第41話 こみどりちゃんの胸の内
「どうしてだい? 君はきらなに付き合っていただけで、世界征服をするに足る目的はないのではないか?」
高原が質問した。
だが、彼女が口を挟んだのは失敗だっただろう。
こみどりちゃんが今も尚、前に進もうとしているのは高原が大きく関係している。
「私は、悪い子だよね」
怪人だから、という意味ではないだろう。
「きらながお姉さんと仲直りするように手伝っていながら、内心では失敗しろって、ずっと思っていたんだから」
「こみどりちゃん……」
「きらながお姉さんと疎遠になって、私のところに来てくれたのが嬉しかった。今までずっと魔法少女にばかり目がいっていたきらなが、私の方を振り向いてくれたことが、幸せだった。……諦めていたんだよ? きらなは真っ直ぐに魔法少女だけを見てるから、私なんかただの友達止まりなんだろうな、って、それでいいや、幸せだって。なのに、きらなはこうして私を見てくれた……諦めていたのに、一度夢を見てしまったら、そんなの、失いたくないって思っちゃうよッ!!」
どうしてそこまで自分に固執しているのか、きらなは分からない。
それもそうだ。
きらなにとっては些細なことが、こみどりちゃんにとってはとても大きいことなのだから。
『怪人役だって、平気な顔をしていてもつらいもんね』
長身ゆえに、幼少の頃から決まって悪者扱いされてきた。
あくまでごっこ遊びだったが、その時から引っ込み思案だったこみどりちゃんには嫌だと強く言い出すこともできずに、多大なストレスを胸の内に溜め込んでしまっていたのだ。
――そう分かってくれるのは、きらなだけだった。
「自覚なく誰かを救ってしまえるその素質があるのに才能がないなんて、魔法少女の目は節穴なんだろうね……そんな組織にきらなを奪わせても宝の持ち腐れだよ。だったら、きらなは私が貰う、私ならきらなをもっと輝かせられる!!」
だから。
「奪ってみせろ、守ってみせろ、きらなを、ついでに世界も! 救えなきゃ魔法少女は、本当に優良誤認の最低なヒーローだ!」
もはやきらなの言葉さえも届かない。
感情が止まらなくなったわけでも怪人としての力に飲まれたわけでもない。
冷静沈着、ただ最も欲しいもののためにそれ以外を犠牲にして動き出す覚悟を決めただけなのだ。
きらなを取り戻すためなら、彼女の感情さえも無視する。
こみどりちゃんとは思えない強い気持ちと決断の仕方だった。
……こんな風にしたのは他の誰でもないきらなだ。
彼女を見続けてきたこみどりちゃんが、生まれたばかりの雛が親を見て学習していくように――、勇気を貰った。
きらなの手から離れ、独り立ちしていくこみどりちゃん。
彼女を知るきらなからすればじんわりと目頭が熱くなる気持ちだ。
だけど、衝突するのはきらなにとっても大切な人だ。
大切な人と大切な人が衝突してしまう状況の中で、きらなは……、
「なに迷ってるの?」
「だって……!」
「きらなは結局、どっちになりたいの?」
立ち位置を決める時に基準にするのは、一緒にいる友ではない。
自分がどの立ち位置にいて、なにをしたいのか。
きらなの芯は、どっちにある?
