解決編②

「どういうことも何も、ベータさんを殺した犯人は沙織さんだからだよ」

「はあ?」

 はあ? の大合唱。みんな言った。その反応に対して俺も言った。

「だって俺見たもん。沙織さんがあの二階で死んでる男を花瓶でめっためたに殴って、殺して、花瓶の中の水をぶちまけて窓際の足跡を消して、そして窓の外に出て逃げてったの」

「え、何言ってるの、仗介くん」

 沙織さんの動揺。探偵気取ってたところから急に犯人にされるんだもんな。そりゃ動揺するよな。

「部屋に侵入方法は見てないからわからないけど、たぶん窓からだろ。鍵がかかってなくて、中に入って、後ろから不意打ちでぶんなぐって倒して、馬乗りでタコ殴りにして、そして花瓶の水で窓際の自分の痕跡を消して、窓の外に出て梯子で降りて逃げた。そんだけの話だろ。なんかごちゃごちゃ面倒なこと言ってたけど、あんたが窓から入って窓から逃げたっていう事実のほうがよっぽど話としては簡単じゃないのか?」

「それ本気で言ってる? 窓には鍵がかかってたんだよ? どうやって窓から入って、窓から出たの?」

「だから鍵なんてかかってなかったんだって。少なくとも沙織さん、あんたが外に出るときは。やもりさんは部屋の前を通る人間を見ていないし、弘大さんと波人さんは階段で上に昇る人間を見ていないんだろ? そしてあんたはやもりさん以外で外に出ている唯一の人物だ。外に出たのは窓から入るためで、入るときはバケツをひっくり返したような雨が降ってたから足跡なんて消えたんだろ。でも外に出たときは雨が降ってなかったから足跡が残った。やもりさんがそんな偽装工作なんて面倒なことしなくても、一方通行で足跡がついてるのはそんなとこだろ」

「だから密室についてはどう説明するっての! 仗介くん、あなたの言っていることは支離滅裂だわ!」

「密室じゃねえって! だって俺が鍵閉めたんだから!」

「え?」

 あ、言っちゃった。ま、いっか。とりあえず俺にとっちゃ暇つぶしだし。一期一会だ。ほんとのこと言ったところで別に誰も迷惑するわけじゃない。むしろ能力の存在を知った彼らの人生がこれから劇的に変化する可能性だってあるだろ?

「君が鍵をかけたってどういうことだい?」

 全員がぽかんとしている中、弘大さんがいたって冷静な感じで尋ねてきた。

「いや言葉通りだよ。雨降ってたから俺ってば最初ベータさんの部屋に雨宿りで入ったの。でもそのときちょうど沙織さんが殺してたんだよ。そして窓から逃げたから俺が面白がって窓を閉めた。どうなるかなーと思って。でも思ってたより面白くなかったな。地味だったし、ただ犯人を見つけるためなら人間関係がどうとかこの事件の背景がどうとか描写しきれないもんな。まあ、暇つぶしにはなったからよかったけどさ」

「殺人事件を見た、って、窓の外から見たんじゃなくて、部屋の中から見たのかい?」

 編集長。少し冷静さを取り戻したみたいだ。

「部屋の中でに決まってるだろ。雨降ってんのに、ってか二階なのに外から中の様子わかるわけないじゃん空でも飛ばなきゃな」

 まあ俺は飛べるけど。

「じゃあ二階なのになんで君は中に入ってるのさ!」

 叫ぶやもり。いやいや、あんたが犯人じゃないって指摘してあげたのに何その敵を見るかのような表情。

 しょうがないな、出血大サービスだ!

 空間移動。右に二メートル。全員唖然。いや、呆然か。

「俺、こういう力持ってるから。二階でも部屋に入れるの。能力名は空間移動。字名はジョーカー。暇つぶしにそこらへんを旅してる人間さ。自己紹介が遅くなった」

「え、君は今までここにいたのに、気がついたらそっちのほうに――」

 弘大さんがかろうじて声を出せた。沙織さんは絶句。どころか顔が青ざめてる。もう一度見せてやるか。空間移動。ホールの端にあった椅子に座る。

「そういえば、今の話で俺が犯人を指摘したことになるよな? 『犯人はお前だ!』って。ってことは俺がこの事件の探偵役だった、ってことでいいのか? なんだったっけ。エジソン? サムスン? とにかく助手役なんて地味な役回りは最強のジョーカーを名乗る俺にはふさわしくねえ。俺はやっぱ探偵、主役でなきゃな。スピンオフならなおさらだ」

 けらけらけら。笑う。でも俺以外誰も笑ってない。あ、これもうお開きの時間だな。

「に、人間じゃない」

 すごく普通の人間の反応を見せる犯人の沙織さん。ごめんよ、俺、本当はあんたがベータさんを殺した理由だとか、逆にやもりさんを間違った推理で犯人に仕立て上げようとした理由だとか、そういうのもっと聞きたかったけど、もう答えてくれないだろうな。君は。俺の空間移動にもう意識が完全に持ってかれてるもんな。

 波人さんが外を向いた。みんなそれにつられて玄関扉を見る。バイクの音だ。爆音。止まる。数秒後、玄関がバン! と開く。ヘルメットにライダースーツの女が立ってた。

「迎えだ。じゃ、そういうことで。犯人は沙織さんってことで。あとは煮るなり焼くなり好きにしてくれよ。また殺人事件があったら――いや、殺人事件が起きそうだったら俺を呼んでくれよ。犯人あてなんて面倒なことしなくても犯行の瞬間を実際にこの目で見て犯人捕まえてやるから。あ、でも俺ってば携帯電話とか持ってなかった」

 空間移動。ライダースーツの女の前へ。

「迎えありがと。あきよさ――」

 げんこつ。

「人前で魔法使ってんじゃねえよ馬鹿!」

 怒鳴られた。首元掴まれた。引っ張られた。

 何がなんだか全然わかってなさそうな五人の登場人物に手を振ってたら、あきよさんが足で乱暴に玄関扉を閉めた。行儀悪いぞ。

「人前で魔法使うほうが行儀が悪いだろ!」

 ちょっと待って、これ魔法とかいう概念がある本編じゃないから。俺が主人公になったスピンオフか何かだから。魔法なんて言葉使わないで。観客が混乱しちゃうでしょ。

「うるせえ。ってかなんでまた急にかっこつけなくなったんだよ」

 いやこっちのほうが楽だからさ。ってかかっこつけないとかそんなシャレたメタ発言しないでよ。

「お前にメタとか言われたかねえよ」

 えー。でもさ、かっこついてないと地の文ってのになるんだぜ? こうやって表現された文は全部事実で嘘は含まれないんだぜ? すごくね?

「なんだそれ。お前の言うこといつも嘘ばっかじゃん。そんなことすんなよ」

 つれないなあ、あきよさんは。でもいい暇つぶしになったぜ、ここでの出来事。

「何があったんだよ」

 俺が探偵になった。

「はあ? 探偵? お前が?」

 そうだよ。俺が犯人はお前だ! って真犯人を指摘したの。俺の能力を使ってな。空間移動でよ。そうだな、空間移動する探偵だから、あきよさんもこれから俺のことを空間移動探偵ジョーカーって呼んでもらってもいいぜ。

 ちなみにさっきの事件の補足をすると、仮に鍵が閉まってなかったとすると、逃走経路が窓ってのが復活するから、①窓から入って窓から出る、ってのと③扉から入って窓から出る、っていう選択肢が復活する。③扉から入るという選択肢は、あらゆる条件を鑑みるとやもりさんしか選べない。窓から侵入の場合の犯人は外に出たやもりさんが沙織さんのふたりになる。梯子があった小屋の中はかなり濡れていたので、雨が降っている最中に梯子が持ち出されたことになる。それだけで沙織さんが犯人になるな。なんだ、すごく簡単じゃないか。やっぱり悪いことはするもんじゃないぜ。

「だからなんだよ。誰がお前のことを探偵なんて呼ぶんだ馬鹿か。だいたい私、お前のことジョーカーとも呼んだことないだろ」

 あきよさん、ヘルメットの向こう側から俺をにらまないでくれ。怖いよ。

 ああ、この人は星野あきよって言って、めっちゃ強い人なの。もちろん俺みたいな能力持ってるけど、別にこの話には関係ないから省略な。バイクで全国を旅してて、俺と出会って、今こうやってまた放浪してる。ま、俺が空間移動で移動してあきよさんはバイクだけど。

「またどっかフラって消えたら今度は捜さないからな」

 またまたー。あきよさん、俺のこと大好きだからこうやって捜しに来てくれるでしょ?

「調子にのんな」

 また殴られた。

 バイクでさっと走り去るあきよさん。次はあっちの方角かー。また追いかけながら次の暇つぶし捜さないとな。たぶんあきよさん巻き込んだほうが今度は面白くなりそうなんだよなー。あの人もトラブルメーカーだから。

 空間移動。上空へ。殺人事件が起きた館が小さい。空間移動、あきよさんのバイクの見える空へ。館は見えなくなった。

 じゃあ次はどうしよっか。暇は大敵。俺は城ケ崎仗介。知ってのとおり、世界で二番目に嫌いなのは退屈だ。え、一番嫌いなものは何かって? そんなの決まってんだろ、スマホの画面自動回転機能だよ。

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空間移動探偵ジョーカーにとって暇つぶしの事件 江戸川雷兎 @lightningrabbit

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