償い
すでおに
償い
最後に熊谷裁判長が切り出した。
「唐突だが、君は
判決を聞き、俯いていた被告人が顔を上げ、裁判長を見据えた。その視線を受け止めて熊谷は続けた。
「この歌にこういう一節があります。
『いつの日か 雲の隙間から日が差し ぬかるんだ道を乾かしてくれる その日が来るのを いまはただ雨に打たれて待っている』
不幸にも、君は自らの不注意により、尊い命を奪ってしまった。しかし君は目を背けることなく事故と向き合い、反省し、遺族に誠心誠意謝罪している。その姿に嘘偽りはなく、自分の過ちと真摯に向き合っているのが伝わってくる。君はまだ若く、人生先は長い。君にもいつかこの『贖罪』のような日が訪れるよう、一歩一歩人生を踏みしめて歩んでほしい」
被告人の目から涙が零れ落ちた。涙をそのままに裁判長に向かって何度も頭を下げた。傍聴席のあちこちで嗚咽が漏れていた。
被告人は控訴せず、禁錮1年6ヵ月執行猶予3年の判決が確定した。
この説諭はマスコミで取り上げられ大きな反響を呼んだ。テレビではニュース番組や情報番組で盛んに取り上げられ、その度に流れる須田優夫の『贖罪』が視聴者の心を打ち、テレビの前で涙する人も少なくなかった。40年も前に発売された曲にたくさんのリクエストが集まり、ラジオや有線放送を通じて人々の耳に届けられた。
裁判所にはたくさんの手紙やはがきが寄せられた。「感動しました」「励みになりました」との謝辞から、「私は大切な人を失い、どうすればいいか分からずにいました。これからの人生を頑張って生きようと思いました」「人生に絶望し、死を選ぶことさえ頭に浮かんでいましたが、未来を信じて生きていきます」と歌詞に自分を重ね合わせるものまで。
「温かく見守ってあげて下さい」「精一杯生きてほしい」と被告を激励するものもあった。
熊谷は一つ一つに目を通した。自分の言説で人を救うことができた。裁判官冥利に尽きることだった。被告にも励ましの声が届くよう祈った。
その中に一通、他とは異なる封書を見つけた。熊谷が取り上げたそれは請求書だった。差出人は「一般社団法人日本音楽著作権協会 JASRAC」。
「当協会が管理する歌詞を使用された事実を確認致しました。つきましては所定の使用料のお支払いをお願い申し上げます。振込用紙を同封しましたので、期日までにお振込み下さい。」
この物語はフィクションであり、実際の法令とは異なる場合があります。
償い すでおに @sudeoni
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