友達

まゆが小学生の時、ピンクレディーが流行っていた。

最初に覚えたのは、ペッパー警部だった。

斬新な振り付けと、ノリノリのメロディ。

歌や踊りが大好きなまゆは、すぐに覚えて、毎日、母の三面鏡の前で、歌い、踊っていた。


テレビに、ピンクレディーが出ると、それだけで、はしゃいで、歌い出す。

踊り出す。


学校でも、休み時間は、女子みんながピンクレディーの歌を歌い、踊りのわからない子には、レクチャーする。


大流行りのピンクレディー。

大好きなピンクレディー。


「ねぇねぇ、まゆは、どっちが好き?」

やえこの手には、2枚のピンクレディーのカードがあった。

一枚は、白くてふわふわのドレスのような衣装で、もう一枚は、サウスポーという曲を歌うときの、野球のユニフォームみたいな衣装の二人が写っていた。

明らかに、まゆの好みは、ドレスの方だ。

「こっち!」

と指差した瞬間、やえこはそのカードを持つ手を引っ込めた。

そして、やっぱりね、と言った顔をして、ちょっぴり意地悪く微笑むと、

「私もこっちの方が好きなんだよね。違う方を選んだら、両方あげようと思ってたんだけど、残念!」

と、両方とも、ささっと花柄の巾着袋に、片付けた。

巾着袋の中は、ずっしりとカードが入っているようで、持っている紐が、心なしか、重みで伸びているように見える。毎月、小遣いを潤沢にもらっているやえこは、ピンクレディーのくじカードが出るたび、駄菓子屋に会に行っているのだった。

まゆは、そのカードがどこで売られているのか知らないし、そんなカードがあることすら、知らなかった。ただ、やえこが、いつもいろんなピンクレディーのカードを持っているのが、羨ましかった。

それにしても、やえこのこの態度に、まゆはカチンときた。そりゃ、カードは、欲しい。一枚も持ってないまゆには、どんな衣装のカードでも、欲しいのに。

くれようとしてたのなら、どっちかくれたらいいじゃん!

まゆは、拗ねた。もう、やえこと遊ばない!


お昼休みには、いつものように、ピンクレディーの歌と踊りで、女子はロッカー側の空きスペースに集まっていた。

ぽつり。まゆは、席から動かなかった。

まゆと同じように、自分の席で、読書してる、沙織が目に入った。そっと近づく。

「沙織ちゃん、何読んでるの?」

まゆは、沙織の斜め後ろから、声をかけてみた。

「え?あ、ああ。ガラスのうさぎ。」

「ふうん・・・・。戦争のやつ?」

確か、今年の夏休みに読書感想文書くために読んだ本だったなぁ・・・。

まゆが、話しかけたのが意外だったのか、

「まゆちゃん、今日は、やえかちゃんたちと踊らないの?」

と、不思議そうに聞いてきた。

「あ、うん。ちょっとね。・・・そういう気分じゃないから。」

チラリと楽しそうに踊っている女子の塊に目をやると、すごい形相で、やえかが、まゆを睨んでいた。慌てて視線を逸らす。・・・・・見なかったことにしよう。


それから、翌日も、そのまた次の日も、まゆは、休み時間のたびに、読書している沙織のところに行き、話しかけた。口数が少なく、ずっと、おしゃべりするわけではないけれど、ぽつりぽつりと、質問や答えを繰り返す沙織との会話は、なんとなく、居心地が良かった。やえこの視線は、前にも増してきつくなってきたけれど、そんなの知るもんか。先に意地悪したのは、向こうのほうだ、と、まゆは、ガン無視し続けた。


まゆが日に日に、沙織と仲良くなっていくのを横目で見ながら、こんなはずじゃなかったのに、と、やえこは思っていた。

だって、あの時、きっとまゆは、

「そんなこと言わずにちょうだい!」

と、無遠慮に、言ってくるまゆを想像していたのだ。

でも・・・・・。まゆは、何も言わなかった。静かにやえこから、離れていった。

実は、やえこは、まゆが一枚もピンクレディーのカードを持ってないことを不憫に思っていた。いつも、自分がゲットしたカードをみんなの前で披露する時、まゆは、羨ましそうに、欲しそうに、見ている。欲しいとも、羨ましい、とも、まゆは言わないけれど、その視線からは、痛いほど気持ちが伝わってくる。

だから、被っているカードなら、あげてもいいんだけどな、と、やえかは思っていた。でも、なんとなく、普通に、あげるよ!って言ってあげられなかった。

ちょっと、もったいぶってみたかった。

やえかからもらえたことに、めっちゃくちゃ感謝してくれるまゆを見たかったのだ。

けど・・・・。なんだよ、あの態度!

