第70話 後始末でも一騒動
それから俺たちは、傭兵ギルドを出てエリンたちと合流した。
その後の流れは、まるで示し合わせたかのように展開する。
エリンは傭兵たちを雇い、商業ギルドと門の奪還を依頼していた。
対して叛乱を起こした兵士たちは、潮が引くように町から退却を行い、ほとんど戦闘らしい戦闘も行われないまま、この町の叛乱は終了してしまったのである。
おそらくはあの軽薄そうな男の指揮だろう。おかげで叛乱軍にロクなダメージを与えられないまま、撤退を許してしまっていた。
「あの野郎、ちゃっかりしてやがるな」
俺は宿に戻って会議しているところで、思わずそう口にしてしまった。
この町の主要人物を集めたとはいえ、俺たち三人とエリン、リチャード、ネルソンの三人ともう一人の男しかいない。
横に広い体格の、ぶっちゃけて言うと太った男――商業ギルドの代表者らしい。
「シノーラさん、指揮官を見たんですか?」
「ええ。こちらの奇襲に瞬時に対応する、結構腕の立つ男でした。あと、真っ先に逃げを打ったところを見ても、食えない男みたいですね」
「ああ、奴はオーヴァンと呼ばれていましたね。王都の第七騎士団に所属している、部隊長の一人とか」
「第七騎士団……それが今回の叛乱の?」
「リチャード様の話からすると、そのようです。かなり腕が立つと聞いていましたが、よく無事でしたね」
「ええ、まぁ」
俺がエリンと話していると、セラスが自慢げに胸を張っていた。
なんでお前が自慢げなんですかね?
「シノーラの腕は私の想像を超えていたぞ。私は地上の掃討くらいしか手伝えなかったけど、それはもう敵をバッサバッサと……」
「当然です、私が仕込んだのですから」
「なにっ!?」
「正確には、私のむす……いえ、その」
まさかこの見た目で子持ちだなんて口にしたら、さらに混乱が巻き起こってしまう。
いや、創世神だから、実際に出産したというわけではないのだろうけど、まさかそんな存在とは皆も思うまい。
それを配慮したのか、ミュトスは言いにくそうに口篭もった。
しかしそんな俺たちを無視して愚痴を漏らす存在がいた。
「いや、助けていただいてこういうのもなんですが、ギルドの金庫に手を付けるのはどうかと思いますがねぇ?」
「マルディーさん、今回に関してはそうも言ってられなかったのですよ」
「あなたの主張も分かりますが、規則は規則なんですよ」
「今回の資金回収に関しては、領主の私からの依頼ですので」
「リチャード様。それはさすがに、越権行為が過ぎるでしょう?」
このマルディーという男、商業ギルドの代表ではあるのだが、自分の富の確保に非常に熱心な模様。
自分の財に勝手に手を付けられたことで、かなり苛立たしい思いをしている様子だった。
そりゃ確かに、自分の金に手を付けられたのなら、彼の主張も理解できる。
しかしあの金は個人の金ではなく、ギルドの資金だ。
商業ギルドもこの町に支部を出す以上、領主であるリチャードの意向は、おいそれと無視できないはず。
「もちろん越権は承知しています。ですが商業ギルドも町があって初めて存在できるものでしょう? その町が危険となれば、多少は融通してもらいませんと」
椅子の上に仁王立ちになって、今回の行為の正当性を主張するレッサーパンダ。もといリチャード。
その奮戦は非常に頼もしいが、背後から忍び寄ろうとするミュトスに、ぜひ気付いてもらいたい。
「ミュトス、ステイ」
「ああっ、モフモフが……至福の毛皮が……」
俺はミュトスを羽交い絞めにして制止し、彼女の暴挙を食い止めた。
その様子を見ていたセラスがなぜか腕を水平に上げてT字の姿勢を取る。
「セラス、なんだそのポーズは?」
「私もぜひ背後から抱きしめてもらいたいと思う所存」
「言葉遣いがおかしくなっているぞ」
どこか顔を赤くしてそう主張するセラスの頭を、軽く小突いておく。
明らかに彼女の主張とは違う仕打ちなのだが、なぜかセラスは嬉しそうにしていた。
ともあれ、町から叛乱軍は追い払われ、狙いだった邪神の眷属も退治してある。
この町でやるべきことは、もう終わったと判断できる。
「ほら、ミュトスも。こんな状況でふざけるんじゃないよ」
「むぅ、仕方ないですね。とっととこの茶番を終わらせるとしますか」
