解決編①
呼び出された四人。待っていた沙織さんと俺。どうやらこの中に犯人がいるらしい。
「犯人はわかったわ。この中にいる」
沙織さんが堂々と宣言する。探偵みたいだ。でも本業は探偵じゃないんだよな。探偵役か。俺だって職業ワトスンじゃないし。
「いっぱしの探偵を気取りやがって」
軽口をたたくのはやもりさん。ほんと仲悪い。こういうときくらい黙っとけばいいのにな。
「つまらない推理を披露したらただじゃおきませんわ。せいぜいわたくしをしっかり楽しませなさい」
「あなたが探偵をやった場合よりはうまい推理ができたと思うよ、翔子さん」
そう言って沙織さんはなぜか弘大さんのほうを向いてウインク。勝ち誇ったように。女の考えてることはわからんな。俺の相棒も女だけどあの人何考えてんのか全然わからんもん。
「それは消去法?」
「消去法なんてそんなつまらないことはしない。右後頭部を執拗に殴られて殺されたからって右利きの人間が犯人で左利きの人間は犯人じゃないなんてことはしないし、オートロックの部屋に入って殺人ができないから密室恐怖症の人間は犯人じゃないとか、そんなことで最後に残った人間を犯人として指摘したりするような犯人あてはしないわ。今回の問題は密室にあったのよ」
「あの密室がどうやってできたのかってのがわかったのか?」
「そうよ。それで犯人もすぐにわかった」
「どうやってできたっていうんだ。梯子で逃げたあとがあるのに窓には鍵がかかっていたんだぞ」
「簡単よ。窓には最初から鍵がかかっていた。ただそれだけの話」
沙織さん以外の全員が首かしげー。俺も首かしげる。だって最初は鍵なんてかかってなかったし、俺が鍵閉めたし。いったい沙織さんは何を話そうとしてるんだ? すっげー興味わいてきたぞ。
「犯人は窓から逃げてない。こういえばわかる? あの部屋に入って部屋から出るというルートは四種類ある。①窓から入って窓から出る。②窓から入って扉から出る。③扉から入って窓から出る。④扉から入って扉から出る。これ以外になんかある? ないよね。入り口も出口もふたつ。かける二で四通り。ここで大前提になるのは、一つ、扉はオートロックである。一つ、窓には内側でクレセント錠がかかっている。以上からひとつずつ可能性を検証していく」
「ありえないことはありえないって話ですわね」
「とんでもトリックなんてありえないの。もしもできてしまったら小説の真似をして本当に密室を作り出してこの世は密室殺人であふれかえってしまう。じゃあ現実的に密室ができるとするなら、どんな方法がある? 中から誰かが鍵をかけたしかない。犯人が逃げたあとにね。そうね、ドローンなんかを使ってなら、今の技術ならクレセント錠くらい閉められるかもね。でも部屋の中にはそんなものはなかった。人為的な力があるとすればそれは被害者だけど、殺されたあとに窓の鍵をかけることなんてできない。じゃあ犯人がとどめを刺す前に逃げて、被害者が鍵を閉めて密室状態にしてから死んだ? そんなことはない。なぜなら死体は肩当たり少し濡れていただけで、下半身は一切濡れていなかった。部屋の窓付近は濡れていたのに、それは不自然」
「窓が開いていてそれで窓近辺の床が濡れていたってこともないわけか。それで窓を閉めに行ったら、あの雨の降り方だったらびしょ濡れでもおかしくないもんな」
「そう。だから窓は最初から閉まっていた。そして鍵も殺人発生後の人為的作用があったわけでもなく最初からかかっていた。このことから、①窓から入って窓から出る、そして③扉から入って窓から出る、という可能性はなくなった。残るのは、扉から入るパターンが二通り。ここで問題になってくるのが、この館を正面から出た人、正面から入った人の話。編集長と弘大さんがホールでずっと館の入り口が見えるところにいたから二人ともに聞いてみた。館を出たのは、私と、やもりくんだけ。もしも窓から入って扉から出てっていうムーブをしたらそこに矛盾が生じる。一度外に出たはずなのに玄関を通さないで館の中に誰かが入ってきたことになるから。弘大さんと編集長の証言からそんな人間はいなかったことがわかる。つまり、③の窓から入って扉から出る、という選択肢もまたなくなってしまう。残ったのは、④扉から入って扉から出る。いたって普通の選択肢。というより、元からこれしか可能性は存在しなかったといっても過言じゃないね」
これしか可能性はなかった? それってどういうことだ?
