【感情メモリー配給量の減給レベル3】・【人権の剥奪レベル4

とレベルが上がっていく、最大レベルは5段階…

僕は今までレベル4までしか見たことがない。

また、メモリー以上の感情を使用した場合、

超過分を金銭及び同等の対価で支払わなければならない。


 政府に感情を貰っているとはいえ、喜怒哀楽を生みだした際の快楽は脳に刻まれている。

意図して居なかったとしても、超過するのはよくあることである。

だが、最近メモリー中毒者が多発しているというのだ。

超過分を滞納し、更に快楽感情を求め非合法のメモリーに

手を出していると、ニュースが絶えない。

 【RDe剤エモーション増強ドラッグ

、超過分としてメモリーを消費できるものとなっている。

出どころは不明で、誰が何のためにどうやって流しているのか

未だに掴めないらしい。

 

 ようやく外出規制が解除され、オートロック式の扉が

赤から青へと切り替わる。

「さて、向かうとするか」

昨日玄関で置き去りにしたリュックを背負い、

誰もいない室内に開閉音だけが響いた。



鉄階段を淡々と降る、いつも通りだ。

同じ場所を踏み、音を立て そして変わらない景色を

足元に映し出されている僕の影が教えてくれていた。


薄汚れたスニーカーを踏みしめ、目的地へと足を進める。

この時間は、地に近ければ近いほど影が多くなる

あまり、この道を通りたくはないのだが、ここしか通る場所がないと自分に言い聞かせ【哀】のメモリーを消費する。


 幾分か足を進めると、更に影が濃くなる。【貧民街】が取り囲む道である。

ここでは、【ペナルティ】による【人権剥奪】を執行された

元国民達が、移住権を確保するため作り上げ

無法者たちが集まる廃墟だらけの住宅街がここだ。


 「ねぇ、お兄さん…これ買わない?安くしとくから」

裾が極限まで伸び切った服を着た女性に声を掛けられる。

お世辞にも褒められない臭いが、鼻を伝う。

手に握られていたのは、日数の経った【Eエモーション-key】だった。

「お姉さん…個人に配給されたものを他者に譲渡することは法律で禁止されていると思うが…」

そう伝え終わる前に、言葉が交わされる。

「私たちは人権を剥奪された身、もうそんなものは通用しないの!!いいから早く買い取りなさいよ!!あんたらみたいな政府の犬はこれが必要なんでしょ!!」

女性は、切迫感が募り徐々に声を荒げていく。

「早く!早くして!私にはあの快感が必要なの!!なくてはならないものなの!!私として生きられる一握りの希望なの!!」

「僕は現国民だ…お姉さんのお願いを聞き入れるわけにはいかない。」

「先を急ぐ…」


 泣き崩れ、耳をつんざくような声を背にした時、警備用ドローンが音の根本を断つかのように囲い込む。

(ペナルティー、ペナルティー)

(レベルジョウショウ、レベルジョウショウ)

(サイダイレベル!オメデトウ!)

(オメデトウ!!)

「いや!!放して!!私をどこに連れて行く気!!」

「私はもう現国民ではないのよ!法は適応されないはずよ!」

 警備用ドローンは女性の声を聞き入れることなく、

 作業を開始する。

女性は最後の抵抗をするが、警備用ドローンには歯が立たず

捕縛されてしまう。

「私たちは、お前らを絶対に許さない!!感情を偽り、人間と偽るお前らは化け物だ!!」

「私たちはお前ら人形共には屈しない!!絶対に!!!!」

(ギャクセツスイミン、カイシ!)

(カイシ!)

 バチッ…

 警備用ドローンの腕についたピアッサーのような機械は、塞がれた【感受プラグ】に打ち込まれる。

「あっ…ががっあがっ…」

 同時に、女性は痙攣を始め、その後ピクリとも動かなくなった。

 警備用ドローンは顔に革袋を被せ、その場を後にする。


  すると、1体の警備用ドローンがこちらに方向を変える。

シノザキ篠崎 ツバサ サマ

イマ モクシ目視 シタコト ダレニモ コウゲン公言 シナイデ クダサイ)

(ソシテ ココニ ID ヲ カザシテ クダサイ)


 IDとは

 現国民を証明するデジタル識別番号のことを示している。

電子映像分離式端末セパレートフォン】により開示が可能であり、他者に譲渡及び閲覧をすることは禁じられている。


いやいや…IDの開示??そんなこと、今までしたことなかったぞ…

もしかして、僕は命よりも重い一件を目撃してしまったということか?

