三章 中編
それから程なくして、大きな本をかかえて帰って来た。
その本は綺麗な深緑色で金色の飾り文字が施されている。
その本を手近な読書用テーブルの上に置いた宵さんは、俺たちを手招きした。ユキハの後ろについて俺もテーブルまで行く。
「たぶんこの本が、一番記憶について詳しく書かれています」
さっきまでとはうってかわって、はっきりした口調で宵さんは言い切った。
俺がぽかんと、本と宵さんを見比べていると、ユキハが笑いをこらえるようにして、俺の耳もとでささやく。
「宵はね、本のことになると人が変わるんだよ」
実に楽しそうな口調である。まあ、いわゆる本の虫というやつか。
「えーっと……」
さっそくユキハはテーブルの上で本をめくり始める。
俺もなんとなく覗き込んでみるが、本気で読む気はさらさらなかった。
それから本をめくるはらりという音が静かに鳴り続けた……と、突然その音がやんだ。
本を適当に眺めていた俺はユキハに目を向ける。
ユキハは唇を薄く開け、その開いたページを貪るように見ていた。ただならぬ雰囲気に、俺もそのページを最初から読んでみる。
「あ……」
思わず声が漏れた。
そこには、大きな見出しが二つ。
一つ目が「記憶の取り出し方」、二つ目が「外に出てしまった記憶の戻し方」。
これこそ俺たちが喉から手が出るほど欲しがっていた情報じゃないのか。
そのページには、記憶や記憶喪失についてのメカニズム、そして記憶の取り出し方、記憶の戻し方が載っていた。ページの端々には、古ぼけてはいるものの、緻密で繊細な絵も一緒に載っている。
俺は慌てて文章を読み始めたが、焦れば焦るほど文章はページの上を逃げまわっていった。
『記憶の取り出し方
まず最初に、記憶というのは脳内に翠玉に似た結晶として存在する。
その結晶を昇華させ、気体を再結晶させることで取り出すことができる。
1. アオイの花を用意する。
2. 取り出したい記憶の保持者を寝かせ、顔の上から10cmほど離して布をつるす。
3. 鍋に真水とアオイの花を入れて、記憶保持者の横で煮る。
4. 布が翠色に染まっていくので、記憶の保持者が起きるのを待つ。
5. 布を容器の上でしぼり、一週間待つと再結晶する。
これにより取り出すことができるが、記憶の保持者が取り出したい記憶について強く念じなければ、この方法は失敗する。
外に出てしまった記憶の戻し方
記憶喪失というのは、強い衝撃により記憶の結晶が昇華する現象のことを指す。記憶が気体となったものが脳内にとどまった場合は脳内の再生能力が働き、時間が経てば自然と戻るが、脳外へと出てしまった場合は、特別な処置をとらなければならない。
1. ラベンダーの花を柊の枝に結びつける。
2. 風見鶏を足もとに置く。
3. ラベンダーが枯れたら、ラベンダーを柊からはずし、柊の枝を折る。こうすれば、一週間ほどで記憶が戻る。
ラベンダーがほずれないように、きちんとリボンなどでとめる方が良い。
しかし、記憶を結晶として取り出した場合は、やり方が変わってくる。
1. 五芒星の魔法陣を書き、その中心にMの字を書く。
2. Mの字を隠すように羊歯の葉を置く。
3. 羊歯の葉の上に記憶の結晶を置き、それが完全に隠れるように聖銀121gをかける。
4. 魔法陣の円の上を、記憶を取り戻す本人が右人差し指でなぞる。
聖銀の量はきっちり121gにする。』
Rhapsody in Memory 久米坂律 @iscream
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Rhapsody in Memoryの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
箱(仮)/久米坂律
★15 エッセイ・ノンフィクション 連載中 74話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます