最終話 晴天

 小柄な体躯が地面すれすれを低空飛行で移動し、足を何度も地面につけながらバランスを立て直して、テディベアの体内へすぽっと入った。


「こみどりちゃん!!」

「え……、きらな! なん、で――」


 こみどりちゃんを真っ正面から抱きしめる。


 ……嬉しい、嬉しいけど、とこみどりちゃんは複雑な気持ちをこぼす。


 ――本当は、魔法少女きらなとして、怪人こみどりを倒してほしかったのだから。


「うん、ちゃんと、そのつもりだったよ」


 きらなが怪人化してから発生していた暗雲。

 二地区に及び、雨も降らずただただ周囲を暗くしているだけの異常気象。


 遠くを見れば晴天が広がっている。


 テディベアのせいで誰もが見上げていたが、空については触れていなかった。

 暗雲の中では静かに雷の音が鳴り響いていたにもかかわらず、だ。


 随に進行していた赤光の雷が、今、たった一つの指針を目指して落ちてくる。

 町中の避雷針よりも優先されるそれは、赤い、角だ――。



 雷がテディベアを焼き焦がし、こみどりちゃんの姿を骸に戻した。

 そして……、気を失い、重なった凸凹コンビの二人が崩れた校舎の中で発見される。


 怪人としてではなく、人間としての姿である。

 これだけの大事件を起こしておきながら、二人の表情は清々しい。


「……あ、晴れてきた……」


 見上げたれいれを迎えたのは、眩しいくらいの太陽の光だった。


 雲一つない晴天。


 今後の扱いを考えればきらなとこみどりちゃんの顔は曇るだろうけど、今だけは、待っているだろう現実を突きつけないであげようと思った。







 エピローグ


 右足が完治したと思った矢先に事件に巻き込まれてしまった。


 ついてないなあ……と怪人に人質に取られても耐性ができているのは、一年前に一度間近で怪人を見たからだろうか。


 何度か見ている内に慣れてしまったのもある。

 怪我をして以来、怪人と出会いやすい体質に変化でもしてしまったのだろうか。


 友達とショッピングモールに遊びに来ていたら、ヒーローショー(作りもの)を邪魔して現れた怪人たちが子供たちを攫っていった。

 ショーはあくまでも作りものなので、演者のヒーローは本物の怪人に対抗できる力がなく、子供たちの声援に応えられない。


 つまり、彼らは本命の価値を上げるための踏み台なのだった。


「うわ……!」


 女の子が突然の浮遊に足をばたばたさせる。

 自分を攫っている怪人が翼を持つ怪人なのだと気付いた。


 赤い角、細い尻尾。

 小柄な体格と、可愛らしい顔。


 小学生の女の子からしても自分よりも二、三こ上の年なのではないか、と思うほどだ。


 ……なんだろう、さっきから、見たことがあるんだけど……。


 女の子が不審な視線を怪人に注ぐ中、周囲の怪人が次々と発光した弾によって撃ち落とされていく。

 咄嗟に投げられた子供たちの落下地点には膨らんだ風船のようなものがクッションとなっており、怪我はないようだった。


 ……え、わたしは違うの?


 周りが撃ち落とされていく中、女の子を抱える怪人だけは未だ空中にいたままだ。


「もうこれまで! 私たちが来たからには、好き勝手はさせないよ!」


 青い魔法少女の登場に、子供たちが沸き上がる。

 気付けば遠くの方からも野次馬が集まり、周囲には人によって分厚い壁ができていた。


「その子を放しなさい!」

「来たね、魔法少女。……この子は人質に使わせてもらうよ、へっへっへ……!」


 後ろから聞こえる嘘臭い笑い方に、初めて女の子が振り向いた。


「あれ?」


 聞いた覚えのある声……と思えばそりゃそうである。


 入院していた時、よくお見舞いに来てくれたお姉ちゃんであった。

 魔法少女でないが魔法少女のように勇敢に怪人に立ち向かい、戦ってくれたお姉ちゃんが、なぜか今、怪人の姿をして魔法少女の敵になっている。


 ………………なにしてんの?


「え」


 と怪人も気付いたようで……攫う女の子を特に気にもせず目についたから、という理由で攫ったため、まさかその子が知り合いだとは思わなかったのだろう。


 怪人として活動していることも、当然言っていないし、逆に魔法少女になるために修行中と意気揚々と嘘を吐いていたので、彼女はどうにもばつが悪い。


「お姉ちゃん……嘘吐いてたの?」

「……誰がお姉ちゃんだって? わたしは怪人の――」


「あっそ……嘘吐き」

「あ、う……」


 怪人が魔法少女に目配せを送るが、一部始終を見ていた魔法少女は口パクでアドバイスを送り返した。


 演技だとはばれないようにね。


 魔法少女と怪人が結託して台本通りに事件を起こしている裏側を、子供にばらしてしまうのは最大の禁忌である。


 つまり、言い訳をしたい立場でありながらも仕事上、役を全うしなければならない。


 子供の夢や憧れを壊したくないが仕事を放り出してはならないという板挟みの上で。

 怪人がやけくそ気味に演技を続けた。


 ――助けを求めたのに丸投げするとか、


「卑怯だぞ魔法少女ぉ!」

「人質取ってるそっちが言うな!」




 ……さて、実はこの女の子、魔法少女と怪人の関係を知っているのだが、その上で今のようなやり取りをしていた。


 誰も見ていない隙に、少女がぺろりと舌を出す。

 お姉ちゃんを困らせたい、そんな可愛らしいイタズラ心であった。



 この女の子が後に魔法少女になるのか、怪人になるのかは――、


 今はまだ、誰も知らない。

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魔法少女が嘘をつく世界 渡貫とゐち @josho

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