幕間

茶菓子其の一 ダージリン

 衝撃の事実発覚から3日たった。

 例にもれず、昼すぎに起きた俺は何をするでもなく、ひたすらとゴロゴロしていた。


 そんな中、また扉が変なリズムでノックされた。またユキハが来たのだろうか。

 この間と同じように髪を束ね、顔を洗う。扉をあけると、そこにはワンピースを着た美少女が立っている……訳ではなかった。


 そこには背の高い男が立っていた。

 薄い茶色のシャツの袖をまくりあげ、その上から革のベストを着ている。さらにカーキのズボンをはき、その裾をかくすように長いブーツをはいていた。そして、目深にかぶった羽根つき帽。それにより、目は全てかくれていて、筋の通った高い鼻と薄い唇だけがのぞいている。

 にしてもこの顔立ち、どこかで見たことあるような……?


 すると、男は軽く右手を上げ、ひらひらと振る。

「やあ、どうも」

 俺は怪訝な目をその男に向ける。


「そんな顔しないでよ。一つ頼みがあるんだ」

 頼み?

 俺はその男の顔をまじまじと見つめた。


「俺はここ最近世界中を旅してるんだけど、金欠で飯抜いてて死にそうなんだよね。だから助けてほしいんだけど」

 身に覚えがあるような、ないような話を聞かされ、少し考える。

 ユキハはあの日、飢え死にしかけていた俺を助けてくれた。


「大したのは出せないけど、それでいいなら」


 ● ● ● ●


 その男は実に美味そうに出された食事をたいらげた。そして驚くことに、その男も食事の途中にデザートとして出した葡萄に手をつけた。


 ノックのリズムといい、食事中のデザートといい、みんな可笑しなことをするものだ。いや、山奥に住んでいる俺が知らないだけで、山を下ると流行っていることなのかもしれない。


 それから俺はこないだの紅茶を淹れた。

 一回淹れただけで淹れ方を憶えられるはずもなく、今日も俺はメモを見ながら淹れる。


「ほぉ、ダージリンか」

 一口飲むと、男はそう言った。

 それにしても、紅茶を一口飲んだだけで、そんな簡単に種類が分かるものなのだろうか? いや、むしろそれが常識なのかもしれない。


「ダージリンと言えば、俺の知り合いがダージリンが一番好きだって言ってたなぁ」

 どこか遠い目で男は呟く。

 それから少し部屋を見回すと、俺に言った。


「茶菓子とかないの?」

「俺んちにあると思いますか」

 男は声を出して笑うと、一つ咳ばらいをした。


「じゃあ、茶菓子がわりに一つ話をしてあげよう」

 男は語り始めた。


「今から10年程前に当時7歳の女の子が誘拐されたんだ。犯人は貧乏な青年で、金目的の誘拐だった。

 誘拐された少女の家は、エイメラリディアの中では王族の次に財力を有している家族の家で、国王に対する発言力はこの国一番だった。

 王城の西に広大な土地を所有していて、まあ犯人の青年が狙うのも無理はない。

 今はもう17歳だ。時がすぎるのは早いものだ」


「はあ」

 俺は曖昧にうなずく。どうして俺にそんな話をしたのだろうか?

「興味があるなら調べてみるといい。町に下れば王立図書館がある。そこならスクラップ記事がまぎれこんでいるかもしれん」

 まあ、あまり興味を惹くような話でもないから、俺が王立図書館に行くようなことはないだろう。


 男はティーカップを傾けて一気に紅茶を飲みほすと、立ち上がった。

「ありがとう。助かったよ」


 男は玄関でブーツに足をつっこむと、俺に背を向けたまま、右手を上げてひらひらと振る。そして扉をあけて、男は出て行った。

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