第39話 わたしの望み


 しばらくすると、部屋の扉が開いてしらちゃんが顔、というか触手を出した。


 疲れたように足取りは安定せず、そのまま布団に倒れ込む。


「おかえりしらちゃん。ケッコーかかったね。今日はどこまでいってきたん?」

「隣町まデ。日本最長の流しそうめんトかいうのに連れテいかれた」


 しらちゃんがそうめんをすする姿を想像するとなかなか面白い。半分共食いのようだ。


「ははは、はぁっ、ふっ・・・・・・しらちゃん、んんっ! おつか、れぇ」

「貴様は貴様デ何故腹筋なんてシているんだ」

「ば、罰ゲーム・・・・・・うぅっ!」

「奈々香運動不足だからさ、手伝ってあげてんの」

「ふぎぎぎぎ!」


 必死に体を起こそうとして、頭が10cm浮いたあたりで力尽きる。私を見るしらちゃんの目はどこか呆れたようだった。


 しょ、しょうがないじゃん! パン屋の娘である条件にむきむきまっちょであること、なんて書いてないんだもん!


 口に出す余裕がないので、目で訴える。伝わったかどうかは微妙だった。


「でもしらちゃん、ほんとにもかっちと仲良しだよね」

「違ウ、あちらガ執拗に追いかけてくルのだ」

「あははっ! だから、仲良しなんじゃん」


 咲良の言うことに、しらちゃんは触手を傾げる。首を傾げるようなものだろうか。


「はぁ、はぁっ! でも、よかったよね! 友達、増えてっ! ふんっ!」

「どっかフィーリングがあったのかもね。しらちゃんも仲良くしてあげなきゃダメだよ? もかっちすっごく良い子なんだから」

「それハ、言われなくてモ分かっていル」


 しらちゃんはなんだかんだでもかっちとの時間を楽しんでいるようだ。優しく波打つ触手がそう言っている。


「UFOの調子はどんなカンジなん?」

「まだマだ。1割も進んでイない、といったトころか」

「ふん、ふんっ! ふ、ふはははっ、それじゃあ当分帰れそうにないねぇ! はっははははあぎゃ・・・・・・ッ!」


 突然しらちゃんが私のお腹に乗ってきて、体の空気が全部外に出る。両手が力なく落ちて、ぐへぇと舌を出す。


 しらちゃんはどうやら冷房の風に当たりたいらしく、うちわを3つ4つも持って仰いでいた。ズルい。


「ねぇ、私も仰いでよ」


 言うと、顔にうちわが落ちてきた。自分でやれということらしい。薄情な宇宙人を睨みながらしょうがなくうちわを自分に向ける。すぐに疲れて遠くへ放った。


「あ! そういえばスイカあったんだった! 食べる人ー!」

「はーい!」


 咲良が元気よく手を挙げる。しらちゃんは怠そうにうちわをパタパタ。挙手に割く手は残っていないようだった。


「しらちゃんはスイカいらないの?」

「スイカ? なんだソれは」

「あ、そっか食べるの初めてか。じゃあ、美味しすぎて腰抜かしちゃうかもね」


 言って、腰はあるのか? と考える。まぁいいやと冷蔵庫の元まで駆ける。


 三等分して、皿に分けて持っていく。


「八色スイカのおな~り~!」

「うわー! チョー美味そうじゃん!」


 艶やかな赤を見て咲良も背筋を伸ばす。


「お茶もあります!」


 ドン! とテーブルに置くと、シュッと触手が通り過ぎていく。お茶は消えていた。しらちゃんのお茶好きは相当のものだ。しかも最近になってそば茶が好きということが判明した。渋い。


 スプーンで種をほじくって捨てると、皿がカランと鳴って。夏だなぁと窓の外を見る。


 またこの季節が来たとも思うし、またこの季節を迎えられたとも思う。気温というのは時間の経過を教えてくれる。


 太陽が活力を取り戻してその快活さに目を細めると、そういえば去年の今頃はこんなことをしていたなぁと思い出す。ということは、来年のこの季節には宇宙人とギャルと一緒にスイカを食べていたことを思い出すのだろうか。頬が緩みそうだ。


 それならば来年の為に、めいっぱいスイカを味わっておくことにする。


 積み重なる時間というのは、きっと後で気付くものなのだろう。


「ふム、なかなカに美味い」


 しらちゃんはスイカを触手で掴むと、体の真ん中に放り投げた。そこに口があるのだろうか。あるのだとしたら、満足気に笑っている気がした。


 美味しいスイカを食べ終えると、三人揃って寝そべった。


 動かない景色に、秒針の音だけが時間という存在を思い出させてくれる。それでもまだまだ始まったばかりの夏休み。私の中に焦燥感はない。あるのは幸福感と、充実感。


 歴代夏休みの中でも最高にぐうたらを楽しんでいる。


 テレビを付けると、観光地の様子が中継で映された。帽子を被ったお母さんがはしゃぐ子供の手を引く。そんな光景を見ていると、幸せを少し分けてもらえた気がする。


「私たちもどっか行ってみる?」

「行く行く~! どこ行く~?」

「暑くないところ?」


 自分で言ってあれだけど、この時季に暑くないところと言ったらだいぶ絞られてくる。とりあえずは屋内ということが確定して、あまり遠出もしたくない。


 そうなると、私の家が最適なのだった。咲良も同じことを思ったらしい。体を床に預けて、天井を見ていた。今年の夏が暑すぎるのが悪いのだ。


 地球温暖化? の影響なのだろうか。だとするとこの先どんどん暑くなるばかりで、私はどんどん引き籠もるばかりだ。そういう理屈なのだ。うん。


 テレビは番組が変わり、10年くらい前のドラマの再放送が始まった。


 懐かしくて、咲良に話題を振ると微かな記憶を頼りに物語を思い出す。なんだかハッピーエンドなことは私も咲良も覚えていた。


 世の中は意外とハッピーなエンドで溢れている。ドラマも、映画も、漫画もアニメも、そして現実もそうだ。


 外では子供が走り回り、世界のどこかで家族が観光地を回る。おばあちゃんちへ行って、バーベキューなんかもするのかもしれない。宿題に頭を悩ませながらも、友達からの誘いにすべてを忘れる。


 けどそれはできて当たり前のことじゃない。


 命があって、世界があって。この星があって、大切な誰かがいて初めて成立するものなのだ。


 そう思うと、少しは自分の行動を褒めてあげられる気がした。


 あのとき勇気を出してよかった。悩んで、苦しんで。それでも咲良の手を取って、一緒に前へ進んでよかった。


 自分だけじゃない。他の誰かの幸せを守ることができたのだ。だから少しくらい、勉強をサボったっていいでしょ?


「そうだ。しらちゃんはどこか行きたい場所ある?」


 咲良はどこでもいいスタイルだったので、しらちゃんに聞いてみる。


 スイカを食べ終えたしらちゃんは相変わらずお茶を飲みながら絵本を読んで、ゲームにいそしんでいた。見てくれなら、誰よりも夏休みを楽しんでいる。


 私の声に反応して一度、ゲームを中断してこちらを見る。


「どこでもいいよ。しらちゃんの行きたい所」

「ふム、そうだナ」


 絵本をぱたん、と閉じると再び別の絵本を手にとる。ハッピーな終わりのあとには、また新しい物語が待っているのだ。


 遠くにあるものを探すように、細めた目が微かに揺れる。


 窓の外に視線を移して、しらちゃんは静かに呟いた。

 

「海へいきたい」

 

   

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