第4話

 さらに翌日、日曜、本当にまたあの着信音が鳴り例の旧校舎で待ち合わせになった。

 部屋の机には遺書いしょのようなもの、ポケットには昨日買ってきた八方除はっぽうよけの御守りを忍ばせた。


 日曜の学校は部活をする生徒がいてとりあえずはにぎわっている。

 その賑わいも旧校舎に近付くとどこか遠い世界の残響ざんきょうのように空気を重くしていた。


 理科室に近付くと確かにあの時の女生徒が立っていた。

 昨日とは違い外見は青白くなく血色いい肌色をしていた。

 落ち着いてよく見ると結構可愛い顏をしているなと考えながらポケットの御守りを強く握りしめる。


「嬉しい、ちゃんと来てくれたんだ」

「あぁ、一応な」

「じゃあ、行こうか」

「あ?あぁ」


 この世に対するうらみから旧校舎の理科準備室にしばられて動けないでいる、と勝手に思い込んでいたが、女幽霊はあっさりと旧校舎から外へ出た。

 旧校舎どころか学校の敷地しきちを出て、さも当然のように歩道を歩き、駅の方までやってくると彼女はこう告げた。


「ねぇ、プリクラ撮りたい」



「なにこれ、300円じゃないの??」

「すごーい、種類がたくさんあるー!」



 姿が映るのかという言葉をみ込みながら、言われるがままにポーズを撮り、いつの間にかデートの様相ようそうになっていた。


「話聞いたんだけどさ、いじめられて金魚鉢かぶらされてたんだって?」

「あー、あれは違うの。理科準備室に閉じ込められたまでは合ってるけど、その後つまずいて転んでその先に丁度ちょうど金魚鉢があって、抜けなくなっちゃって」

「マジか、一人コントだな」

「ひどい、笑い事じゃなくて死ぬほど苦しかったんだからね?」


 気付くと俺は彼女と楽しく過ごしていた。

 相手がこの世のものではないのを忘れそうになるくらい、今までに経験したことのない周りからの視線と優越感を目一杯感楽しんでいた。


 辺りも薄暗くなりはじめ彼女を旧校舎まで送り届ける。


「今日はありがとね。お礼するはずがいろいろおごってもらっちゃって」

「いいって、気にすんな」

「じゃあ、またね」

「あぁ」


 そう言うと彼女はすうっと理科準備室の奥に消えていった。


 帰宅してベッドに寝転ぶと今日のことを思い返す。


「またね、ってなんだよ。でもちょっと可愛かったな」


 布団を抱きしめながらベッドの上をごろごろと転がる。


「やっべ、恋したかも」


 ごろごろごろごろ、


「相手なにもんだよ」


 それから彼女と毎晩電話で話し、週末には遊びに行くようになった。

 日々の学校生活は変わらないはずなのに、毎日がなんだか楽しくて夜になるのが待ち遠しい。今まで否定してきた人生が嘘のようだった。


 そんな夢のような日々が1ヶ月も過ぎると、突然彼女からの連絡がハタと止んだ。


 何か嫌われるようなことをしただろうか


 掛かってくる時は非通知なので、向こうからの着信を待つだけの一方的な連絡手段。

 旧校舎に行けば会えるのかもしれないが、担任の堂島のとりなしで停学こそまぬがれたものの旧校舎には絶対に行くなと言われていたので放課後も近づかないようにしていた。


 別に恋人でもなければ人間でもない。必ず連絡しなければいけない義務もない。連絡するかはもちろん相手の自由だが、彼女のいない生活など最早考えることができなくなっていた。この世界よりも彼女とのつながりを失うことが怖くてたまらない。きっとこれが取りかれているということなのだろう。


 そんなある日の放課後


♪~~♪~


 古い曲調の着信音、表示は非通知。彼女だ。


「よぉどうしたんだよ。最近全然連絡なかったな」

『…』

「何で黙ってんだよ」

『…なんかさ、あんたと遊ぶの飽きちゃったんだよね。もう会わないからそのつもりで。バイバイ』

「はぁ、なんだよそれ」


 プッ、ツーー、ツーー


「はあ?意味わかんねー」


 納得のいかない苛立ちを覚えながら、禁じられた旧校舎に向かった。


「おい、いるんだろ。返事しろよ」


 そう言いながら理科準備室に足を進める。暗がりに彼女はいた。


「なんだよ、やっぱいるんじゃ――」

「なんで来たの、もう会わないって言ったでしょ…」


 言葉をさえぎり、強い口調で彼女は言った。


「だから意味わかんねーって、勝手に決めんなよ」

「あたし幽霊なんだよ?会っちゃいけないんだよ」

「はあ?いまさら何言ってんだよ。俺は、絶対、ずっと、お前と一緒にいるって決めたの。幽霊とか関係ないんだよ」

「…バカ」

「バカじゃない、大真面目だ」

「…でもだめなの」

「なんでだよ」

「…最近さ、私おかしいんだ。意識が空気みたいに溶けてくんだ。気を抜くと、私なくなっちゃいそうなんだよ」


 言葉を返すことができなかった。

 目を逸らさないでいることしかできなかった。

 取り憑かれるているはずなのに、これからも取り憑いていてほしいのに、消える?どうして?


「私、この世に悔い、なくなっちゃったんだよね。毎日がすごく楽しくて、幸せな気持ちでいっぱいで、ずっと、こんな日が来るのを夢見てたから…」

「なら…だったらこれからだろ!もっともっと楽しくって、もっともっと幸せに、二人でもっと、もっと」

「ありがと…でもごめん、やっぱだめみたい。もう、消えそう…」


 薄く透き通った彼女の身体がうっすらと光る。


『ごめんね、ありがとう。大好き』


 おぼろげな笑顔で彼女はそっと俺にキスをした。





 あれから3年、あの1ヶ月は本当は夢だったんじゃないかとたまに考える。

 その後彼女のことを調べて墓参りもしてみたが、それも意味があるのか。

 でも例えあの出来事が夢であったとしてもあのときの気持ちに偽りはないし、あの後彼女の姿がカズナリに変わったけど俺の中で最高の初恋だってことだけは、間違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋する金魚鉢 @nanomate

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