第71話 無駄な手間
それから一週間ほど、俺たちは無駄に忙しい日々お送ることになった。
理由はもちろん、俺たちが主軸になって叛乱軍を追い払ってしまったからだ。
主軸となって動き、作戦を練ったのはエリンなのだが、実行役の俺やミュトス、セラスだって無関係ではない。
行動の詳細や、商業ギルドの資金を横領していないか収納魔法の内部探査まで、様々な作業を押し付けられることになる。
「まぁ、私の収納空間はシノーラさんのと同じインベントリーなので、中身を見られることは無いんですけどね」
「シーッ!」
検査官の前でぼそりと言い放つミュトスの目は、少し剣呑な光を浮かべていた。
どうやら疑われたことと、あまりの忙しさに精神がささくれ立ってきているようだ。
ミュトスが本気で怒りだすと、冗談ではなく世界の危機なので、検査を担当する人にはもう少し気を使ってもらいたい。
まず収納魔法だが、この魔法は基本的にこういった探査系魔法を妨害することはできない。
なので、門番などはこの探査魔法で中身を審査し、密輸などの不正行為に対処するようになっている。
もちろん魔法の構築式を改造してしまえば、これを阻害する収納魔法を作ることは可能なのだが、魔法改造というのは非常に高度な技術が必要となる。
多少の改変は可能らしいが、新たに妨害式を組み込むというような、高度な改変はできないという話だった。
ミュトスによれば、現在この世界で構築式改変を行える者は存在しないらしい。俺を除いて。
そんな情報に意識を向けていると、俺の収納空間の審査が終わったらしい。
手間を取らせたことを、検査官が詫びてくる。
「手を煩わせてしまい、申し訳ありません。確認完了しました。しかし肉ばっかり入ってますね?」
「いやー、とりあえず食えれば生きていけますから」
「そういうものですか?」
俺は偽装用に収納空間内にサベージボアの肉を詰め込んでいた。それを見た検査官の感想だ。
インベントリー内にしまっておけば検査官では見破りようも無いのだが、それだと逆に不審に思われてしまう。
収納魔法を習得し、そこに適度な荷物を詰め込んでおけば、疑われることも無いだろう。
俺の収納空間はサベージボアの肉などが大量に入ったままなので、こういった感想を持たれても仕方がない。
「おや? 収納量は多いのですけど、意外と中身が少ないですね」
「ええ。ここに来るまでに大量の荷物を預かっておりましたので」
「ああ、そう言えばグリフォンを収納してきたのはあなたでしたか!」
「はい。代わりの荷物はまだ買い足していないままでしたので、すっからかんですわ」
「それは申し訳ないことをしました。ご購入の際はぜひ商業ギルドへ」
「商売がお上手ですこと」
にこやかに検査官に対応しているミュトスだが、言葉の端々に妙な棘を感じてしまう。
検査官は気付いていないようだが、隣にいた俺は背筋から冷たい汗が流れ落ちていた。
これは特訓の時によく見る、ドSの目だ。
一方、表向きは賑やかで和やかなミュトスとは違い、セラスの検査官は沈黙していた。
「……………………」
「おい」
「……………………検査終了ですよ」
「なんとか言え」
「これからも頑張ってください……うっ」
セラスを担当した検査官は、そのあまりの収納量の少なさに言葉をなくし、セラスに励ましの言葉をかけていた。
わざとらしく目頭を押さえてみる小芝居付きだ。
「なにが言いたい!?」
「いえ、私からはこれ以上は何も……言わせないでください」
「貴様ァ!」
明らかにからかわれているセラスだが、検査官もそれは承知の上らしい。
そもそも、大勢の旅人を審査する彼らからすれば、セラス並みに魔力が少ない旅人を見ることもあるだろう。
セラスは見かけが幼く、検査官から見れば娘くらいの歳に当たる。
そんな可愛らしい彼女を少しばかりからかいたくなる気持ちも、よく分かる。
「ほら、セラス。興奮しない」
「でもコイツが!」
「からかわれてるんだよ。分かれ」
「プッ、クククク――いや、失礼しました」