あれから、口も聞かない。目を合わせてもくれなくなった。

まるで、やえこの存在をなきものにしたかのような、まゆ。

自分の浅はかな考えが、友情を壊してしまったのか・・・・。

やえこは、やっと、自分の行動が招いてしまった、まゆの怒りに気づいた。

だけど・・・・・・・

これ、どうやったら、元に戻れる?

また、仲良く、一緒に歌ったり踊ったり、できる?


お互い口を聞かなくなって一週間が経とうとしていた。

終わりの会が済んで、ランドセルを背負った時、沙織が、まゆに、

「まゆちゃん、帰る前に、一緒に図書館に、いかん?」

と、誘ってきた。

沙織から、誘ってきたのは、この時が初めてだった。

「いいよ!」

まゆは、沙織の後を小走りでついていく。

いつも、どことなく、遠慮しがちに喋る沙織。どことなく、よそよそしくて、何か見えない壁を作って、まゆが入り込む余地なし、みたいな空気を醸し出しちゃう沙織。話しかけたら、答えてくれるし、休み時間も、移動教室も、いつも、一緒にいてくれる、沙織。だけど。

やえこやさやかといるときのような、何も、考えず、構えず、「素」、のままの自分では、なかった。沙織の壁の内側に、まゆは入れない気がしていたのだ。

というか、入りたい、と、思えなかったのだ。

このまま、居心地良い空間のまま、沙織のテリトリーには、入らなくても良かった。


図書館の自習室に来ると、一番端っこの奥の席に、二人は座った。

「まゆちゃん、もう私と、一緒にいない方がいいよ。」

諭すように、沙織は言った。

「えっ?」

驚いて何も言えないまゆに

「いつも、やえこちゃんたち、私と、まゆちゃんのこと、みてるでしょ?きっと、やえこちゃんと一緒に遊びたいんだと思う。きっと、私と一緒にいるのは、気に入らないんだと思うよ。」

「そ、そんなことない、よ・・・・」

尻窄みになっていく声。そんなこと、ないわけがなかった。

だっていつも、睨まれてるもん。そのことは、流石に、鈍感なまゆでも気づいていた。沙織は、続けた。

「私は、まゆちゃんが、話しかけてきてくれて、すごく嬉しかったし、一緒にいて、すごく楽しかったんだ。でも、まゆちゃんの、本当に楽しそうな笑顔は、私とじゃ、見られなかったよ。」

そういうと、沙織は、立ち上がって、まゆの手を引いてその場に立たせた。

そして、まゆの、肩を持って、くるりと、後ろを振り向かせると、ぽん!と背中を押して、言った。

「無視してごめん、って、やえこちゃんに言っておいでよ。」

「仲直り、しておいで」


まゆは、かけだしていた。

「こら!図書室は、走らない!」

図書室の先生が、まゆに向かって叫んだ。

その声が背中の向こうで聞こえてきた。


教室に戻ると、放課後残って、カードの披露をしているやえこと、さやかがいた。

いつも、下校時刻が来るまで、やえことさやかは残っていた。

もちろん、少し前までは、その中に、まゆもいた。

だから、当然、二人がいることは、わかっていた。


扉を開くと、一瞬シーンと、静まり返った教室。

二人は驚いて、まゆの方を向いた。

「やえちゃん、ごめん。無視して、ごめん!」

言った後、なんで、私、謝ってるんだろう?と、少し後悔の念が湧いた。

だって、私、悪くないのに。


でも・・・・・。


「・・・・ごめん、こっちも、悪かった。」

と、小さな声が、届いた。

やえこの目にはうっすらと、涙が光っていた。


3人が、顔を見合わせた。

その瞬間、なんか、笑えてきた。




翌日、沙織は、楽しそうに、ピンクレディーのカードを手にして笑っている、まゆの顔を見て、笑った。


(良かったね、まゆちゃん。)


そっと微笑んでくれている沙織の背中をまゆは、見ていた。


(ありがとう、沙織ちゃん。)















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