本当に怖いのは幽霊ではなく人間……というオチをつけようとした奴をぶち殺しに行くユキヤマヒフキオオトカゲ

春海水亭

結局、一番人間が怖いというオチ



「本当に怖いのは人間だったのかもしれませんね……」

遠くを見るように名瀬園子妙なぜその こたえが言う。


名瀬園は少女探偵である、警察の手に負えぬ事件を度々解決してきた。

しかし、今回の事件ほど奇妙なものはなかったであろう。

幽霊による二百人連続殺人事件である。

警察が幽霊による殺人を想定していないのは当然のことであるが、

少女探偵である彼女とて、

こっくりさんで事件を解決しようという狂気に至らなければ、

事件解決は不可能であっただろう。


――こっくりさん、こっくりさん、今回の犯人は誰ですか?

――ゆうれい

――ゆうれい、幽霊、そういうことか!

そういうことだった。


「そういうことだったんだなぁ……」

事件解決に至る徹底的な瞬間を思い出しながら、

彼女は喫煙所で副流煙を吸い、ココアシガレットを齧る。

探偵と言えば、タバコというルールが彼女の中には存在するが、

未成年である彼女はタバコを吸うことはできない。

気分だけでもタバコ気分を味わうために、彼女は副流煙を吸っている。

未成年が副流煙を吸ってはいけないという法はないし、

副流煙はいくら吸ってもカロリー0である、

食べ過ぎた夜に腹肉をぷにと摘んでしまう彼女にも優しい。


「名瀬園さん、副流煙は美味しいかい?」

「美味しいわけないじゃないですか」

「だろうねぇ、タバコ吸ってて美味しいのは俺だけだよ」

喫煙所いっぱいに白煙を吐き出しながら、刑事の世織若蘭よおわか らんが笑う。

事件解決に使えるものならば、何でも使う男である。

親であろうと、コネであろうと、ガトリングガンであろうと、少女探偵であろうと。

少女探偵の活躍のおかげで今の所、ガトリングガンを使用した経験はない。


「けど、人間が本当に怖いってのはなんだい。

 今回の事件は幽霊によるものじゃないか」

「確かに、今回の事件は幽霊によるものでした。

 しかし、その発端にあったものは恐るべき人間の悪意です」

「あぁ……なんだっけ、馬鹿が面白そうだから幽霊の封印を解いたとかだっけ」

「……面白そうだから、その程度のことであれだけの惨劇の引き金を引いてしまう。

 だから私には一番恐ろしいものは人間に思えてしようがないのです」

名瀬園がそう言って、はあと溜息をつこうとして副流煙にむせたその時である。


「それはちゃうやろ!!!!!!!!!!!!!!!」

大声がした。いや、声というよりは咆哮といったほうが正しいだろう。

獣が吠えるのを、彼女たちが日本語のように認識できたといったほうが近い。

人間の声ではない、では何か。

声の方向に視線をやれば、

そこに立っているものはユキヤマヒフキオオトカゲである。


「ユ、ユキヤマヒフキオオトカゲ……!」

「貴様らァ……!!ようも、人間が一番恐ろしいなんぞほざいてくれたな……!!」

ユキヤマヒフキオオトカゲといえば、白いのっぺりとした身体で雪山に潜み、

鋭い爪、有毒の牙、恐るべき火炎放射で獲物を狩り殺す、

体長3メートルの怪生物である。

そのユキヤマヒフキオオトカゲが、喫煙所のガラス越しに彼女らを睨みつけている。


「あわわ……」

「なぁ、名瀬園さん。ユキヤマヒフキオオトカゲが『ら』って言ってない?

 俺、言ってないよ」

強烈なる野生を前に、名瀬園は泡を吹き、世織若は白い煙を吐いた。


「連帯責任って言葉があるやろ……?あぁ!?」

「いや、野生生物には適応されないタイプの言葉だろ」

「野生生物にそんな話し合いが通じると思うなよ!」

「現在進行系で話しておいて、言うなよ!」

「そんな話はええねん……そんなことより、ワシが言いたいんはなァ……

 一番恐ろしいのは人間でも幽霊でもなく、

 ユキヤマヒフキオオトカゲちゃうんか?ってことや」

「一番恐ろしいのはユキヤマヒフキオオトカゲ……?」

「せや、人間よりもユキヤマヒフキオオトカゲの方が強いし、

 悪意だって人間を大幅に上回ってユキヤマヒフキオオトカゲの方があるでェ」

「悪意って、例えば獲物を散々いたぶってから食い散らかすとかか?」

「父の日に子どもが一生懸命こしらえたプレゼント、

 2秒でゴミ箱にぽいしたったわ」

「わっる!!」

「おかげで嫁にも子にも逃げられたわ、

 もう俺には一番恐ろしいという称号しか残っとらん……

 これだけは誰にも奪わせへんぞ……」

「俺らじゃなくて子どもに頭下げに行けよ……」

「俺のことを許さんかったから、郵便受けに小石つめたったわ!!」

「最悪の生命体が俺たちの命を狙ってやがる……」

だが、世織若の言葉に反してユキヤマヒフキオオトカゲは目を細め、

笑うように口を歪めた。


「けどな、今なら許したる。

 一番恐ろしいのはユキヤマヒフキオオトカゲさんでした。

 そう言えば、おとなしくアパートに帰ったるわ」

「雪山にアパートが……?」

「那須烏山市や」

(ユキヤマヒフキオオトカゲが栃木県に住んでんじゃねぇよ!!!)


心のなかで叫ぶ、世織若。

だが、心中で何を考えようとも、

この瞬間を生き残るために言うべき言葉は唯一つである。


「一番恐ろしいのは人間だ!!」

「なんやてェェェェェェ!?」

「なに言ってんだああああ!!!」


だが、稀代の少女探偵名瀬園が叫んだ言葉は違う。

その瞳を凛ときらめかせ、睨みつけるようにユキヤマヒフキオオトカゲを見た。

衝撃に世織若が咥えていたタバコが地面に落ちる。


「いや、ユキヤマヒフキオオトカゲが一番恐ろしいと言うべきだろうが!」

「世織若さん…… 私達の命を守るためには、

 ユキヤマヒフキオオトカゲが一番恐ろしいと言うべきでしょう。

 しかし、人間には決して引いてはいけない時というものがあります」

「今ではないだろ!」

「ここでユキヤマヒフキオオトカゲが一番恐ろしいって言ったら、

 人間が一番恐ろしいって言った私が馬鹿みたいじゃないですか!」

「このタイミングでのお前は馬鹿だよ!」

「私自身のプライドのため、例え命が失われることになろうとも!

 絶対にユキヤマヒフキオオトカゲが一番恐ろしいなどと言えません!」

「お前が見積もってるほど、そのプライド高くねぇよ!!!!」

二人がわちゃわちゃと騒ぐ様子を見て、ユキヤマヒフキオオトカゲは叫んだ。


「よかろう……ならば、二人揃っていてこましたるわァ!」

「待て!ユキヤマヒフキオオトカゲ!だが、アナタの言葉にも一理あります」

「なんや?」

「誰が一番恐ろしいか、トーナメントを開いて決めるべきじゃないですか?」

「トーナメントやと!?」

「人間、幽霊、ユキヤマヒフキオオトカゲ、その他諸々……

 誰が一番恐ろしいか……これはもうトーナメントを開いて、

 皆の前で正々堂々と決めるしか無い!!!!」

「なるほど……」

「言うほどなるほど出来るか?」

「もしも自分が一番恐ろしいことにプライドを持つのならば、

 あらゆる強者をなぎ倒してそれに相応しい栄誉を得るんですね……!」


挑発的にニヤリと笑う名瀬園に対し、ユキヤマヒフキオオトカゲもまた笑った。


「ええやろ!一番恐ろしい奴トーナメントを開いてもらおうやないか!

 ワシの優勝は決まったようなもんやけどな!!」

「では、日程が決まったらまた連絡します……」

「首洗って待っとけや!!」


どす、どすとユキヤマヒフキオオトカゲが去っていく。

ほう、と名瀬園が息を吐く。力の抜けた世織若がその場に座り込む。


「た、助かった……けど、トーナメントとは面白い嘘で追っ払」

「では、トーナメントの準備をしましょうか!!」

世織若が言葉を最後まで言い終えることが出来なかったのは、

名瀬園がその瞬間には喫煙所から飛び出していたからである。


「さぁ、一番恐ろしいものを決めましょう!!」



人間、幽霊、ユキヤマヒフキオオトカゲ、サメ、悪魔、邪神、宇宙人、ゾンビ

によって行われたトーナメントを制したのは、

ありえんぐらいに体を鍛えたハリウッドスターだった。


「そういう恐ろしさを求めていたわけではなかっただろ!!」


【終わり】

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本当に怖いのは幽霊ではなく人間……というオチをつけようとした奴をぶち殺しに行くユキヤマヒフキオオトカゲ 春海水亭 @teasugar3g

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