俺が仲裁に入ったことで、ようやく謝罪の言葉を口にする。
そこでセラスは、自分が弄ばれていたと悟っていた。
「むぅ、性格悪いぞ」
「いや、これほどまっすぐに反応を返してくれるお嬢さんも珍しくて、つい」
「セラスはからかいやすいから、気持ちは分かります」
「ええ。それにまた、反応も可愛らしくて。子猫が威嚇しているみたいですね」
「気持ちは分かりますが、こう見えて腕は立つから、程々にしてくださいね?」
「承知しました。以後気をつけましょう」
そんな会話をしつつも、俺たちは検査を終えていた。
もちろん何か問題があったとしても、ミュトスがいればどうとでもなるだろう。
しかし、そんな面倒、できるなら起きない方が楽だ。
「すみません、シノーラさん。これも規則でして……」
「いや、わかりますよ。ましてはマルディーさんがあんなことになったわけですから」
無駄な調査を強要された俺たちに頭を下げるエリンだったが、奪ってきた金がマルディーの管理下だったことが問題となった。
そこにはつまり、表沙汰にできない金も大量に収められていたのだ。
俺たちがそういった、表に出てこないはずの不正な金を横領した可能性を疑われても、これも仕方ない話だった。
その疑いを晴らすための、今回の検査である。
「それにしても、シノーラさん。サベージボアの金をほとんど使っていないらしいですね」
「ああ。グラントさんに分け前を渡したくらいですね」
他の細々とした物を買い込んだりはしていたが、基本的にあまり使ってはいない。
これから先のこともあるし、貯蓄はできるだけしておきたいと考えていたからだ。
しかしこれが、エリンには意外だったらしい。
傭兵や猟師というのは、意外と宵越しの金を持たない者が多いらしく、金が入ればすぐに酒や女に消えてしまうという話だった。
「いや、俺酒は飲みませんし、女を買うなんて、とてもとても」
「そうですね。ミュトスさんという正妻に、セラスさんという愛人までいらっしゃるなら不要でしょう」
「あの二人はそういう関係じゃないですから!?」
「ほほぅ、シノーラさんは娼婦に興味がおありでしたか?」
「シノーラ、不潔!」
エリンの少し悪ノリした言葉を、ミュトスとセラスは聞き逃さなかったらしい。
ジトッとした視線を向けてくるミュトスに、背筋の悪寒は加速していた。
逆にセラスの視線は、散歩と思って楽しみについて行ったら動物病院に連れてこられた子犬のような目になっている。
驚愕と嫌悪と、そして裏切られたという不審。ある意味嗜虐心をそそる目である。
「二人とも、違うって言ってるだろ」
「そうなのか?」
「いやいや、セラスさん、よく考えてください。シノーラさんが村を出て二週間少々。そろそろパンパンに溜まっている頃合いです」
「な、なんだと」
「なんの話だよ!?」
「ゴルドー……いや、知人が言っておりましたよ。男っていうのは多少の『処理』が必要な生き物なんだ、と」
「クソ師匠が!?」
『言ってないから。言ったのはエルヴィラだから』
俺とミュトスの脳裏に、泣きそうなゴルドーの声が響く。
確かにエルヴィラなら、そういうことを言いそうだ。
ミュトスは純真なのに妙に下ネタ走ることがあると思ったら、あいつが情報源だったのか。
「今度、オシオキしてやる――」
『ほほぅ? それは、楽しみだ』
「スンマセン、冗談です!」
脳裏に響いたエルヴィラの言葉に、俺は反射的に土下座をして慈悲を請うた。
突然土下座を始めた俺を、周囲の者達は不審な目で見る。しかしここで謝っておかねば、後で何をされるか、分かったモノではない。
幸い土下座した方向がミュトスの方だったので、俺はミュトスに謝っていると思われたらしい。
この世界でも、どうやら女性の力は強いようだった。
神トレ! ~神様トレーニング(地獄の特訓)で異世界無双~ 鏑木ハルカ @Kaburagi
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