ヒルコは荒ぶる(ほど忙しい)神である

解虫(かに)

第1話 天照大御神をシバキ倒さねば

 ヒルコはブチ切れていた。

 必ず、かの邪知暴虐かつブラコンの日の元では最上位の女神である天照大御神をシバキ倒さねばと。

 ついでに須佐之男命と伊邪那岐尊も殴る、と書く決意した。

 理由は簡単である。

 天照が部屋に引きこもって太陽を隠したからだ。

 ヒルコは赤子の神である。故に赤子を救う義務があるのだがここ最近赤子が攫われる事件が多発していた。

 原因は簡単である、天照が太陽を隠したせいである。

 太陽を隠せば陰の日が増える。陰はケの日の象徴であり、陰が濃くなりすぎてケの日が長くなりすぎると悪事が起こる。要約すると太陽が長いこと隠れているせいで魑魅魍魎が溢れ始めているのだ。

 魑魅魍魎程度どうにでもなるが、これ以上増え続けると鬼が発生する可能性がある。鬼は魑魅魍魎の更に穢れを纏った上位の存在であり、容赦なく人や動物や時によっては神までも襲う獰猛な化物である。

 巷では鬼がいつもより多く発生しているとの報告が上がっており、多くの神が鬼狩りに駆り出されていた。

 ヒルコは本来鬼を討伐する神ではない。そういうのはもっと強い神がやる。あるいは仏の奴らとか。場合によって鬼殺しの力を持つ人間とか。

 ヒルコは赤子を救うのが責務であって鬼狩りは専門外である。けれど、鬼を狩らねば赤子をすくこともままならない。なんせ赤子を攫っているのは鬼の下っ端の小鬼であるというのだから。

 小鬼を百討ち取ったところで事態は変わらない。その上の上位存在の鬼を狩らねばいけない。

 というか太陽を元に戻さないと話にならない。

 今のところ夜は月読命が管理しているので平和であり、むしろ昼の方が危険という逆転現象が起きていた。頑張って月読命が昼の世界も太陽がなくとも成り立つようにしているが、24時間体制で働いているのだからいつまでもつかわからない。それに月読命といえども太陽の代わりにはならない。つまり天照を引っ張り出すしかなかった。

 

 ヒルコは決意した。

 まず天照を引っ張り出す。

 姉ちゃんキモイといい天照を引き籠らせる原因となった須佐男は半殺し。

 あと、うざいから伊邪那岐も殴る。

 伊邪那美命を連れて行けば全員説得できるだろう。

 そうなると地獄の十王(閻魔大王中心とする地獄の裁判をする人。地獄の役人で権力者)も引っ張り出さねばなるまいか。

 そしてその後現世に発生した鬼の頭領を討つ。

 神は説得する。鬼は討つ。月読には胃薬とエナジードリンクを買っていく。

 同時にやらなければならないのがつらいところだ。

 覚悟はいいか?

 できてなくてもヒルコはやるしかないのだが。


001


「――鬼、死すべし」


 桃のマークがついた桃色の着物をタスキで括り両腕をめくり、やたら長い太刀を振り回して目に映る鬼の首を片っ端から切り裂いて、血の海に沈めている年端のいかぬ外見の少女がいた。

