第43話 vsこみどりちゃん2
背後の外壁が破壊された。
飛び越えるよりも早いという短絡的な思考の持ち主は彼女以外にはいないだろう。
「分かっているね?」
「……あいつのお膳立てのためになんでこき使われなくちゃ……」
「みにぃ、手伝って」
「はぁい」
猫撫で声の海浜崎に未だ慣れていない新沼がハンマーを持ち直した。
形状がさっきよりも、二回りも大きくなっている。
「……その分厚い皮を剥いで、射線を通す!!」
きらなとれいれは通っている中学校の屋上にいた。
れいれの魔法はステッキの先端部分に魔力を溜めて弾として発射するものだ。
テディベアの体内にいるこみどりちゃんに当てたいが……、いつものような数撃てば当たる戦法では、一撃が弱過ぎてしまう。
そのため、破壊力最大の一撃をコックピットに通す必要がある。
待ち伏せをして撃ち出すにしても繊細なコントロールが必要になる。
のだが、れいれはそれができないからこれまで数撃てば当たる戦法を使っていた。
「……やっぱり右肘の痛みのせいでコントロールが……!」
利き手でないにしてはコントロールが良いが、やはり目標に対して現状では力不足である。
練習で、校庭にいるきらなに向けて撃っているが、弾は逸れて校庭のあちこちに穴を空けていた。
「もう一回!」
と、きらなが校庭で大きく手を振っている。
先輩達が繋いでくれている内に克服できればいいが……。
れいれの視線の先には、こちらに向かってきているテディベアの姿があった。
住宅街を闊歩するテディベアの足下にはロープが張られており、足を引っかけようと策略したのだろうが支柱が住宅なので簡単に引き千切ってしまえる。
多少の抵抗感はあるものの、テディベアの侵攻を妨げる強度ではなかった。
……そう、一本のロープのみであれば。
ガクンッ、と上体が前方に先行してしまう。
順調にロープを引き千切っていた足が急に止まってしまったのだ。
これまでが順調だったからこそ、油断を招いてしまった。
文字通りに足下をすくわれた。
「一本の矢では簡単に折れてしまっても、三本ならどうだろう? なら五本……、さらに一〇本であれば? ロープにしたって変わらないさ」
仕掛けたロープは一〇本では足らない。
「一カ所に、一〇〇本だ」
両足を取られたテディベアがくるんと前転し、空中へ。
身動きが取れないまま落下を始めるが、地面との間に膨張したゴムボールが現れる。
全体重がゴムボールに乗り、その反発がテディベアの体を真上へと押し上げた。
高く舞うテディベアの姿が、遠くにいる森下にも視認できた。
彼女の監視魔法は電子機器は言わずもがな、町中の猫や鳥の目も乗っ取ることができる。
電線に止まっているカラスの目を借りて空中のテディベアをさらに近くで目視する。
「あの子がいるのは左胸……心臓の位置ね」
居場所は分かったが、さて分厚い皮を剥ぐにしても位置を指定しまうと新沼の破壊力を阻害してしまう。
となれば、新沼が全力で振るったハンマーに、こちらが合わせて向きを変えるしかない。
「――私のロープでなんとかしよう。みにぃもいる、きっと上手くいく」
「そうね……その後は後輩に任せましょうか」
森下からの通信にれいれが答え、きらなに目配せをする。
頭の中に直接聞こえる森下の魔法が、初めてきらなに届いた。
『私は許していないし、認めていないわよ』
「ま、まさ姉……っ」
『怒ってるわよ……でも、なんで怒ってるのか、お前は分からないのでしょうね』
「わたしの、我儘のせいだし、こんなに被害が出ちゃって――」
『そんな些細なことを言っているんじゃないのよ……はぁ。いい? きらな。どうでもいいと思っている子のために怒ったりはしないの。大切にしている子ほど、凄く怒る。それこそ、縁を切るぞって矛盾するようなセリフを吐いて脅すほどにね』
「…………えっ、まさ姉? ――それっ」
『私たちのバトン、あなたたちに託すわ。あなたとれいれのクラスメイトなんだから、なんとかしなさいよ、この鈍感!!』
森下の声が途絶えたと同時、新沼のハンマーによって吹き飛ばされてここまで到達したテディベアが校庭に転がってきた。
まるで元に戻るように、分厚い皮が剥がれて骨組みが見えていた。
