第42話 vsこみどりちゃん1

 ……背が高いから、という理由で大人に見られても、中身は年相応だった幼少の頃。


 大人からは期待をされて、同年代からは高身長をいじられて。

 今思えば嫉妬からくるものだったのかもしれないけど、当時はみんなと違う自分の体が嫌で嫌で仕方が無かった。


 やんちゃな男子は傷つけているとも知らずに高身長を見て怪人だといじり続けた。

 大人は年齢を考えたらできなくても、分からなくても仕方が無いのに、高身長ゆえに実際の年齢よりも上に見て、みんなとは当たりの強さが違かった。


 最初から引っ込み思案だったわけではない。

 大人に上から押しつけられている内に、顔を上げることに躊躇うようになってしまったのだ。


 意見を言えず、自分の感情さえも満足に言えない。

 身長が高いだなんて、高い所にある物に手が届くくらいしか、良いと思える利点なんてなかった――。


 外壁を壊そうと拳を叩きつけていたら、壁との間に膨張したゴムボールが挟まれ、拳の勢いが巨体に跳ね返ってきた。

 たたらを踏みながら数歩後退してバランスを立て直す。


 巨体の体内にある、骨を組み合わせて作った椅子にこみどりちゃんが腰かけている。

 外の様子は僅かな空気穴からしか見えない。


 巨体の動きはある程度はこみどりちゃんが操っているものの、簡単な指示を出しているだけで細かい操作はしていない……というよりはできない。

 ここはコックピットではないのだ。

 操作盤などどこにもない。


『怪人役だって、平気な顔をしていてもつらいもんね』


 ……小柄だから、惹かれたわけではない。

 目に止まりやすかったのかもしれないが。


 自分と真逆な低身長ながらもはっきりと感情を見せて意見を言う。

 その姿に憧れた……彼女のようになりたいと目標にした。


 そんな彼女が低身長であることを不満に思い、自分の高身長を羨ましがってくれたし、褒めてくれた。

 それがなによりも嬉しくて、その時からこみどりちゃんは、自分の高身長が誇りに思えるようになった。

 高身長で良かったと、初めて思えたのだ。


 高い所に手が届く、彼女が欲しがっている物をすぐに取ってあげられた。

 彼女を肩車すれば彼女が見えない景色を、見せてあげられた。


 ……恩返しなのだ。

 彼女は手を引いて、こみどりちゃんだけでは決して見られなかった景色を見せてくれたのだから。


 彼女のために命を懸けられるか、と問われたら当然だと答えるだろう。

 彼女のために悪役になれるのかと言われたら――。


 ……きらなと一緒にいたいけど、それは自分の我儘な願望だよ……。


 分かっていたのだ。

 ここで高原たちを倒してきらなを奪おうとも、それこそきらなは自分を見てくれなくなるだろうと。

 途中からなにをしたいのか、勢いと感情に任せていただけにいざ振り返って目的を探してみれば、本末転倒な結果になるだろうと気付いた。


 だけどもう止まれない。

 せめて、自分が悪役になることで、きらなが魔法少女としての役目を全うできるのなら――きらなが騒ぎを収束してくれることで多少でもきらなの罪が軽くなってくれるのならば。


 喜んで倒されよう。


 目的がはっきりし、迷いがなくなれば、結果に手が届く。


 二人の魔法少女の攻撃をかいくぐって、膨らんだゴムボールを利用し、跳躍に一役買ってくれた。

 それが幸いし、外壁の頂点に手が届く。



「「なっ!?!?」」



 二人の魔法少女の驚く顔を見もせず、半面骸のテディベアが隣の地区へ侵入する。


 多くの住民が安全だと確信して、テレビ前に陣取り、戦いの行方を気にしているだろう。


 だが、その怪人が今、自分たちの地区へ侵入したとなれば、新たな混乱が生まれる。


 数百メートルの外壁から落下したテディベアが、住宅を押し潰しながら立ち上がる。


 …………おかしい。

 やけに静かだ。


 まるで、全ての住民が既に避難し終えているように――、



「知っていたさ、乗り越えてくることは」


 テディベアの目の前の電柱の上に、一人、立っている高原がいた。


「壁を乗り越えないのであればりりなとみにぃに任せて大丈夫だろうと信じていた。だが、もしも乗り越えてくるのであれば、向かい討とうと住民を避難させていたんだ」


 本当の恐怖に逃げるだけだった他の魔法少女たちでも、住民の避難の手伝いになら、と重い腰を上げて、震える足を動かしてくれた。


 一人二人ならもっと時間がかかっただろうが、数百いる魔法少女、そして魔法少女研修生、魔法少女に憧れている見習い――みんなが手分けをすれば外壁周辺の四地区くらい、あっという間に避難を終えられる。


 今もまだ、さらに避難場所は拡大していき、ここで派手に暴れても被害は建物だけに済んでくれるはずだ。


「君が悪に徹すると言うのであれば、私たちもヒーローに徹しよう」


 きらなの友人だろうが加減はしない、という意味を、こみどりちゃんも理解した。


「お前たちに、倒されるものか」

「……きらなだろう? なにを求めているのかは分かっているが、こっちは台本なんてないしあればあったできらなは間違いなく従わない。あれは狙っているのではなく素で逸脱する才能だからね」


 状況が悪化しても、それだけでは終わらせないなにかを持っているのも確かだ。


「悪化に悪化を重ねる迷惑な数珠つなぎもあれど、一人の子供の心を救っていたりもする。大人が何人束になっても成し遂げられなかった偉業を、あの子は簡単にやってのけてしまうし、意外と自覚がなかったりするんだ――だから今回も、きらなの素質に賭けるとしよう」


 心の中を覗かれたような感覚にこみどりちゃんが息を飲む。

 返事もままならない。


「本気で悪になることだ。そうして初めて、きらなは応えてくれる」

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