あとがき
長らくのご愛読ありがとうございました。
本作の背景となっている〝MM戦争〟は、オートバイ業界のツートップであったH技研とY発動機の間で繰り広げられた商戦、いわゆる〝HY戦争〟をモデルとしたものです。これを題材として取り扱った小説としましては、清水一行氏の「首位戦争」があります。こちらがノンフィクション的なビジネス小説であるのに対し、拙作ではこの事件の背後で苦悩する人々の生活を描き出そうと試みています。またバブル景気と呼ばれる好景気の陰で苦悩していた人々、実は混迷を極めていた世の中の姿、それを80年代の文化と言葉を通して描ければよいな、と思っていました。
また、著者自身が、勤めていた会社が他社に買収されるという経験をし、その時それまでに積み上げて来たノウハウや業績を真っ向から否定され非常に屈辱的な思いを抱かされました。そのように会社が〝負ける〟とは、そこで働く人間にとってどれほど屈辱的なものか、そういう思いも込めたつもりです。
そもそも本作を執筆しようと思ったのは、別の小説を書くためにミュージシャンの尾崎豊について調べていたことがキッカケでした。「15の夜」という歌の歌詞に「盗んだバイクで走り出す」という一節がありますが、そのバイクというのがY社のミニバイクで、ちょうどHY戦争の渦中の商品(拙作ではミヤケ「ステップ」に相当する)だということでした。あの歌に出てくる15歳の少年にバイクを盗ませたのは、混迷する大人社会の歪が生み出した非行の種、過剰なバイクの乱売、盗難対策の甘さなど、「盗んだバイクで走り出す」という短い言葉の中に様々な社会の問題が圧縮されていると感じ、俄然このHY戦争に興味が湧きました。それでこの題材でぜひ小説を書いてみたいと思ったのが、本作執筆の動機です。なお、大阪が舞台になっているのは、著者がこの時期大阪に住んでいたためで、他の町よりも、よりリアルに情景が描けると思ったからです。
HY戦争は、公には1984年、Y発動機社長が敗北宣言し、H技研に向けて謝罪したことにより終結したとされますが、実際は両社のわたかまりは残り続け、勃発から35年経った2016年、両社の業務提携発表によりようやく名実ともにHY戦争は終戦します。記者会見では両社の事業本部長同士が握手を交わし、〝冷戦〟の終わりを人々に印象づけました。
本作でもこの業務提携をもってエピローグとしようと思いましたが、2016年となると、メインキャラである草野裕も澤村美優もそれなりに高齢になってしまうので、できれば青年期の内に二人を再会させたいという著者の願いにより、1995年の阪神淡路大震災をエピローグの舞台に選ばせていただきました。両社が被災地にバイクを提供したというのは著者の完全なるファンタジーですが、当時はどの企業も復興のために尽力していたので、実際にも両社はそれ相当の支援はされていたのではないかと思います。
末筆ながら、再度改めましてご精読に感謝します。また次作においてみなさまのお目にかかれる日を楽しみにしております。
乱売の戦禍 緋糸 椎 @wrbs
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