見た目は怪人でも、やはり心は決まっている。
「――魔法少女になりたい!」
「じゃあ、止めよう! こみどりちゃんを!」
こみどりちゃんが骨組みの中へ入ると同時に皮が被せられた。
その皮は獣のように体毛が生えている。
ピンクとクリーム色が混ざったような色合いで骨組みだった時よりも、さらに町の中では浮いて見えている。
纏う分厚い皮のせいで、こみどりちゃんの居場所が特定できなくなってしまった。
「どうして、怪人の姿が人間離れしているのだと思う?」
きらなやこみどりちゃんのような人型もいるが、やはり獣型が多く存在する。
人によりけり個性であると言われてきたが、高原はその内情を知っていた。
「そうそう人は悪には徹し切れないだろう? だが、形から入るように見た目を人から離れた化物の姿にしてしまえば意外と人としての良心を忘れられるものなのだよ」
匿名性も効果がある。
強盗が顔を見られないようにマスクをするものだろうか。
「人の形からはずれている者ほど悪役には向いていないね。でも、逆を言えば、怪人化した姿が人そのものであればあるほど、悪に徹し切れる冷徹さと野望を持っている」
となれば、骸面でさえ人型に近いこみどりちゃんが、今は元の姿に戻りつつある。
単なる怪人化の強制キャンセルではない、もしそうであれば巨体も同じく消えつつあるはずだからだ。
……こみどりちゃんの心が、悪役ではなく、悪に振り切ったことを意味している。
「え、じゃあそうなるとわたしもじゃない?」
角や尻尾、翼が異形だが、顔は素のままで、自作のペイントで隠している。
……世界征服を宣言するだけあって、人型に近いというか、そのものなのは納得だ。
怪人化が人型の時点で、きらながなにかを起こすだろう、とは分かっていたとも言える。
現状、きらなの姿が変わっていないのであれば、世界征服を宣言した時と悪の心はなにも変わっていないと証明できてしまう。
既に気持ち的には魔法少女側に立ってこみどりちゃんを止めようと決意しているのだが、姿は未だ人型のままだった。
「きらなの場合は目的のためなら手段を選ばない切り替えの早さが現れてるのかもね」
左右に揺れる天秤だろうか。
目的が変われば天秤がどちらに落ちてもおかしくはない。
その不安定さゆえに、人型でありながらも異形な姿が付加されているのかもしれない。
「まあ、そんなに気にしないでいいだろうね、善も悪も曖昧さ。人の目線や内情を知ればどちらが善で悪だなんて分からなくなる。判断なんてしようがないのさ。……とは言ってもあの子は危ないね。まさか怪人化しているのに元の姿に戻ろうとは。きらな以上になにをしでかすか分からない……」
骨組みではなく、体毛に覆われたテディベアになりつつある巨体が動き出した。
ビルにぶつかりながら、倒壊させ、道路に置き去りにされている車を押し潰し、家を蹴り飛ばして、壁まで全力疾走で駆け抜ける。
そして、壁の手前で大ジャンプし、壁の頂点に手を伸ばしたが、届かず壁に激突していた。
落下したテディベアが起き上がり、壁を破壊しようと拳を叩きつけ始めた。
その振動が壁の向こう側へ伝わってしまっているだろう。
破壊されないと分かってはいても、もしかしたら……という可能性に隣の地区の住民が戦々恐々とし始めた。
巨体が侵入していないのにもかかわらず端から順に混乱し始めている。
『なにやってるの――止めなさい!』
森下の通信による指示に新沼小隊が動き出す。
先陣を切るのは前線担当の新沼である。
「アタシが行く! みにぃは、危なくない所で隠れてて!」
「あたしも行きます、隊長!」
びしっと敬礼をして、あの凶暴性の塊だった海浜崎がなぜか従順になっていた。
「……え、みにぃ? ……恐くておかしくなっちゃったの……?」
「なるほど、自分が最も強いから、弱い者を見下していた君の性格は、逆を言えば自分よりも強者には絶対服従だったのだね」
「知ったような口を聞くな」
高原の言う通り、新沼と高原、両者への言葉遣いが一八〇度違う。
「あたしは隊長に付いていきます。恐いですけど……隊長と一緒ならなんでもできる気がするんです! 隊長なら、あんな怪獣倒せますもんね!」
信仰と共に期待値が上がっていたのが気になるところだが、口調はともかくいつもの戦闘能力が戻ってくれたのならば、海浜崎一人でもいてくれたら苦労の度合いが大分違う。
心許なかったために不安でハンマーが重く感じていたが、ふっと軽くなった気がした。
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