「そのままの意味よ。密室なんて存在しなかった。オートロックの扉が開かれて――ベータさんが中から扉を開けて、それで中に入った誰かがベータくんを殺してまたオートロックの扉から外に出た。オートロックだから閉めればそのまま鍵が閉まる。一見すれば密室の完成。そうだとするなら、犯人は簡単に絞られる」
そんなふうに言い切る沙織さん。そして全員がハッとする。なんでだ。そしてひとりだけ動揺を始める。尋常じゃない震え。怒ってるっぽいな。
「冷房嫌いのやもりさんは扉を開けて過ごしていた。雨が降ってもオートロックの扉は全開だった。ベータくんの部屋に行くためにはやもりくんの部屋の前を通らなきゃいけない。でもやもりくんは『自分の部屋の前を通った人間はいない』と言った。仮にこれが本当だとするなら、④扉から入って扉から出た、という今しがた導き出した結論と矛盾することになってしまう。でも、これが嘘だとするなら、たったひとりだけ犯行が可能になる人間がいる――」
「ふざけるな!」
急に叫んだのは桜ヶ丘やもり。ついさっきから震えていた人間だ。
「ちょっと、自分が犯人だからっていくらなんでも『犯人はお前だ!』ってやる前にぶちぎれないでもらえますか?」
やもりが犯人? ……やもりが犯人だって⁉
「ぼくがベータさんを殺したって言うのか? でたらめ言うな!」
「でも今の条件下でベータさんの部屋に行けるのはあなたしかいないのよ」
「たしかにぼくは『自分の部屋の前を通った人間はいない』と言った! でもそれはぼくが気づかなかっただけじゃあないのか? 誰だってここを通ってた可能性があるだろ!」
「もしも私と翔子、一階に住む人間が犯人だったとすれば、二階に上がったことを黙っていたということで編集長も弘大さんも共犯だということになる。編集長が犯人だったとすれば編集長も弘大さんも嘘をついていることになる。弘大さんの場合も同様。そもそもあなたの部屋から丸見えなのにあなたの部屋の前を通って殺人を犯そうなんてリスキーなことをする人間がいると思う?」
「じゃあ外の梯子と、足跡はどう説明するんだよ! 明らかにあそこから逃げた人間がいるだろ!」
「別にそれは偽装工作としていくらでもできるわよ。殺したあとに外に出て梯子をかけて、逃げた方向に足跡をつければいい。水溜りは雨が降っている最中に窓が開いて犯行が行われたと見せるための偽装工作」
「じゃあなんで密室にした? もしも窓から侵入したと思わせるなら窓の鍵を開けておいたほうがいいんじゃあないのか!」
「密室で死にたくないって言っていたベータさんを密室で殺して鼻で笑うため」
「じゃあ……なんでぼくがベータさんを……?」
「翔子ちゃん取られたからじゃないの? 弘大さんもそのうち殺すつもりだったとか」
呆然とするやもりさん。急に名前が出て戸惑う翔子さん。勝ち誇る沙織さん。
「ってちょっと待ったぁ!」
誰かが叫んだ! ここいらで俺の出番だって思った俺だ!
一斉に俺に注がれる視線。俺が叫んだことに一番驚いてるのは沙織さんだ。まさか助手役が自分の推理にケチをつける気? なんて言いたげな顔だ。でももう満足だ。なるほどたしかに今の話だと俺が鍵を閉めてしまったばかりに犯人じゃない人間が犯人にさせられるな。でもそれを黙って見過ごせるほど俺はお人好しじゃあないぜ。そもそも自分で蒔いた種だから自分で収穫しなきゃなんだよ。
「いやいやいや、ちょっと待てよ。犯人がやもりさんだって? そんなわけあるか。やもりさんが犯人なわけがない」
「どういうこと?」
全員を代表して翔子さんがしゃべる。ここしばらく喋ってなかったから回ってきたチャンスを逃したくないって感じがするな。
「どういうことも何も、ベータさんを殺した犯人は沙織さんだからだよ」
「はあ?」
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