第6話
白鷺のいる取調室に入ってきた咲子は、彼を見ると駆け寄って抱きついた。白鷺は咲子の肩に触れ、そして、感触を確かめると安心したような表情になった。
……いや、表情は変わっていないから、青木が個人的にそういう風に見えただけだろう。二人の様子は、たった数秒見ていただけでも親密さが伝わってきた。
「白鷺、大丈夫だった? なにもない? どこも壊されていない?」
「私は大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
「いいの、いいの。でも、なんであんな……」
咲子の目にみるみる涙が浮かんでくる。彼女は白鷺に抱きついて、彼の胸に顔を埋めて嗚咽を堪えながら震えていた。
彼女の肩を優しく撫でながら、白鷺はしばらくじっとしていた。彼の瞳は、愛しいものを守りきったもののそれに見えた。
白鷺は彼女の頭にぽんぽんと触れる。咲子は泣きはらした顔をゆっくりと上げて白鷺を見つめた。
「貴女は泣く時はいつも私にしがみついてきましたね。小さい時からずっと変わらない」
「だって、あなたしか頼れる人がいなくて」
「それでいいのです。私はお嬢様だけを守るために生まれて、貴女に買われたのですから」
白鷺は咲子の髪の毛をひとすくいすると、自身の唇に押し当てた。
「お嬢様――咲子お嬢様。あなたを愛しています」
咲子の目から涙がこぼれ落ちた。
「ロボットに感情はないかもしれませんが、だとしたら――……心の底から湧き上がってくるこれはなんと言うのですか? 傷つく貴女を想う度に締め付けられる私の気持ちは、メカニカル的な
白鷺は名残惜しそうに彼女を抱きしめると、咲子の額に口づけする。
「貴女だけが、私のすべてです。愛しています、ただそれだけです。貴女が今まで負ってきた心と身体の傷痕の総数を、あの男に返しただけなのです。咲子お嬢様、これでもう、あの男から解放されましたよ」
白鷺は目を閉じる。咲子とともに過ごした日々を、瞼の裏に再生させているかのようだった。
「もしも、次に生まれる事があれば……その時は、人間の男になりたい。貴女を、もっときちんと愛せるような」
白鷺は咲子の髪を愛おしそうに撫でながら首を傾げる。
「貴女との日々を忘れてしまうのは悔しいですが、貴女がこれから先、いつまででも幸せに生きることを心の底から願っています。さようなら、咲子お嬢様。お元気で」
白鷺は彼女を最後にきつく抱きしめると、咲子を解放して離して立ち上がる。青木と黒岩に向かってまっすぐ進んでくると、丁寧な佇まいでお辞儀をした。
「お待たせして申し訳ありませんでした。最後に、お嬢様に私の気持ちを伝える時間をくださって、感謝しまう。廃棄処分になる前に、きちんと言えて私は幸せなロボットです」
「――ああ。行こう」
待って、と泣く咲子の声が響いたが、黒岩が彼女を止めた。咲子に笑顔を見せると、白鷺は取調室から立ち去った。
*
後日、白鷺は解体され
処理された白鷺を青木は見に行くことにした。身体はスクラップになっていたが、白鷺の顔面は残っており、そこには穏やかな表情と涙の跡のようなものが頬に残っていた。
「潤滑液なんだけどさ……まるで泣いてるように見えるよな」
メカニックがポツリと呟いた声が、青木の耳から離れなかった。
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