「終わらせるって……?」
俺の言葉を待たずにミュトスはリチャードの元に歩み寄ると、一枚の羊皮紙を彼に手渡す。
「失礼、リチャードさん。少しよろしいですか?」
「すみません、ミュトスさん。今取り込んでいまして」
「それは重々承知の上です。それらを解決するためにも、ぜひこの書類に目を通していただきたいわけですよ」
「書類?」
そう言ってリチャードは、ミュトスの差し出した書類に目を通す。
最初は訝し気に目を通していたリチャードだが、ミュトスがその書類の一角を指差すと、その視線が急に厳しいものとなる。
いや、レッサーパンダな見掛けなんだけど。
「決算書? ですが――ん、この数値は!?」
「お分かりいただけただろうか……では、もう一度ご覧ください」
「いや、そんな小ネタは良いから。てかそれが分かるのは俺くらいだろ」
ぺしんとその後ろ頭を平手で叩くと、ミュトスが振り返って不満そうな視線を向けてきた。
それを無視して、俺は彼女が差し出した書類に目を通す。
「その書類が、どうかしました?」
「いや、この取引、計算が間違って……それに公共事業なのに私は許可した記憶が?」
「え? それって」
「架空請求? しかも計算をわざと間違えて割り増し請求――ですか?」
リチャードの言葉を受け、エリンが結論を導き出す。反面、マルディーの方は蒼白な顔色になっていた。
「い、いや、その書類は――その、私も預かり知らぬことでして」
「ここにあなたの蝋印が押されていますが。これは商業ギルド長の証ですよね?」
「わ、私は知りませんぞ! 偽造の可能性だってある!」
垂らした蝋に印鑑を押し当てる蝋印。本来は手紙や瓶などの封に使われるものだが、羊皮紙などに印鑑代わりに使われる例もある。
そしてその印は家紋や職業を表すものが多く、偽造されにくいように精緻な細工が施されている場合も多い。
今回のモノも、商業ギルドの代表者を意味する、細かな細工が施されていた。
「商業ギルドの印章がそう簡単に偽造されてたまりますか。それにこれはギルドの金庫に収められていた物。つまりあなたの手で収められたものですよ」
ギルドの金庫には、現金以外にも、今回のような重要書類などもしまわれていた。
その他にも、外に出せないような書類や現金、金塊や品も多数入っているはずだ。
言うなれば、これらは『危険な品』である。これがギルドの代表者であるマルディーを経由しないで出し入れされることは、決してない。
つまりこれは、マルディーの意思で隠された品と言えた。
「こ、これは……その、私は……儂は知らん! 知らんぞ!?」
「どうやら詳しく詮議する必要があるみたいですね」
「クッ、そこをどけ!」
とっさに逃げ出そうとしたのか、出口に向かって突進しようとするマルディー。
しかしその先には、不幸にも俺とセラス、そしてミュトスがいた。
そんな素人の突進をまともに喰らう俺たちではない。
「きゃっ!?」
前言撤回。ミュトスを除く。
ミュトスが突き飛ばされ、セラスによって受け止められる。
俺はそれを見届けてから、剣の鞘をマルディーの足に引っ掛けた。
足をもつれさせ、盛大にスッ転ぶマルディー。その背中に、俺はそっと足を乗せた。
「ぐぬっ、放せ! その足をどけろ!?」
彼としては、不思議に思えることだろう。
大して強くもなく背中に乗せられている足に、完全に動きを封じられていることが。
これも、ゴルドーの教えのおかげである。身体の重心を制御することで相手の動きを抑え込む技術だ。
「どうかしましたか!」
そこへ傭兵ギルドの代表者、ネルソンが部屋へ駆けこんできた。
十数人の傭兵たちをこの宿に収納することはできなかったが、彼だけでも隣の部屋に待機してもらうことで、リチャードたちの護衛としてもらっている。
おかげで俺たちの部屋は彼に占拠されてしまっていた。
「汚職が発覚してこの有様です。ネルソンさん、彼を確保してください」
「ハッ、承知いたしました」
手慣れた手つきでマルディーを拘束するネルソン。叛乱軍も追い払ったし、ついでに商業ギルドの腐敗も一掃できた。
これで心置きなく、先を急げるというモノだった。
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