第39話 新沼隊長

 巨体の目を(あるのか分からないが)欺くにしても操縦者である骸面が全体を見ているため新沼たちを見失うミスはまずない。

 だから本当に、命を一瞬だけでも先延ばしにする一時的な回避だ。


 危機を後に回しただけで、必ず回した分のツケは新沼たちに追いついてくる。


「……ステッキ、オン」


 逃げるのに邪魔になるためステッキ型に戻していた新沼のハンマーが再度形を作る。

 ずっしりと重たい攻撃特化の顕在化した魔法を、少女の細い腕がしっかりと握り締めた。


「……おい、なに立ち向かおうとしてんだ、バカ……さっき一度押し負けて死にかけたことをもう忘れてんのかよ!」


「忘れてないよ。でも、もうきりがない。ぎりぎりの綱渡りで逃げ続けていても、逃げ切れる目処が立っていないなら、なにかを変えなくちゃいけないんだ……みにぃは先に逃げてて。もう一度、あたしのハンマーで押し上げて……」


 しかし、新沼が見た巨体の動きに明確な敗北をイメージしてしまう。

 両手、だ。

 巨体は両手を組み、一つの塊にして両腕の力で振り下ろそうとしている。


 片手で押し負けた新沼が、倍の力、いや、それ以上の力に勝てるわけもない。

 それでも、新沼はハンマーを落としはしなかった。


「おいッ!」

「やらなくちゃ……!」


 隊長として頼りないところばかり見せてきてしまった。


 いつも、高原には見落としていたことに気付かされ、森下には難しいところを丸投げにしてしまい、海浜崎には――、


 戦闘において何度も助けられてきた。


 だから、今度は自分が助ける番だ。

 部下のために命を懸けられない隊長だなんて、これから先、みんなに顔向けができない。


 頼りにならない隊長だけどその存在がいるだけでも頼りになるとみんなは言ってくれているが、それでは自分が自分を許せなかった。

 最後くらい……チームがなくなってしまったのだから遅いのかもしれないが――今しかないのだ。


 隊長らしく、みんなに手助けができる瞬間は。



 ……勝てないと思うけど、最初から勝てないを前提で勝負をするつもりもない。

 ……両手を握ってるけどインパクトの位置をずらせば、押し勝つこともできる……はず!


 立ち向かうのではなく、来る力を逸らせば……そっか、拳の側面から打てば――、



「にーぬまっっ!」


 倒壊して積み上がっているビルの上から、聞き慣れた声が聞こえて新沼の集中力がぷつんと切れてしまった。

 顔を上げれば、きらながこちらに向かって叫んでいる。


「いつもいつも、どうしてそんなに考え込むの!?」


 ……なにも考えないで戦っていても勝てないからだ。


「にーぬまは、バカなんだから、頭なんか使わなくていいんだよ!」


「おい」

 とツッコんでいる暇もないのだが、思わず口が出てしまった。


「にーぬまに足りない頭はにーぬま以外が使ってる。今更、不得意なにーぬまが使う必要なんてどこにもないんだよ!」


 バカなのは認めている。

 それをコンプレックスにも感じていた。


 だから改善しようと努力に努力を重ねてきた。

 頭の良い自分以外のチームメイトに及ばなくても、最低限は役に立つ頭にはしたかったのだ。


「そんなのいらない!」


 ……いや、なぜきらなが決める。


「にーぬまの良いところは、なにも考えないで力いっぱい全力でやり遂げる気持ちだよ! 同時に違うことをしなくていいの、ただ一つの目標に、バカみたいに没頭すればいいの!」


 ……巨体の拳を一度だけ押し返した時があった。

 その時、どうして押し返せたのかが不可解だったが、今分かった。


 結局、その時はなにも考えていなかったのだ。

 ただ全力で、押し潰されそうな海浜崎を助けたい、その一心で――。


 なにも考えておらずただハンマーを振り抜いただけなのだ、不可解なはずである。

 策も特別なやり方もなく、技術も必要としない。


 振ればいい。

 そこに敵がいれば、必然的に当たり、相手を吹き飛ばす。


 元々、新沼の魔法は、そういう効果を持っていた。


 バカであることにコンプレックスを抱いて勝手に魔法に蓋をしてしまっていたのは、素の自分を受け入れられなかった新沼自身のせいだ。


 人に合わせて埋もれてしまう。

 調和のためでなく、他者から見た自分の評価を気にして個性を潰してしまうのは愚の骨頂だ。


 人と違う、それが悪いわけではないのに――。


「にーぬまは、負けない! ハンマー使いの魔法少女は、にーぬまだけなんだから!」


 魔法少女らしくないと気に入らなかった時期もあったが、そんな文句を言ったらゴムボールやロープもどうなんだという話になる。

 それぞれが個性を持ち、自分なりの戦い方を見つけている。


 いいではないか――、ただハンマーを振るうだけでも。


 奇抜なことをしたから良いわけでもない。

 遙か昔から存在する原始的な道具で、受け継がれてきたその攻撃方法は、確実な結果が残せると保証されているという意味もある。


 誰もが一度は必ずしたことがあるその行動において、やはり最高峰は新沼だ。


 それだけは、誰に遠慮することなく、誇っていい。


 自信を持って、いいのだ。


「にーぬま、がんばれっっっっ!!」


 小さな少女の応援に、魔法少女が応えた。


「――――っ、がんばるっっ!!」



 ハンマーを両手で握り締めて、腰を落とした。

 力強く一歩、片足を前に出す。


 大振りでゆっくりに感じるような挙動だったが、巨体の拳と衝突した際、新沼のハンマーは最も力が伝達している瞬間だった。


 頭で考えていたらきっとタイミングがずれていただろう。

 考えておらず、感覚だけでタイミングを合わせたのだ。


 理論ではない、新沼の真骨頂は、直感である。


 インパクトの瞬間、音が消えた。


 そして、轟音が映像よりも遅れて聞こえてくる。


 爆風が周囲の瓦礫を八方へ散らせ、巨体の体が斜め上へ舞い上がった。


 両足が地面から離れ、巨体の背中がなに一つない真っさらな地面に叩きつけられる。


 勝者はただ一人。


 一歩も動かなかったその場で立ちながら、額から流れた汗を腕の甲で拭って、――ふぅ、と息を吐く。

 亀裂の入ったハンマーを、どんっ、と地面に置いた。


「――気ん持ち良いっ!」


 と、勝者が一言だけ、そうこぼした。

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