エピローグ

 咲子は証拠不十分で不起訴になった。


 メンテナンス不良による体内配電装備の劣化で発生したウイルスによって、執事型ロボットが暴走し、赤嶺は運悪く家具の下敷きになって亡くなった……ということにした。表向きは。


 びっくりするくらい暑い屋上で、青木と黒岩の二人はコンビニで買ったおにぎりをむしゃむしゃと食べていた。


 咲子は事件の報道のあとしばらく病院で安静にしていた。体調が良くなると家を売り払い、引っ越してしまった。


 もう、白鷺と咲子の二人が暮らした家はない。そして、白鷺と過ごした思い出は、彼女の胸にしか存在しなかった。


「先輩、ロボットに感情ってあるんですかね?」


「はあ? お前、一番否定してたじゃないか」


「そうですけど。あの白鷺ってロボット、感情があるようにしか見えませんって。しかも、データを消したのに覚えていたとか、もう意味がわからないですよ」


 廃棄処分された白鷺の表情を、青木は忘れられない。まるで、人間の様に感情を持ち、人間を愛した一人の男の顔だった。


「そうだな」


 事件は痛ましい事故いう形で収束したため、事の真相が世間に出ることはなかった。


 万が一世間に真相が流出していたら世界中を揺るがす一大ニュースになっていたはずだった。


 感情が非攻撃AOプログラムを破ってしまった。そんなのは今まで聞いたことも証明されたこともない。それはロボットの根本的な存在概念を揺るがす。


「愛、か……」


「うわ、先輩なんですかいきなり。いい歳して愛を語るとかキモいですよ」


「うるっせーよ!」


 黒岩の頭にげんこつを叩き入れてから、青木は真夏の熱気に揺れる市街地を見つめた。


「でもさ、あいつのあれは愛だったんだよな。紛れもなく――」


 黒岩はふと悲しそうな真面目な表情になって、「そうですね」と頷いた。


 あの時、咲子を抱きしめた時。


 白鷺は泣いているように見えた。泣くという機能なんて、執事型ロボットに備わっているわけがないのに。


 青木と黒岩は、白鷺の目の端にたしかに光る雫を見たのだ。


「……次は、人間として生まれてこれるといいですね、白鷺」


「愛を学んだんだから、きっと次こそは人間になれるさ」


「うわ、寒いっすよ青木先輩!」


「うるせーな小僧が!」


 二人のやりとりは、真夏のうだるような暑さに溶けていく。街は、ただただいつもの日常が待っているだけだ。

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長く短い真夏の殺意 神原オホカミ @ohkami0601

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