真実
モース
真実
真実
それは美しい夜だった。代り映えのない夜だ。いつだって変わるのは自身だ。ずっと傍にあるのに、持たないものを求め、持つものを安易に手放す。手放したとき価値を知る。
一つ一つは単純だ。同じ成分で出来ている。それらが複雑に絡まり混ざることで、一つのものに見えるのだ。貝殻の内側のように光の加減、角度で色模様が変わって見える。貝は何も変わらず貝であるだけだ。割ったって砕いたって、それは貝である。砕いたら砂になるか。それを撒けば海になるか。呑み込めば一部でも自分は貝になるのか。そうするはやはり自身だ。貝は貝でしかない。
過去が意味を持つ、彩色を放つ鉱物が煮えた黒檀へと変化を遂げる。熟しきった葡萄酒、眠れぬ夜にうつろう影、勇敢で愚かな血液、どれも美しきを想わす糸を吐き、艶やかに煌めいた。すべては一つに繋がっている。太陽は悲しみを奪う。悲しみは生まない。ただひたすらに美しさを持つ。真実だからだ。理由を持たないものだけが真実だ。怒りは力を生み、苦しみは強さを、喜びは幸せを、焦りは歩みになる。孕む二極性。闇と光、愛と憎しみ、慈しみと優越。怒りは力に変わり隙になる、苦しみは強さとともに弱さを、喜びが生む幸せは不幸を引き出す。焦りは時に歩みを促す足かせと。
最愛は死んだ。スレンダーで腰まである濡烏の髪をもち、瞳は割れたビー玉のような、屈折した美しさがあった。血管が浮き出るほどに白い肌は死人のようで、彼女が眠るとこのまま、こちらに帰らないのではないかと不安を掻き立てた。毎朝薄埃を被ったような花へ、穏やかな微笑みを浮かべながらだ、水を撒いていると一層生を感じられた。生が死を輝かせるように死が生を輝かせた。
目の前には、皮膚呼吸に失敗したようなものがあった。黒光りする川を眺めていると、どこへでも行けるような気がした。ポケットに唯一入った、鈴のついた鍵を握りしめることで帰る場所があることを実感した。無色の空気は僕を通ると白く濁り視界を曇らせる。底が覗けるほどに、思考を透き通らせる。
思い出に縋る。そこで思い出が初めて完成される。一番美しい瞬間はいつも、今や未来などではなく常に過去にあるのだ。今や未来は不完全で、未完成だ。事実は事実でしかない。正解にも不正解にもならない。認めなければならないことだ。正解や答えを求めることは、自分を求めることだ。答えや正解を搔き集めると自分になるんだ。真実かどうか。真実であればすべて正しいんだ。正当性があるかどうかじゃない。それが、些細な真実を見捨てたり、偽ったり、目を背け理想や先入観を見つめることで、知っていたこと、持っていたものが分からなくなる。君が持つ真実の望みは何だ、残った真実を搔き集めて辿るんだ。一つの根源に辿り着くはずだ。それが真実だ。それだけが真実なんだ。
愛する人よ。僕の母親がほかに男をつくって出て行ったのは、記憶も朧げな幼いころだ。産まれてから3度冬を共に迎えなかった。殆ど記憶は残っていなかったが、幾千も思い出す度僅かな記憶は美しさを増した。
僕と君は、兄弟だそうだね。君に出逢った時、惹かれたのは、母親の血だったわけだ。それを僕に伝えるのは勇気が要ったろう。君と僕の、母の写真を見たとき、驚いたよ。初めて、唯一だった、理由のない真実を得たはずだったのに、僕はまた母に騙された。
そろそろ迎えに行くよ。皮膚に川の水がこれでもかと吸い込んで、膨れ上がってるに違いない。君が造形を捨てても愛せるだろうか。母の血を捨てた君は、きっと僕の真実だ。
【一組の恋人たち。男は母親にコンプレックスを抱いており、母親以上に愛せる相手を見つけられなかったが、唯一愛せたのが彼女だった。男が3つの時に母親は出て行ったため、母親の消息を知らなかった。その後産まれたのが彼女であり、息子の話は母親から聞いていた。(描かれていないが、彼女は恋人が異父兄弟であることに確信を持った)そろそろ結婚かというタイミングで彼女から私たちは母親が同じであるという告白があった。男は母親の血が彼女に流れている限り、母親の愛を越えられない、真実を持ち得ないと思った。「彼女への愛」を理由なき真実にするために絞殺し血を流して限りなく薄めるため川に漬けた、肥大化した遺体は彼女の造形を留めていないだろうし、血は限りなく薄くなっているはずだ。それで尚彼女を愛したとき、僕は真実を手に入れる。】
真実 モース @shostaq
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