月刊エルフ族特別号5

「ここが目的地の泉ですじゃ」


 森の木々が生み出す屋根がぽっかりとあいた場所に出た。

 太陽から注ぐ光量が多くなり、まぶしさに目を細める。


 けっしておおきくはない泉は透明度を保ちながらも青く神秘的な色をたたえていた。

 たしかに見ておいて損はない泉だ。異世界ファンタジーっぽさもある。


 売店が視界に入らない角度で泉を見れば、だけど。

 観光地にありがちな土産物屋プラス飲食スペースという形式で、泉を眺めながら談話できるちょっとしたテラス席まで設置されている。


「この泉はエルフ同士の最初の恋が成就した場所とされておりますじゃ」


「最初ってどういうこと?」


「それぞれの森のエルフたちは、それぞれの森でひとりの女王から生まれますじゃ。そうして女王があらかた生み終え、ほどよく人数が揃ってきたころ、最初の恋が生まれますじゃ。恋の始まりはエルフの森の集落社会の始まりでもありますじゃ。だからそれぞれの森には最初の恋が生まれた記念すべき瞬間があり、最初の恋が無事実った場所は特別な場所となりますじゃ」


 たしかに、告白をするにはもってこいの場所ではある。すでに付き合っている恋人同士が観光に来れば、いっそう関係が深まりそうだ。


「ふむ」


 ユーリィ先輩が何かを考えるような仕草をする。この場所をどう撮影するか思案しているのだろう。


「じゃあちょっと、ふたりで何か恋人ムーブをしてくれるかしら」


 撮影用の魔道具を構えたユーリィ先輩が、なかなかハードルの高い指示を出した。


「恋人ムーブ……だと?」


「恋人にありがちな感じで被写体になってくれ、ってことね」


 どうしよう。彼女がいた経験がないため、とっさに恋人っぽい行動が思い浮かばない……。

 思い浮かばないのはリタリ先輩も同様なようで、空を掴むような仕草で左右に行ったり来たりをくりかえしている。


 いや、もちろんほんとうに何も思い浮かばないなんてことはない。恋人がすることを何も知らないなんてことは、とうぜんない。

 たとえば、キスとか……。

 けれど、さすがに企画上の恋人役でそこまでするわけにはいかないし……。


 困惑している僕たちに解答を与えたのはヨネさんだった。


「股間を握ってはどうかのぅ」


 それは以前ユーリィ先輩が言っていたこととおなじじゃないか!

 なんでエルフはそんなに股間を握らせたがる?


「そ、そそそそそそそれは絶対に何があっても無理だ! 魔族の心臓はいくらでも握り潰せるが、ヒロキの股間だ、なんて……むりぃ……」


 それは僕も勘弁してほしい。

 リタリ先輩の細くしなやかな手で股間を握られて正常な状態を保つ自信がないし、万が一混乱した先輩に魔族の心臓と混同されたら人生で一度も使用しないまま機能を失いかねない。


 けっきょく、泉を眺めながら手をつないでいるところを後ろから収める、という案に落ち着いた。


「すまん、ヒロキ……。後でちゃんと私が触れた部分の手の皮を剥いで、治癒魔法で新しい皮膚を再生させてもらうから、いまだけは我慢してくれ……」


 先輩の発言は怖すぎた。



「ごくろうさま。じゃあ、次で最後ね」


 やっと次で終わりか……。

 まだ心臓がばくばくいっている。

 リタリ先輩の手は握り返す力も弱く、小刻みにふるえていた。


 震えていたのは僕もいっしょだった。

 なんせ女子の手をつなぐのなんて中学校の林間学校でキャンプファイヤーをして以来だ。

 それも、挙動不審の極致にいるとはいえ、美少女オブ美少女のリタリ先輩の御手なのだ。


 背中側から撮影したからいいものの、二人とも顔が真っ赤だった。耳まで熱かったから、よく見れば耳の赤さはバレるかもしれない。


「ほっほっほ、売店のドリンクの宣伝もさせてもらいますじゃ」


 僕とリタリ先輩はテラス席に座らされた。

 売店のおばさんエルフが用意したドリンクが運ばれてくる。


「ひっ!」


 先輩が小さく悲鳴をあげる。

 青みがかったドリンクが注がれたグラスには、ストリーが二本ささっていた。

 しかも二本のストローは連結されていて、連結部はハートマークを形作っている。

 典型的なカップル用ストローだ。


「これは泉の水のドリンクですじゃ」


「たしかに泉とおなじ色ね」


 それはいいとして、飲めるのか、これ? 雑菌や微生物がいっぱいな気がするが。


「これ、飲んでもだいじょうぶなんでしょうか?」


「なんも問題はありませんですじゃ。この泉はかつてのエルフのカップルたちが水質を改良し、甘みをくわえて飲むスイーツにしたものですじゃ。その甘みをいかしつつ、果実と炭酸でさわやかに仕上げた逸品ですじゃ」


 炭酸なのか、これ。たしかにちょっとシュワシュワしている。微炭酸ぐらいはありそうだ。


「これ、おいくらなのかしら?」


「500スリンいただいておりますじゃ。ドワーフの連中に限り1杯2500スリンでの提供になりますが」


 やっぱり売店でもドワーフは冷遇されているのか。そんな価格じゃそもそも買ってくれないと思うが、それこそが狙いなのかもしれない。


「じゃあ、これ飲んでるところ撮ったら終わりだから。よろしく」


 僕とリタリ先輩が覚悟を決めるまで長い時間を要し、必要な素材を撮り終えた瞬間、先輩は気を失ってしまったのだった。

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異世界転生することになったけどギルドに入って冒険とか無理そうだし戦いたくないし……なので何でも屋やります 荒井祐太 @yutaarai

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