 おかっぱの髪は白桃色で、あどけなさが少しあるが大人びた風貌をしている少女である。

 辺りに動く鬼がいなくなると少女は残心を解き刀を一振りして、少女自身の背丈よりも長い太刀を背中の鞘に見事に収める。


「桃子ちゃんお疲れ様」

 ひょっとこの仮面を着け薄汚れた渋染めの麻の着物を着た六尺(約180cm)ほどの背丈の線の細い男が、その少女に水の入った竹筒と手ぬぐいを渡す。

 彼はヒルコ。一応神である。


「ヒルコさん!!ありがとうございます!!」


 少女は満面の笑みを浮かべヒルコからそれらを受け取った。

 少女の名前は桃子。一般的に人間に知られている名前では桃太郎という。

 桃から生まれたのは少年ではなく少女であったが、ときの編纂者が面白おかしく男の名前を付けたものが後世に広まった。

 桃子の名前を知っている人はみな桃子と呼ぶが、桃太郎しか知らない人はみな桃太郎と呼ぶ。難儀なことである。

 没後、彼女は黄泉の国にて暮らしていたがこの度の事変を受けて急遽現世に派遣されることになった。

 ヒルコがその噂を聞き現状を説明し、手伝ってもらうことにした。

 桃太郎――桃子は所謂ところの聖人君子に近い性質を持っており、こと赤子を救うといった善なる義の頼み事には即決で承諾したのだった。


「いやあ、助かったよ。オレではこうは鬼を退治できなくてさ。元々何かを祓う神じゃないから、荒事は駄目駄目でね」

「いえいえ、赤子を救うという立派な神であらせられるヒルコさんのためですもの。これぐらいお安いものですよ」

「桃子ちゃんはいい子だねえ。お礼にビスケット上げる、桃味」

「ええっ!!いいんですか!?」


 ヒルコは赤子の神であるため子供の神でもある。そのため子供が喜ぶことは大抵できる。

 餌付けが上手いともいう。

 また桃子も早く成長したためかこうして子供っぽさが残るという弊害も出ていた。


「(ま、一切の躊躇なく感情を殺して鬼を殺す少女を子供っぽいとは言えないねえ。悪いのは神様だけどさ)」

 桃子を桃から生まれさせたのは当時鬼ヶ島に住み着いた鬼の乱暴ぶりを見て腹を立てていた神の勝手な所業である。

 ヒルコはそこに思うことがないわけではないが口をつぐんだ。世の中には知らなくていいことがある。知ってもどうしようもないこともある。だから押し黙る。


「おおい、ヒルコの神様や。こっちも片付いたぞ」

「おお、ありがとさん。茨木の童子」

「酒を寄こせ、ヒルコ」

「男も寄こせ、ヒルコ。お前でもいいぞ」

「全部終わってからだ馬鹿鬼ども」


 そんなヒルコに絡むように三人の鬼どもが集まってくる。

 茨木の童子と呼ばれた男の鬼は、十尺五寸(約318cm)ほどの長身に筋骨隆々の体躯、下顎が焼け爛れ、上唇から上は鷲のように鋭い目をした武人のような精悍とした顔立ちで、伸び放題の黒髪も野性味として現れている容姿をしていた。浅葱色をした人間用の裃(時代劇などでお奉行がよく着ている奴。奴さんのような服で袴が長い)を引きちぎり自分の筋肉もりもりの図体に合わせている。それでも胸元は閉じ切れていないが。

 鬼というだけあって角は生えているが本来二本あるはずの角は一本折られている。

 この前喧嘩で折れて治療中とヒルコは聞いていた。

 彼は茨木童子。平安の世に大江山を拠点に京都で遊び散らかしていた(本鬼談)鬼である。


 酒を寄こせと唸るのは小柄な鬼だ。身の丈よりもでっかい瓢箪を背負い、頬を赤く上気して千鳥足でヒルコに抱き着く。漆色に紅い椿の紋様が入った女性ものの着物を着て――着崩しており、おかっぱの白髪でなければ女児か男児か区別がつかぬ中性的な容姿で、双眸は酔っているのか常に恵比須顔だ。桃子の背丈が五尺(約151cm)でそれよりもこの鬼は小柄であり四尺(約121cm)と少しばかりしかない。少女というよりは女児、幼児に近い。

 こちらも茨木童子と同じく角があり二本ある。茨木の角を折った本人である。

 名を酒呑童子。茨木童子と同じく大江山を本拠とし京都に酒をかっぱらいに行っていた(頼光談)鬼である。


 最後にヒルコと肩を組んで露骨にはだけた――というか上裸に朱色の羽織を着ただけの格好で乳牛のようにデカい乳を押し付けながら、ヒルコの太ももをさすり始めたのは星熊童子、または熊童子、或いは金童子、いや虎熊童子だったかもしれない。

 彼女は他の二匹の鬼とは違い一本のみの大きな角を額から生やし、艶のある黒と金の虎色の髪を腰より長く伸ばし、背中に白い月が浮かぶ朱色の羽織を纏い、無地の薄墨の袴を穿き、首から何故か知らないが(本鬼も知らないが)鬼瓦を鎖でぶら下げていた。

 酒呑童子と同じく大江山にいた鬼で鬼の四天王を一匹で担っていた。


「えー、酒がねえとやってらんないよー」

「女でもいいから寄こせよー」


 酒呑と星熊が愚痴をこぼす。

 ヒルコを手伝い、蔓延る鬼ども彼女たちは殺していた。太陽がなくなって活発化していた鬼であっても、ぽっと湧いた雑魚鬼。日本に古くから居座るこの鬼たちには敵わない。蜘蛛の子を踏み潰す勢いで駆逐されていった。


「黙れ黙れ!!鬼子母神に言いつけるぞ!!」


「げ……」

「姐さんに言うのは反則だろ」


 鬼子母神。ヒルコが鬼たちに力を借りるにあたり頼った神であり、現世の鬼の殆どは彼女の管轄である。鬼神であり、鬼の母でもある彼女は多くの鬼のルーツでもあり、たとえ直接かかわっていなくても現存する鬼は何かしらの遠縁である者ばかりだ。

 酒呑童子たちも直接の血筋ではないが、過去に半殺しにされてからは姐さんとして従っていた。

 ヒルコと鬼子母神は昔出会っており、連絡を取るのは難しくない関係だった。今回はヒルコが形振り構っている暇がなかったため鬼子母神に鬼を貸してもらうようにお願いしたのだった。


「あ、オイラは黙って働いてたって言っといて」

「おっけい」

 茨木は酒呑童子を助ける気はなかった。


 因みに、鬼子母神も今回のはた迷惑な天照の行いに憤慨し、地獄の十王が寄こした使者と伊邪那美とともに天照を引っ張り出しに向かっている。

 あと、須佐男は既に鬼子母神と伊邪那美に折檻を食らった。

 伊邪那岐は伊邪那美に監禁された。

 ミンチより酷えや。


「ヒルコさん、やっぱり鬼は殺しましょう」

 ヒルコに絡む鬼たちを見て我慢ならぬと鬼気迫る様子で桃子が背負う太刀を抜き放つ。

 目のハイライトが消えて、ぬぐい切れていない血しぶきが頬についている桃子のさまは鬼よりもホラーだ。

「地獄の獄卒のように人を裁く鬼がいることは知っていますが、これはどう見ても悪鬼!!悪霊です!怨霊です!!煩悩です!!!――鬼、死すべし」


 だんだんと、殺意がマシてトーンが本気になる桃子をヒルコは右手を突き出して制す。


「やめて。その鬼は鬼子母神の管轄だから。殺したらいくら桃子ちゃんと言えどもただじゃあ済まないから。オレも懲罰だから。鬼子母神の懲罰は受けたくないから」


 神より怖い鬼の母。

 仕方ないね。


「ですけど……」

「それに本命はまだ残ってるんだからさ、内輪もめしないで力を残しておいてよ」


 それでもなお斬りたそうに鬼たちを見ながら桃子はヒルコを見つめる。

 

「おっかねえお嬢ちゃんだな。オイラ背筋がゾクッとした」

 茨木は桃子の様子を見てぶるっと震える。


「んで、本命ってなんだ?酒樽の鬼か?」

「いいや、ナイスバディな褌一丁の鬼だろ!!」

「ちげえよ馬鹿。どっちもオレの管轄じゃねえ」


 頓珍漢な酒呑と星熊の質問をヒルコは切り捨てる。


「オレは赤子の神だ。故にオレの管轄もまた赤子にかかわる鬼だ」

「……それって、この熊襲の地に来たことと関係があるんですか」

「まあな。熊襲、現熊本県。別にここが赤子に古くから縁があるわけじゃ無い。けどまあ、新しい縁はできてんだ」


 ヒルコは桃子の問いかけに苦虫を噛みつぶしたような口調で呟く。


「(熊襲……、鬼の蜘蛛の地。ま、赤子とは関係があるまい)」


 酒呑童子は熊襲の地を見て思いをはせる。


「(隼人がいる地か。いい男が多そうだ)」


 星熊童子は本当に関係のないことに想い馳せていた。


 ピリリと、短く電子端末が鳴る音がする。

 ヒルコはひょっとこの仮面からスマートフォンを取り出した。

 その画面にはメールの受信を知らせる通知が映る。


「おい待てい。今どこから取り出した!?」


 酒呑童子はツッコんだ。意外と気にする性質らしい。


「ヒルコさん、それは……」

「温羅からの連絡だ。ま、調べごとを頼んだのさ。はあ、当たってほしくはなかったけど」


 ヒルコは自分の面に手を当てる。

 隠したのはほんの一瞬のことであっただろう。

 しかし、その一瞬にてひょっとこの面は消え去り現れるのは激しい怒りを表す『しかみ』の面。

 鬼神の面である。

 ひうっ、と思わず息を漏らしたのは桃子か。

 それも仕方なかろう。

 先ほどまでニヤついてた鬼たちも黙りこくって素面になるほどだ。



「赤ちゃんポスト――ああ、昔だと寺とか神社が近いのかなあ。祠や地蔵でもまあ間違えてないか。まあ、要するに、現代の




 ――子供を棄てる場所さ」

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