それにしても理不尽すぎる押し付けだ。

IDが、あれば 【本人証明】【金銭の支払い】【現国民地位クラスによっての支援】【バーチャルゲームへの五感ログイン】等、様々なものが可能となる。

ただそれは個人のみの物であり、IDを開示するということは

他者からの悪用やなりすましをされる。

「好き放題してもいいですよ」と命をばら撒いているのと同義だ。

僕はボランティアで命をばら撒きたくはない。


「聞いてもいい?警備用ドローンさん。」

(ドウゾ ワタシノコトハ Re Z1レェズ ワン ト オビ クダサイ)

(アッ チナミニ オンナノコドウシ女の子同士 ノ プレイ メイ デハナク ワタシノ ナマエ名前 デスヨ ) 


「僕、それ言われるまで何も感じてなかったんだけど…」

「まぁ、いいか…、じゃあRe Z1質問していい?」


(ナンナリト)


「きっと、今起こったことの口封じにIDを提示しろってことなんだろうけど。」

「僕はこれからどうなるのさ」


サッシ察し ガ クテ タスカリマス)

シノザキ篠崎 ツバサ サマ ハ コレカラ セイフ政府 ノ カンシタイショウ監視対象 ニ ナリマス)

ゲンジョウ現状ヲ コウゲン公言シナイタメ ソシテアナタ貴方 ヲ マモル タメ デモ アリマスヨ)


「なるほどね、でも守るとはどういう意味?そりゃ、僕だってあんな人には二度と絡まれたくないが…

守られるって程、やわではないけど。」


(アァ ソノテンデハ インデスヨ)

ワタシガ イッテイル ノハ アチラガワ ノ ニンゲン人間 ニ カンケイ関係 ガ ルト ニンシキ認識 |サレナイ タメデス)


?」


そう、質問を問いかけるが、Re Z1の返答はない。

【あちら側の人間】とは何なのか、こちらとしてもIDを提示する以上

情報を提供してもらう権利くらい、あると思うが。

まぁ、実際のところ警備用ドローンは人間感情の模造品を埋め込んだ政府の玩具。

こちら側の意図を汲むということはしないだろう。


(アァ ゴゾンジご存知 デハ  カッタ? コレハ  シツレイ失礼)


僕の質問を軽くあしらうかのようにRe Z1は話を進める。

先ほど口にした言葉が引っかかるが

これ以上問いただしても時間の無駄だと判断し

IDをかざした。

電子映像分離式端末セパレートフォンには政府のマークが表示され、Re Z1は正式に受理され、僕は[平凡な国民]から[監視対象]へとジョブチェンジしたわけだ。


あぁ…さようなら僕の平凡な世界。


(アリガトウゴザイマス! シノザキ篠崎 ツバサ サマ!)


テツヅ手続キ ハ コチラデ オコナッテ オキマスネ~。)


満開の笑顔が表示され、その場でくるくる回りだす。

人の命を手玉に取ったような感覚を得ているのだろうか…

この警備用ドローンぶっ壊したい…

そう感じながら、「怒」のメモリーを消費した。


そんなことよりも、気がかりな点がある…

今の出来事が丸く収まり冷静に考えると、腑に落ちないところがいろいろ出てくる。

僕があの女性に会ったのは10分前。

誰から通報が入ったわけでもなく物事が進行し、タイミングを見計らったかのように警備用ドローンが囲んだ。

都心部であれば、その流れは容易であるが

ここは貧民街。

政府から人権剥奪され、現国民に関与することすら許されない。

もちろん、通報する時に使用される電子映像分離式端末セパレートフォンは所持しているはずがない。


そして、滅多に提示を求められることがないIDの開示。

どうせ答えないだろうが、隠し事ばかりされるのもフェアではない。

僕の前で未だにぐるぐるぐるぐる回っている

キチガイ警備用ドローンにでも問いただすか。

【喜怒哀楽】のメモリーを同時に消費する。

Re Z1こんなのに、人様の言葉で負けるわけにはいかない。

ナンデスカ? ワタシコトヲ |キチガイダト イワンバカリ ノ シセン視線ヲ オクリツケテ。)

なん…だと…

僕の感情を読めるというのか…

こいつ…できる…

僕が先手を討たなければ!!


「違いますよぉ~Re Z1さ~んw僕は貴方に見惚れていただけですよ~」

あっ…この反応はまずい…

我ながら相当気持ち悪いことを発言した。

口が滑った、最悪だ…

……………。

あぁ、無常。

今まであった音は消え、数秒沈黙が空間を包む。

するとRe Z1は、僕を映すかのようにテロップの表情を変える。

(エッ…キモ…ジャナクテ ニンゲン人間ノ レベルヲ エタ キモチワルサ デスネ…)


【ドン引き】と言わんレベルの表情…

ブーメランが刺さってることをお気付きではないのだろうか。

ただ、言う気にもなれなかった。

だって…自分にも刺さるから…


(チナミニ ホンダイ本題ハ ベツニアルト

カンジテイマスガ ドウデショウ?)

キモ気持チノ ワルイ シノザキ篠崎 ツバサ サマ


痛い…痛いから…優しくして…警備用ドローンにこんな屈辱初めて……

…と、余韻に浸っている場合ではない。

気持ちを入れ替え、話を切り出す。

「先ほどの一件について聞きたいのだが、いいだろうか?無理ならもう答えなくていい。」


(ハァ ナンデショウ…ホコウオブツタイ歩行汚物体 シノザキ篠崎 ツバサ サマ…)


ねぇ、まだ続くのそれ…なんかグレードアップしてるし…

僕が悪かったから…

「うぅん!先ほどは誰か現国民からの通報があり、Re Z1達はこの場所へ来たの?」

そう問いただすと雰囲気が変わったような気がした。

(ソレクライハ ハナシテ アゲナクモ ナイデスガ)

Re Z1はそのまま話を続ける、まるで自分の大切なものを打ち明けるかのように。

ツウホウ通報ヲ ケテ タワケデハ ナイデスヨ)

「えっ、それってどういういm…」

ワタシタチ ケイビヨウ警備用 ドローン ニハ シュルイ種類ガ アルンデスヨ)

Eエモーション-key ヲ ネンリョウ燃料ニ シテ ウゴク セイフヨウ政府用 ノ ドローン)

ダレカノ ソウサ操作ヲ テ セキユ石油 ネンリョウ燃料 ヲ ショウヒ消費シ ウゴク サギョウヨウ作業用 ドローン)

(ソシテ モトモト元々  ドr…)

ピピピピピピピピ…

突然、甲高いアラートが鳴り響く

Re Z1が何か話しているようだが、

全く聞き取れていない。

(アラ、ザン…ン ジカンノヨ…デス)


(サイゴ… ヒトツダ…)



(シノザキ ツ…サ サマ…ア…ハ アナタラ…ク …テ クダサイネ)


その後、Re Z1はその場を支配する音と共に

僕の前から去った。

その後、消費した自分の感情メモリーは切れ

また、いつもの状態へと徐々に戻っていくのを

肌で感じていた。


また、会えるだろうか…


第1話 

【吟選するのは人間じゃない】 終




P.S.

ここまで見てくれてありがとうなんだよ…

「背景が全然出てこない…」

2話で、でるなんだよ…


「主人公と警備用ドローン…突然雰囲気変わったが?」

それは今後説明出てくるなんだよ…


「突然拘束されて草、話し飛びすぎて分けわからん」

これもちゃんと、今後説明出るなんだよ…


「読み応えなさすぎィ!辞めたら?この投稿」

あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛(号泣)

























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東京/Reverse 秋月 凛 @Akiduki_rin

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