三章 本は人生の糧となる

三章 前編

 王立図書館に行くことなんか一生に一度もないと思っていたが、案外その機会ははやく訪れた。何があったかと言えば、あの男が家に来てから2日後にユキハが俺のもとを訪ね、開口一番に、

「王立図書館に行こう」

 と、言ったのだ。


「何で?」

 状況をほとんど飲み込めていない俺に、ユキハはあっけらかんと言った。

「私の友達に王立図書館の司書がいて、記憶についての文献はないかって訊いたら、あるって言ったから」


 なるほど。しかし、なぜ俺が行かなくてはならないのか。

「俺が行く必要はどこに?」

「とりあえず利隼も当事者だから、一緒に行った方がいいかと思って。本を借りて来て、ここに持ってくるっていう手もあったけど、その友達が記憶の文献について不思議な話があるって言うから、利隼も聞きたいかな、と思って」


 なるほど……なるほど?

「という訳で、行こう」


 ● ● ● ●


 図書館というから、もっと人気ひとけがないのを想像していたが、それなりに人が入っていた。


 ユキハは本には目もくれず、司書机に直行した。俺もなんとなくついていく。


 少ししてユキハが立ち止まり、俺も立ち止まる。

 司書机の上には本の山が陣取っていて、人の気配はない。この本の山の中に、ユキハの言っていた「記憶についての文献」があるのだろうか? というか司書はどこにいるんだ。開架書庫とかか?


 ユキハが声を張り上げた。

よいー! 出て来ーい!」

 まさか人がいるのか? すると、奥から蚊の鳴くような細く高い声が聴こえた。

「は、はい……」

 いた! ユキハは「記憶についての文献」を取りに司書机に行ったのではなく、「宵」という人物に会いに行ったのだ。


 ユキハは、司書に話を聞くと言っていたから、この弱々しい声の主・宵がおそらく司書だろう。

 それにしても、「宵」という人物の姿はまったく見えない。声からして女だろうが、それ以外何も分からない。本の山は意外と堅固で、それなりの背丈がある俺でさえ本当に何も見えなかった。


 と、司書机の横から小柄な少女が姿を現した。

 その少女は地味な色のワンピースを着て、長い黒髪を三つ編みにしていた。顔には大きな銀縁眼鏡。そして、その眼鏡を隠すようにして、大きな本を開いてかかえている。

 おどおどとこちらを上目づかいに見上げる様は、どこか小動物を感じさせた。


「宵、こちらが利隼だよ」

 ユキハが俺を手で示す。

「そして利隼、こっちが宵。図書館司書だよ」

 今度は宵を手で示す。

 それにしても図書館司書と言うから老人の男を想像していたが、宵さんは俺とそんなに年が変わらないように見える。


「あの……何才ですか?」

 思い切って訊いてみた。すると、宵さんはなぜか顔を本で全て隠してしまった。

 嫌われたのだろうか。


 すると、ユキハは俺の肩に手を置き、告げた。

「宵はひどい人見知りだから。あと、年は16ね。私たちの1つ下だよ」

 俺より年下か。


「ずいぶん若いのに、司書なんかやってるのか」

 俺はさっきからずっと気になっていたことを訊いた。

「宵の家系は王立図書館ができてからずっと司書をやってるんだ。先代の司書、宵のお父様は4年前に亡くなられたから、今は宵がやってるの」

 ほお、お若いのに大変だ。

「ちなみに46代目ね」

 46代か。なかなか長い時を経ている。


 と、ユキハが言った。

「まあ、自己紹介はこんだけで充分でしょ。それで宵、本は? あと、面白い話があるって言ってたけど、どんな話?」

 不思議な話とは言っていたが、面白い話とは言ってなかった気がするんだが。


 宵さんは慌てて言った。

「ちょ、ちょっとお待ちください」

 そのまま司書机の奥へと消えていく。

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