第16話 鹿之助(後編)

 山中鹿之助の墓がある、岡山県高梁市から、中国山地を越えて、下道でおよそ2時間半。


 田舎の山道をひたすら走る。国道180号だった。

 もっとも、田舎道で、交通量も少ないから、順調に進んだ。


 バイクでのツーリングにとって、この「交通量」というのが、重要になる。交通量が多く、また信号機が多い都会では、それだけでバイクを停めたり、走らせたりが多くなるから、シフトチェンジを多用する、俺やいろはさんのようなミッションバイクには、ツラいのだ。


 だから、この道はあっという間だった。


 やがて、岡山県から島根県に入る。


 たどり着い場所は。


 月山富田がっさんとだ


 と言った。

 ここもまた、テーマパークでもなければ、天守閣がある派手な城でもない。


 月山富田城は、中世の山城やまじろだった。そして、山中鹿之助が仕えた、山陰の雄、尼子氏の本拠地だった場所だ。


 麓の駐車場にバイクを停め、山城を登りながら、彼女は説明する。

「尼子氏ってのは、戦国時代初期に、大内氏と覇を競っていてね。特に尼子経久つねひさという武将は、あの毛利元就が恐れるくらい、すごい武将だったのよ」

 

 結局、俺が説明するより早く、彼女が説明していた。

 まあ、こういうところも彼女の魅力だとは思うのだが。


「まあ、結局、その大内氏が衰退して、毛利氏が中国地方の実権を握り、経久の跡を継いだ、孫の晴久はるひさが、元就の謀略の前に、尼子氏を衰退させてしまったんだけど」


 この辺りのことは、一応調べてはいたが、やはり俺の浅い知識より、彼女の方が詳しいようだった。


「そして、その晴久の子の義久の代に、仕えたのが山中鹿之助。でも、その頃になると、もう尼子氏に力なんてなかったのよ」


「だから、鹿之助も伊達政宗と同じく、生まれた時代遅すぎたんだね。もし、もっと早く生まれてたら、もっと活躍できたかもね」


 やがて、山道の途中に見えてくる銅像があった。


 槍を脇に抱え、甲冑姿で、両手を合わせて祈っている。

 これが有名な山中鹿之助の銅像だった。


 鹿之助が月に向かって「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」と祈ったという伝承から来ている。


 近くに案内板が建っている。


 そこには、

「山中鹿介しかのすけ」と書いてあったが。


 いろはさんによれば、昔は、その辺の記述が曖昧だから、史料によって色々な表記が混在していたから、だそうだ。


 つまり、鹿之助も「鹿介」、「鹿之介」な複数の表記が混在している。


 そこからは、城跡の敷地内にある「山中御殿ごてん跡」を見に行った。

 ここには、立派な石垣があったり、遠く見渡せる空間になっていた。


 一通り、山中鹿之助関連の史跡を回ったが、俺はもちろん、まだいろはさんと一緒にいたかったし、回りたい場所もあった。

 そして、彼女に伝えたいこともあった。


 だからなのだろう。


 もうここから先は、ほとんど思い付きだけで行動していた。


「いろはさん。せっかくここまで来たので、出雲大社いずもたいしゃに行きましょう」

 自然とそう言っていた。


「出雲大社って、あの有名な。いいね、行ってみたい!」

 元々、京都の清水寺、南禅寺や伊勢神宮でもそうだったが、寺や神社みたいな古い物が大好きな彼女は、なんの躊躇もなく、賛成してくれた。



 月山富田城からは、下道で約1時間30分。


 俺たちは、かつて「神話の国」とも呼ばれた「出雲国いずものくに」の中心、出雲市にある、巨大な神社、出雲大社に到着した。


 参拝前に、遅い昼食を取った俺たちは、いよいよ参拝へと向かう。

 実は出雲大社は「縁結び」の神がいるとかで、それにあやかる気持ちも俺にはあったのだが。


 最初に大きな鳥居をくぐり、緩やかな下り道の参道が現れる。ここは「勢溜せいだまり」といい、本殿への登りの参道が当たり前の神社において、非常に珍しい下りの参道なんだとか。