体内の椅子に座っているこみどりちゃんの姿も確認できる。
しかし射線は微妙にずれており、向こうから視認されない角度から魔力弾を放っても、体内の骨に当たってしまう可能性が高い。
「どうすれば……!」
「こみどりちゃーん! こっち――――っ!」
きらなが屋上の柵の上に立って大きく手を振った。
声に気付いたテディベアが上を向いて、きらなを見つけたと同時に目の前の校舎へ突っ込んだ。
激しい振動が二人の膝を地面に着かせた。
屋上の地面に亀裂が走り、やがて校舎自体が斜めに傾いていく。
「――ちょっ、きらな! なに考えてるの!?」
「れいれはそのまま魔力を溜めて――絶対に集中を途切れさせないでね!」
とは言うが、崩壊する校舎の上ではバランスを維持するのが難しく、崩れた穴から落ちてしまえば魔力を放つ以前の話だ。
二人とも変身しているので命を落とすことがなければ怪我をすることもないが、本能的に避けては安全な場所を探してしまう。
魔力など霧散してしまう状況下である。
そんな不安を残したれいれの体を後ろから抱きしめたきらなが、翼を広げた。
「わたしを信じて!」
……いや、待って、そんな風に抱きしめたりしたら――。
丁度、れいれの位置からこみどりちゃんが見える。
つまり、逆もまた然り、だ。
「は?」
多分、世界征服に乗り出してから初めて見せた、こみどりちゃんの本気の殺意だ。
「――きらなから離れろこンのどろぼうねこがァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「ほらぁ、もうぉ! だからこうなるじゃんっっっっ!!」
きらなは瓦礫を避けるのに必死で、それどころではなかった。
壊れていく校舎の中、見慣れている教室……翼を広げて安全運転で下降して行くが、降り注ぐ瓦礫がきらなの体を真っ直ぐに下ろしてはくれない。
避けるために左右に体を振る必要があり、逃げるのが遅れれば傾く校舎に巻き込まれてしまうだろう。
時間は短い。
瓦礫が常時降り続けている中、悪環境ではあるもののそれはテディベアの方も変わらない。
足下に詰まれた瓦礫によってテディベアは動けないようだ。
瓦礫が頭に当たり、徐々に頭を垂れるように前屈みになっていく。
「きらな、下ろして! 後は私が――」
れいれがきらなから離れて、瓦礫を足場に下っていく。
――見えた。
テディベアの剥がれた骨組みの隙間から……こみどりちゃんが見えた。
射線が通る。
瓦礫の雨の中に見えた一筋の軌跡。
れいれは最後に、ステッキを握る手を、右で選んだ。
故障した肘ではコントロールが不十分だが、左よりはマシだと思った――からではない。
きらなも同じく、右利きだからである。
一度、れいれを離したことで重荷がなくなったきらなが、軽い挙動で瓦礫を避けて、れいれの背後へ。
右手に右手が重ねられた。
故障して心配なコントロールを、れいれはきらなに託したのだ。
「まるであの時の再現みたいだね」
きらなが言った『あの時』の記憶を、れいれも思い出した。
「うん、それにしてもよく覚えてるね」
「れいれの苦手な部分はよく知ってる。だってそれを補ってこそのパートナーでしょ?」
れいれはパワーを、きらなはコントロールを。
そして、二人で手に取る――勝利を。
ステッキの先端に溜まっている魔力量は、弾を爆発的に膨張させた。
巨大な球体だったが重さはなく、ステッキは二人で持っても振り回せる。
「いくよ、れいれ!!」
きらなの手に押されて、れいれが、きらなが、ステッキを振るって魔力弾を撃ち出す。
巨大な球体となった魔力弾はもはや瓦礫の影響は受けずに真っ直ぐにこみどりちゃんの元へ突き進んでいく。
誰にも止められない弾の勢いは留まることを知らなかったが、しかし、同じくらいの大きさであるテディベアの頭が落下してきた偶然によって遮られ、威力が相殺させられた。
「は――」
瓦礫を受け続けたテディベアの首が限界を迎えてぽろっと落ちたのだ。
それが運悪く、射線を妨げた。
れいれが溜め続けた最後の一撃が、失敗に終わった――、
「……きらな?」
「まだ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます