最終話 聖女の姉は暗躍希望、聖女の護衛は溺愛希望

「初めてあなたと会った時のこと、あなたはすっかり忘れているでしょう?」



わたしがミレアの罠から救助され、1週間が経った。

かすり傷で済んだわたしはすっかり完治して、妹アリリンのお説教も落ち着き歩き回れるようになった。

ここは護衛隊の宿泊施設。普段は仮眠に使われているけれど、聖女アリリンが自ら治すという意思を汲んで療養している魔術師がひとり。

いまだにベッドに縛られているエルンスト様は、苦笑交じりにそう問いかけてきた。



「実は僕は孤児院出身なのです」

「え!?」

「シャーニール家に魔法の才能を見込まれて養子になったのです。

両親や兄弟と見た目が似てますし、関係も良好、そもそも5歳くらいのころの話なので、気づく人はほとんどいません」



知らなかった。

素直にそう告げれば、エルンスト様は微笑んでわたしの手を握りなおした。



「僕が養子になったきっかけも、魔法の才能に気づいたのもあなたがきっかけなのですよ?」

「え、ええ?」

「ラットレイ家は以前より孤児支援に力をいれていらっしゃいました。幼いあなたとアリリン様も、ご両親に連れられて孤児院の子供たちと遊んでいたのです」



エルンスト様の怪我は防護魔法によってほとんどがかすり傷で済んだものの、一部のガラスは刺さってしまっていた。

特に肩の傷は深く、騎士であったなら引退を余儀なくされていたという。


こうやって話せるようになったのも昨日から。

それなのに、伝えたいと言わんばかりに彼はわたしの手を握り、必死に言葉を紡いでいる。

本当は息苦しくて瞼を閉じればすぐに眠ってしまいそうなのに。



「当時、僕は人見知りで身体が弱く、あまり遊ぶのが好きではありませんでした。

そんな僕に話しかけてくれたのが、幼い女の子でした。

少しだけ良い身なりをした彼女は、僕を指差して言ったのです。


『ぐじゃぐじゃしてる』と」


「それって、わたしのこと?」

「ええ、当時の院長は晩年までずっとこの話をしていましたよ。

僕はその後検査を受け、身体が弱いわけではなく、膨大な魔力を身体の中に留めていたことが原因だったとわかったのです」



膨大な魔力を持つ子供は、いち早く扱いを覚えなければ身体の成長が止まってしまい、死に至る。

危機的状況を知ったラットレイ家、つまりわたしの父が養子縁組を決意し、受け入れてくれる貴族を探したという。



「実はシャーニール家とラットレイ家の父は友人同士。

領地があまりにも離れすぎて直接交流はなかったものの、まめに手紙をやりとりするほどとても気の合う間柄のようです。

養子縁組はたった1往復のやりとりで決まったと聞いています」

「知らなかったわ。父は魔物から民と家族の生活を守ることばかりで、他の貴族には興味がなかったから」

「僕も知りませんでした。互いに親友と言いつつも、直接会ったことは数度だけらしいですね」

「変な関係ね」

「はは、そうですね。

だから、かつて僕を見出してくれたあなたを探すのに、随分と苦労をしたのです」



礼を言いたかったのだとエルンスト様は言った。

こそばゆい話だ。わたし自身はなんにも覚えていないのに、たったひとことのために探されていたなんて。



「あなた方おふたりはずっと辺境伯家の領地から出ずに育ちました。

一方僕は魔術師として修業に明け暮れる日々。居場所はわかっているのに会いに行けず、本当にもどかしかったのです。


そうしてアリリン様が聖女になり、あなたが侍女になると聞いた時、僕はすぐさま護衛隊に入りました。


そうして、あなたにもう一度出会ったのです」



なんだか恥ずかしくなって彼の手を離した。

流石に叩けないので不意をついて。

どこに視線を向ければ良いかわからず、残された果物見つめていたら、彼の手がわたしの頭にのせられた。



「一目惚れでした」

「なっ」

「記憶は美化されます。あのとき幼い僕が出会った時のあなたは可愛らしかった。

それなのに成長したあなたのほうがずっと愛らしくて驚いたのです」

「ちょっと」

「小さい背丈でちょこちょこと、茶色の髪を揺らして右に左に忙しなく、何度捕まえて腕の中に閉じ込めてしまおうかと思いました」

「待って」

「召喚術の基本、『精霊生物に倣った話し方』をしているときなんて……同じ人間とは思えないほど愛おしく……僕にもその話し方で甘えてほしいです」

「嫌よ」

「どうして世の中の男性は小さな女性を嫌がるのでしょうね?おかげで恋敵がいなかったのは幸いでした。おかげで茶色の丸い瞳に映っているのは今も僕だけ、なんて幸せなことか」

「聞いてる?」

「あなたに手を叩かれた時の衝撃、目覚めの瞬間は今でも忘れられません。柔らかい感触、雷撃くらいの絶妙な痛さ、何度受けても足りない、癖になるのです。

……今もう一度叩いてもらっても?」

「怪我人にそんなことしません」

「残念ですね……」



あまりにも饒舌なので体調が悪化しないか心配になってくる。

そしてこれから彼の隣でこの甘い言葉を浴び続けるのかと思うと不安になってくる。


このしきりに緩みそうな表情筋、いつまで持つかしら……。



「そういうことで、僕はあなたを心から愛するようになったのです。わかりましたか?」

「はい、とてもよーくわかりましたわ」

「よろしい。それで、これから僕はあなたの恋人として存分に愛を注いでもよろしいですね?」

「……」

「ファシリナ?」



わたしはエルンスト様の方を見ることができずに、口元を隠そうと手の甲で自分の鼻に触る。

しびれを切らしたのか、2本の腕がわたしの肩を掴んでこちらを向けさせてきた。

瞳が暖かくて、大きな掌が心地よくて。


答えなんてわかっているくせに。ずるい。


悪態をつきたくなるけれど、服の隙間からところどころ見える包帯に気持ちがかき消されていく。


言葉を待ち続ける彼をちらりと見て――――やっぱり言えなくてそっぽを向いた。



「す、好きにしたらいいんじゃないかしら!?」

「……ああ……ああああ、ありがとうございます!ファシリナ……っ!!」

「ひっひゃあああああ抱き着かないで!キスはだめ!持ち上げないで!膝の上に置かないで!ギュってしないでえ~~~!?」



「おいテメェ!エルンスト!!怪我人なんだから大人しくしてろよ!!」

「オーフェン、助けて~~!!」

「そいつを離せ!今日はもうファシリナ没収だからなエルンスト!」

「なっ!?」




いつにもまして騒がしいララ・シシア教会。

それは10日後、エルンスト様が退院したときも同じだった。

恋人らしく繋ぎたがる手に、はたき落とす手に、呆れて顔を覆う両手。


違うのは、聖女アリリンの謁見の間に到着するころには司祭オーフェンがいなくなったこと。

たったふたり。同僚から関係が変わったわたしたち。


ちゃんと報告しなければいけないとまじめな顔をして言うエルンストに押されて、ドキドキしながら扉を開けたわたしが見たものは。


「ようやく恋人になったのですね、おめでとうございます。ファシリナ様」

「ようやく捕まりましたかじゃじゃ馬召喚師、がはは!」


「ようやく観念したのね、お姉さま!ふふふ」


想像もできない言葉で祝われたことによって、

わたしたちが普段からどう見られていたのか、

全てに気がついたのはもう少し後のことだった。




――――――――――――――――――




「なんですって!?」



それからさらに数か月後、聖女アリリンが過ごす執務室。

わたしの声が響き、人々は神妙な顔つきでをそれを見ていた。



「また、犯行予告のお手紙が……」



困った顔をするのは、同僚の友人、侍女のアリ。

当のアリリンはにっこりとご機嫌の様子でそれを眺めていた。



「ミレア、元気そうで何よりね」

「アリリン?この手紙の意味わかってる?」

「わかっているわよ。いわば挑戦状でしょう?」



すっかり慣れた不届き者の手紙を、わくわくしながら開ける現聖女。



「『1週間後の午後18時、神の身元の座を奪いにまいります』

ですって!受けて立つわ!

お姉さまみたいに、ミレアに勝つのはこの私なんだから!」

「……」

「……」

「……」

「すみませんがファシリナ殿、お願いできますかな?」

「もちろんです、ガングルグ様」



わたしは踵を返して部屋の扉へ向かった。

姉が男たちを薙ぎ払った話を英雄譚として憧れてしまった聖女は、姉なんかより何倍も格上の神力と技術で薙ぎ払おうと準備を始めてしまっている。


わたしは今日もまた城下町へ乗り込む。


妹を守るため、ついでに宿敵……?を救うため。


これからも暗躍していくのだ。この国と聖女を守るために。



「行こう、エルンスト!」

「ええ、愛するファシリナ」



大切な人との日々を、守るために。




―――――――――聖女の姉は暗躍希望、聖女の護衛は溺愛希望 終わり

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聖女の姉は暗躍希望、聖女の護衛は溺愛希望 綾乃雪乃 @sugercube

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