第40話 魔法少女か怪人か
きらなと高原、新沼と海浜崎が合流する。
その時だ、警報とはまた違った音が鳴り響いて、遠方に灰色の壁がせり上がってきているのを視認する。
周囲を見回せば、どこを向いても景色を遮るように、無機質の壁である。
今は倒れている巨体が、もしも助走をつけてジャンプしたとしても、壁の頂点にさえ届かない高さだ。
当然、大きさに見合った強度も備わっている。
地区がこれで包囲された。
つまり、一般人は誰一人としてこの中にはいないと証明された。
壁が上がってしまえば中から外へ出るには外壁を越えるか、外壁を一旦下ろすか……しか手がない。
だから壁の起動は確実に全員が避難し終わってからでないと許可が下りない。
魔法少女と怪人しかいない空間。
ただの演出のためだけの外壁だったが、今に限れば怪人をこの地区で確実に仕留める、という本来の効果を発揮している。
演出のためならば強度や高さに費用をかけるはずもない。
……政府も疑っていたのだ、こうして怪人が裏切らないとも限らない、と。
彼らの予想は、過程は違えど結果は当たっていた。
念には念を入れた彼らの用意周到さが怪人側を追い詰めている。
――包囲された地区の中で、最も高いビルの屋上に立つ魔法少女がいた。
森下まさきだ。
彼女は魔法のタイプにより、戦闘を得意としない。
高原のように罠を張るような、現場で動き回るようなサポートでもないのだ。
屋上の地面に刺さっているステッキが地面に模様を描いていた。
近くで見ないと分からないが――地図、になっている。
ステッキで地図の中を選択すれば、三次元の詳細まで分かるようだ。
きらなたちが集合したタイミングも、森下は彼女たちと同時に知っていた。
そして、背後に近づいてきている人物の正体も――、
「良かったわね、外壁が上がり切る前で。私たちでも越えるのは難しいのだから。まあ、やろうと思えば越えてしまえるのも問題なのかもしれないけど」
屋上の地面に着地した足音が背後で聞こえる。
「あなたは行かなくていいのかしら。合流する気があるから、来たのでしょう?」
「いや……その、テレビできらなを見て、行かなくちゃって、思って……でも、私なんかが行ってもいいのかなって――、ははっ、困りました……」
「どうして?」
「……だって、私はまだ出会ったばかりです。きらなとも、先輩方とも。きらなが憧れ続けた時間の長さも、先輩方と育てた絆の密度も知りません。私は、みんなと共有できる思い出を持ってないんですよ。少ない思い出を言っても、きらなの足下にも及びませんよ。私は、まだ部外者だと思うんです。それなのに、あの輪の中に割って入っていけるわけないですよ……!」
「きらなの友人にしては遠慮をするのね。らしくない、と言うのはきらなを基準に考え過ぎかしら? 一応、過ごした時間も微々たるものではないのだから、あなたの性格もある程度は把握したつもりよ。あの子のもう一人の友達は、結構押しが強いから気が合うのかと思っていたのだけど、あなたは真逆のようね。……遠慮、なのかしら? 私たちに気を遣ってるようには思えなかったのよね。もしかして、恐い? 踏み込んで距離を縮めることで一度失敗でもしたのかしら?」
大切なものを一度失い、両手が宙ぶらりんになった彼女の耳には痛い指摘だった。
「……もう、部外者じゃないわ」
「え……」
「確かに思い出は少ないかもしれない。だけど私たちにはできなかったことを、あなたは既にしているはずなのよ。あの子が現実を知っても挫折しなかったのは、あの子自身の力だけじゃない。あなたのおかげでもあったの。姉として、一度しか言わないわよ」
森下が言い淀んだが、間を空けてしまうとかえって言いづらいと無理やり口を開く。
「あの子が一番苦しい時に支えになってくれて、ありがとう」
「先輩……」
「二度と言わないわ、こんなセリフ」
森下は一度も、背後を振り返ったりはしなかった。
こんなセリフを言うだろうと見越して振り向かなかったわけではない。
もっと気丈に振る舞えると思っていたが、だめだ。
やはり素直になるというのは、恥ずかしくてここから逃げ出したくなってしまう。
「だ、だから、あなたももう仲間なのよ。時間なんて些細な項目よ、密度なら負けていないのだから胸を張って合流しなさい。隊長もさらんもみにぃも、きらなに丸め込まれて甘やかすんだから――あなただけなのよ、きらなの手綱を握って引き止められるのは」
森下でさえ、厳しくしていても最後には甘くなってしまう。そういった緩みがなくダメなものはダメときちんと言える彼女の存在は、きらなにとって大きい。
「任せたわよ、れいれ」
「――はい、先輩」
巨体が体を起き上がらせた。
その姿に変化がある。
骨組みだけだったのが、皮を被り始めたのだ。
まだ全体の二割ほどしか変化していないが、徐々に増え始めている。
その変化は巨体だけには留まらない。
骸面も同様に、少しずつだがこみどりちゃん本来の姿を取り戻し始めていた。
彼女自身はその変化に自覚がなければ気付いてもいない。
顔にあった窪みには眼球が収まっているし、その周辺が肌色に戻っている。
巨体の手の平の上に、こみどりちゃんが足を乗せた。
彼女を乗せた手の平が上昇し始めてしまう。
……今、呼び止めなければきっと簡単には手が届かなくなるだろう。
「こみどりちゃん! もういい――もうやめよう!」
きらなが叫ぶ。
事件の重さに対して簡単にやめようと言ってくれているが、こみどりちゃんを引き止めるために言葉を簡略化しているので仕方がない。
発案がきらなとは言え、こみどりちゃんも共犯だ。
きらなに脅されたと責任逃れを企んでいたとしても、それにしてははしゃぎ過ぎた破壊痕である。
罪の重さを換算したらこみどりちゃんの方がもしかしたら多いかもしれない……。
それだけ骨組みの巨体が与えている恐怖は大きい。
「お姉ちゃんと仲直りできたから、わたしはもうだいじょうぶ――」
「じゃあ、きらなはそっちへ戻る、んだよね……?」
魔法少女か、怪人か。
……問われてしまえば、魔法少女と言わざるを得ない。
たとえここで嘘を吐いてこみどりちゃんの望む答えを出したところで、彼女は勘付いてしまうだろう。
こみどりちゃんに演技は通用しないのだ。
「…………うん」
「なら、やっぱり私は止まれないよ」
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