 いろはさんは。

「出雲大社って、いつ頃建てられたか、知ってる?」

 楽しそうにこちらを見て微笑んだ。


「いいえ、知らないです」

 そう言うと、


「実は私もしらなーい」

 と笑いながら言っていた。


 彼女によれば、出雲大社は「日本神話」時代から出てくるから、正確な創建時期というのは、今もわからないそうだ。

 ちなみに、「出雲大社」は「いずもおおやしろ」が正確な言い方だとか。言い方まで古い。

 それくらい、歴史の重みを感じる空間だ。


 下りの参道の途中、右側に見えてきたのが「祓社はらえのやしろ」と呼ばれる小さな社だ。


 ここは名前の通り、罪や汚れを落としてくれる場所だそうだ。

 二人で参拝して、さらに奥へ。


 松の参道を渡り、手水舎ちょうずやで手を清め、銅の鳥居をくぐり、境内に入ると。

「かわいいー!」

 突然、いろはさんが走り出した。


 その先にあったのは、石で出来た兎の銅像だった。

 しかもこの銅像がいっぱいある。


 やはりこういう可愛い物に目がないのは、女の子っぽい。


「これ、因幡いなば白兎しろうさぎがモチーフだね」


 そういえば、聞いたことがある。確か「古事記」だったか。相当、古い日本神話にその白兎の話が出てくる。

 俺は、その話の内容自体、あまり覚えてないが。


 ちなみに、因幡国いなばのくには今の鳥取県東部だそうだ。


 そして、拝殿、本殿へ向かう。


 一通り、お参りした後、本殿の裏にある「素鵞社そがのやしろ」に向かう。

 ここは神話にも登場する「スサノオノミコト」が祀られており、パワースポットになっているそうだ。


 実は、それまで、ずっと俺に、この出雲大社のことや、日本神話にまつわる話を、いろはさんがしてくれていたのだが、俺は正直、上の空だった。


 それより、今はこれから起こるであろう、一大事に向けて、策を練っていたのだ。

 つまり、俺は彼女に今日、「告白」する。


 具体的に、どこでどう告白すれば、一番いいか。そして何と言えばいいか、色々と考えを巡らしていた。


 だが、そんな上の空の俺の様子に、彼女は気づいてしまったらしい。


「鹿之助くん。ちゃんと聞いてる?」

 少し不機嫌になってしまい、逆に距離を感じる有様だった。


 さすがにこれはマズい。


 そう思った俺は、参拝を終えた後、彼女に切り出した。


「いろはさん。ちょっとだけ付き合ってくれますか?」


 そう言って、バイクを先導する。


 そのまま、出雲大社の脇を抜け、北に広がる山道をどんどん進んで行く。彼女は黙ってついて来てくれたが、どうも不安そうな表情を浮かべていた。


 やがて、山道が切れると、海が見えてくる。


 さぎ浦マリーナ


 と呼ばれる、そこは、キレイな海が広がるが、ただの浜辺だった。

 だが、田舎だし、人影も少ないし、静かだった。


 時刻は夕方5時頃。まだ陽は沈んでなかったが、だいぶ西日が地面に当たって影を作っていた。


 俺はバイクを停めて、海岸に降りていく。


「こんなところに何かあるの?」

 と、聞きながらも、彼女はついてきた。


 幸い、人影はない。

 チャンスだった。


 俺は、ようやく意を決する。

「実は、いろはさんに伝えたいことがあって」

 そう言うと、彼女は、


「うん。なあに?」

 と、明るい声で頷いた。


「本当はもっと前に言いたかったんですが、なかなかチャンスがなくて……」


「うん」


「その……。初めて会った、武田神社でのこと、覚えてます?」

 俺は、ストレートに言うつもりだったのだが、何故かそんな言葉が口を出ていた。まあ、ヘタレなのかもしれないが。


「もちろん、覚えてるよ」


「あの時、あなたに偶然、会えたから俺は『歴研』に入れたし、歴史にも興味を持てるようになったんです。ありがとうございます」


 ああ、本当はこんなことを言いたいわけじゃないのに! と思いつつも、まだ振り切れていない俺だった。


 すると、彼女は。


「それは私も同じだよ。あの出会いがあったから、今があるんだし、バイクの楽しさも君に教えてもらったしね」


 そう言って、自分のバイクを振り返った。


「バイクに乗ったこと、後悔してませんか? なんだか、俺が巻き込んでしまったみたいで……」

「そんなことないよ」

 言い終わる前に、遮られた。


「えっ」

「だって、君のお陰で、こんなにも楽しいことがあるってわかったんだから。歴史探索も、バイクも、そして今回の旅も……」


 彼女は、そう言って、一歩俺に近づいてきた。

 そして、俺に、探るような目つきをしてみせた。


 これは、試されている?


 ようやく、俺は本来の目的を達成しようと動く。


「いろはさん」

「はい」


 何故か、「うん」ではなく、「はい」と緊張したように口にする彼女。


 初めて会った時は、変な人だと思ったし、姉にも「変わり者」だから注意するように言われたけど、実際は全然そんなことはなかった。


 彼女は、いつだって前向きで、歴史が大好きで、好奇心旺盛で、自分に正直な娘だった。おまけに怖がりで、可愛らしい一面もある。

 俺は、そんな彼女だからこそ、彼女のことを好きになっていったんだと思う。


 そんなことを、思い出していた。


「好きです。付き合ってください」


 その一言を言うだけで、ものすごく勇気と体力を使い切った気がした。


 少し間があってから。


「嬉しい……。ありがとう」


 いろはさんは、少し目を潤ませるようにして、俺を見つめ、そして。


「本当はね。君のその言葉をずっと待ってたんだ、私」


「えっ。嘘?」

「嘘じゃないよ。さっきも言ったように、あの出会いは運命だったんだよ、きっと。私は君に出会えて本当に良かったと思ってる」


「それじゃ?」


 すると、彼女は、上目遣いで俺を見つめながら、


「もちろんOKに決まってるじゃない」


 そう言って、目を閉じた。


 陽が傾き、その夕陽が徐々に海を染める中、俺たちのシルエットが重なった。

 短い口づけだったが、初めて知る女の子の唇は、想像以上に柔らかいものだった。


 頬を赤く染めながら、彼女はこう言った。


「歴史と恋愛は、昔から切っても切り離せない関係なんだよ。これからも一緒に歴史探索しようね」


 その横顔が、日本海に沈む夕陽に照らされて、最高に可愛く見えるのだった。


                (完)

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れきけん 秋山如雪 @josetsu

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